第29話 返品不可だね
予定していた外装枠組みの組み立ては無事に終了した。ここから先は完成したデザインに合わせて細かい木材を組み合わせていかなくてはいけない。骨が折れるのはここからだ。
富樫達には先に帰ってもらい、俺は一人、空き教室で余った材料や工具の片付けをする。
「こっちの作業も順調そうだね」
背後から不意に発せられた声に思わずびくっとなってしまう。
「な、なんだ、綿矢さんか」
「そんなに驚かなくていいじゃん? まだ、片づけしてるって富樫君に聞いたから、見に来たのに」
外は暗く、蛍光灯に白く染められた教室は、昼間とは違う雰囲気を醸している。
こういうホラーぽい教室で急に声を掛けられたら驚くに決まってるだろ。
俺、ホラー苦手なんだから。
「ありがとう。こっちの作業は予定通り進んでる。そっちは?」
「切り絵のデザインはかなり細かくなったけど上々」
綿矢さんから渡された紙には着物の柄にあるような鞠と花が描かれていた。
「すごく綺麗。でも、その分ハードルは高いな」
「別に対抗意識ってわけじゃないけど、過去の作品を超えられるようなものを作りたいって思ってね」
「そのセリフ、バチバチに対抗意識燃やしてる」
ゲームの中でも強敵に怯むことなく立ち向かっていくけど、
「題字の方は鷹見さんがちょろいって言っていたから大丈夫かな」
「ちょろいってことは伊緒の奴めちゃくちゃ家で練習してるな」
「えっ!?」
「あいつがそうな風に言う時はちょろくないって時だから。きっと部屋中、練習したり失敗したやつで足の踏み場もなくなってるな」
みんなが見てないところで努力する派の伊緒のことだから、そのうち何事もなかったかのように余裕の表情を見せながら大作を持って来るだろう。
「そうだこれ。鷹見さんが丹下君にもって」
綿矢さんは制服のポケットからチロルチョコを一つ取り出した。
「鷹見さんが図書室で食べ出すから焦ったよ。しまいには私の口にも放り込んでくるし」
「まあ、伊緒にとってそのくらいの校則違反は日常茶飯事。誰かに似て怒られないギリギリを攻めるタイプだから」
「私は常に安全運転タイプだから違うなー」
両手を頭の後ろに置いて視線を外す綿矢さん。
「えっ、こないだ
「あ、あれはあいつがスライムって強さじゃないからで」
俺がチロルチョコを受け取るため、軍手を外そうとすると、
「あっ、そのままで大丈夫」
「ん?」
綿矢さんはチロルチョコの包みを開けると、そのままチロルチョコを俺の口の方へ近づける。
まてまてまて、これって世間一般で言うところの〝あーん〟の形じゃないか。
「ちょ、ちょっと、そんなことしなくても自分で」
「でも、軍手外して、手を洗ってからは面倒じゃない?」
ニヒーという子悪魔的笑顔でこちら見る綿矢さん。
くっ、綿矢さんめ。俺が〝あーん〟で食べるのを恥ずかしがるのをわかっていてやってるな。皇帝スライムのこといじった報復か。
いつもの俺ならきちんと手を洗いに行くだろう。
だけど、今日は普段はやらないような作業をしたり、学校ではほとんどしゃべらないのに作業の指示を出したりで一週間のトータルの量より話したから身体も脳もかなり疲労している。
……俺は差し出されたチロルチョコをパクッと頬張った。
わかっていたことだけど美味さが身体に染みる。
人間って疲労している時にチョコレートみたいな甘くてカロリーのある食べ物を本能的に欲しがってしまう。だからこれはしょうがないことなのだ。
「よしっ」
俺がチロルチョコを口に入れたのを確認すると綿矢さんがガッツポーズをした。
もしかして、お菓子を差し出されたら、それを〝あーん〟で食べるかって賭けでもしてた?
「なんでそんなに喜んでんだ?」
「丹下君の負担をちょっとでも減らせたから」
「たしかに減ったけど、急にどうしたんだ?」
「丹下君が私の負担が多くならないようにお願いされたから幹事に立候補したって聞いて」
口止めしていたのに伊緒の奴しゃべったな。
まあ、伊緒に正直に話した俺もよくなかったけどさ。
「別にそんな、お願いされたとか――」
「お願いしたのは兄さん……、三枚堂先生?」
綿矢さんが探るような視線を送ってくる。
「うん。でも、先生からお願いされた時は検討しますとしか答えなかった」
「検討って、丹下君ぽい」
お腹を押さえて笑いを押し殺す綿矢さん。
気にするところが兄妹で一緒だな。でも、役人ぽいって言われるよりもいいか。
「それでもって、検討した結果、幹事に立候補することを俺が決めた。先生にやらされてるってわけじゃない」
「私なんか一緒に幹事の仕事してたらこうやって話せる時間が増えるかなくらいの理由だったのに」
先生、懸念してた邪な気持ちで幹事に立候補したのは妹さんですよ。
「理由はどうあれ、三人でやれてよかった。これ一人だったら無理」
「おっと、理由は大事だよ。目立つのが嫌いな丹下君が私のために手を挙げてくれて嬉しかったんだから」
「俺はただ、友達にはちょっと優しくておせっかいなだけ」
それを聞いた綿矢さんがフフっと笑う。
「俺、何か変なこと言った」
「鷹見さんが同じこと言ってたから、丹下君は優しくておせっかいだって」
「あいつそんなことまで……」
俺の幼い頃の黒歴史が流出する前に一度、伊緒にしっかりと口止めをした方がいいな。
「とういうことは、私はもう正式に丹下君の友達ってことでいいかな?」
綿矢さんはこちらを笑顔でのぞき込む。
「むしろ今まで正式じゃなかったのか」
顔に出ないように頑張ってるけど、ちょっと傷ついているからな。
「だって、私たちは〝世界の理〟っていうレアアイテムの代償で繋がっているだけの友達関係だったから」
コラボカフェに一緒に行った日、綿矢さんからあの取引を提案されなかったら、一緒にヒラソルに行くことも相合傘をして帰ることなかった。幹事の仕事なんて絶対に立候補しなかっただろうし。
「きっかけはそうかもしれないけど、俺にとって綿矢さんは大事な友達だから」
俺は工具を片付けながら言った。こんなこと綿矢さんの方を向きながら言うなんて恥ずかしくてできない。
「さっ、もう遅い。本番までまだあるから、今日はこれで――」
「……だった」
「ん?」
「実は……不安」
背中に優しい衝撃を受けて振り向こうとした瞬間、柔らかい香りが俺を包んだ。
視線を落とすと俺の身体に手が回されいて、そこで初めて抱きしめられていることに気付いた。
「綿矢さん?」
「ずっと不安だった。友達だと思っているの私だけで、そのうち世界の理を返されて、
不安な気持ちを打ち消すように強く抱きしめられ、これまでにない密着をしてるのに不思議と俺の心臓は落ち着いた。
「そんな心配しなくたって、ゲームの中でも現実でも友達だから。それに世界の理はこないだ使っちゃったからな」
「それはもう私との関係は返品不可だね」
俺の方からそろそろ離してなんて言えず、そのままのこけしの様に固まっていると、ひと気のない廊下を歩く音が聞こえ、次の瞬間、教室の扉がガラリと開けられた。
綿矢さんは扉が開けられる寸前に俺の身体を離して一歩下がって距離を取った。
反応の速さはさすがアイリスというところだ。
見回りに来た三枚堂先生は、
「二人ともこんな時間まで何やってるんだ」
「「片付けです」」
あっ、ハモった。
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今日も読んでいただきありがとうございます。
年末年始も休まず更新の予定です。隙間時間に読んでいただけたら幸いです。
皆様からコメントレビューもお待ちしています。
皆様の応援が何よりの活力でございます。
次回更新予定は12月29日AM6:00頃です。
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