第28話 世を忍ぶ姿

 智慶祭の展示作品の作成が本格的に始まった。


 3Dモデリングソフト使って設計図を作っていく。こういうソフトを使ったのは初めてだったから七海姉さんに教えてもらえて本当に助かった。


 姉さんはこれも何かの縁なんかもね、と言っていたが、今回はそういう縁に感謝したい。


 細かいデザインや設計と並行してデザインに関係のない展示の基礎というべき外装枠組みの組み立てもしなくてはならない。今日の放課後は俺と富樫を含めて数人がその準備をしている。


 智慶祭まで日があるこの時期は、部活や塾に行く生徒も多いから手伝ってくれる人数は少ないけどしょうがない。


「そっちから順番に留めていこう」

「了解」


 俺は設計図を片手に木材がずれないように押さえて、電動ドライバーを持った富樫が次々と留めていく。


「うん、いい感じ。富樫はよくこういうのやるの?」

「よくってほどじゃないけど、うちの親がDIYが好きで時々手伝うから」


 意外な特技を発見。これからさらに細かい作業をするときに木工班のリーダーを頼みたい。できるなら工具も持ってきてもらってそれも使いたい。学校から配られている数ではそのうち絶対に足りなくなる。


「おやおや、今年もやってるね」


 聞き覚えのある優しい声がしたのでそっちを向くと、以前に水飲み場で俺と綿矢さんの服が濡れてしまった時にタオルを貸してくれた用務員さんがこちらに向かって歩いてきた。


「どうも、あの時はありがとうございました」

「あぁ、別にかまわないよ。それよりも、こうやって外装展示を作り始めると秋が来たって感じがするね」


 まだ散らばっている材料の木材を見渡しながらしみじみと言う用務員さん。


「そういうものですか」

「そう。毎年一年生はこれをするんだけど、いろいろなものができるから楽しみだね。それにうちの学校はクラス替えがないからこの展示の出来栄えがこの後、卒業までのそのクラスをどこか表しているような、そんなものなんだよ」

「そんな話を聞くと幹事としてはちょっと責任を感じます」

「なあにそんなに気負うことない。幹事っていうのは作業全体を把握してどんと構えていればいいもんだよ」


 前に会った時も不思議な感じがしたけど、どうもこのおじいさんは用務員さんって感じじゃないんだよな。他の用務員さんと違って普段は姿を見ないし。


「――先生」


 ひょこひょことした駆け足でこっちに向かって来るのは密度の低い髪をオールバックにしたトカゲ顔でおなじみの教頭先生だ。


 ここに来るまで校内をいろいろ駆け回ったのか足がもつれて転びそうになっている。


 足を止めた教頭先生は膝に手をついて、ぜーぜーと息を切らしながら、

「り、り、理事長先生。そろそろ準備をして出発しないと、はぁはぁ、会合に遅れます」


 マジかよ。このおじいさんが理事長!?


 教頭先生はこの特徴的な姿だから記憶にあるけど、校長先生だってほとんど記憶にないし、まして理事長なんて。入学式の時にはいたと思うけど、そんな時のことなんかまったく覚えていない。


「教頭先生、そんなに走り回らなくても携帯に連絡を――」

「いれましたよ。はぁはぁ、でも、お出にならないからこうやって」

「あー、すまない。マナーモードにしたつもりがサイレントモードになってたよ」


 さっきと変わらず焦る様子もなく穏やかな語り口の理事長に対して、教頭先生は早くお着替えになって出発しないとと促す。


 理事長は教頭先生と一緒にこの場から去ろうと一歩踏み出したところで足を止め、振り返ると俺の方を見て、

「丹下君、大変な時は友達やクラスメイトを頼れば大丈夫だから。いい作品ができるのを期待してるよ」


 理事長はその言葉を残すと軽く手を振ってから教頭先生と一緒に行ってしまった。


「丹下、理事長と知り合いなのか」


 電動ドライバーを持ったままの富樫が声を掛けた。


「前に一度話したことがあるくらいだな。つーか、あの人が理事長だって知ってたか?」

「いや、完全に用務員のおっさんだと」

「だよな。理事長が作業着て校内をぶらぶらしているなんて思わないよな」


 富樫を含め他のクラスメイトもみんな同様に頷く。


 それにしても、世を忍ぶ姿で校内を見回っている理事長がどうして俺なんかの名前を覚えていたんだろう。


― ― ― ― ―

 今日も読んでいただきありがとうございます。

 次回、久しぶりの龍之介✖雫

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 次回更新予定は12月28日AM6:00頃です。

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