第27話 内側の扉 雫視点

 三人で出したアイデアや図柄を丹下君が上手く組み合わせて下書きを作ってくれたのだが、クラスのみんなに発表する役は書き上げた本人ではなく私ということになった。


 丹下君曰く、私が発表した方がみんなの反応がいいかららしい。


 予想通りクラスメイトの反応は上々でみんなのやる気も先日の幹事決めの時よりも出てきた気がする。


 仲のいいクラスメイトからはさすが綿矢さんなんて声を掛けられたけど、正直、半分以上丹下君が作ったものだから複雑な気持ち。


 そして、準備が忙しくなれば当然、丹下君と一緒にゲームをする時間が減る。その分、学校で一緒に幹事の仕事をする時間は増えるけど、その時の私は仮面を被った私。


 やっぱり、ゲームをしている時のアイリスとタツの感じが一番いい。


 あれもこれもとすべてが叶うなんて思っていないけど、もう少し上手くいかないかな。


 そうそう、叶うって言えば、いまだに丹下君から名前で呼ばれるということは叶っていない。あんなタイミングで追加クエストが発動するなんて、まったくついてない。


 鷹見さんと丹下君は相変わらず距離が近いというか仲がいい。二年以上疎遠だったというのが噓のよう。


 もしかして、昔、付き合っていたとか……。

 いやいや、親戚同士でそんなことはないはず。


 でも、もしかして、丹下君が幹事に立候補したのって最初から鷹見さんと一緒に幹事の仕事やりたかったからとか……。


 そうだとしたら私って無茶苦茶おじゃま虫だったりする?


 相合傘をした日、丹下君が私に彼氏ができても一緒に遊んでくれるかって心配そう話していたけどその気持ちがわかるような気がする。


 今まではゲームの中で一緒にチャットしながら遊んでいたのは自分だけ。


 だけど、私が現実リアルでも友達になりたくて、外に連れ出したら丹下君の友好関係が広がって……、それはとてもいいことのはずなのに私の心はもやもやしてしまう。


 自分がこんなにも友人に対して嫉妬深いというか独占欲があるなんて今まで全く思ったこともなかった。


「――ずく、雫ってば」

「えっと、どうかしましたか」


 向かいの席に座る鷹見さんがシャーペンのノックで手をつんつんとする。


「さっきからぼーっとしてるけど大丈夫か」

「ええ、ちょっと考え事をしていて」


 今日は丹下君は外装枠組みの組み立て作業で、私と鷹見さんは図書室で調べ物をしながら切り絵と題字のデザインの詳細を作っている。


「題字やテーマの文字は鷹見さんが筆で書くんですか」

「うん、書道は昔からしてたから、ちょろいね」


 鷹見さんは制服のポケットからチロルチョコを取り出すと包みを開けてパクっと口に放り込む。


 もちろん、図書室は飲食禁止。


「ほい、雫にもあげる。甘いもの食べないといいアイデアも出ないから」

「鷹見さん、図書室は飲食禁止ですよ」

「さすが、雫、真面目」

「真面目とかではなくてでふへ」


 ――っ!?


「よし、これで雫も共犯」


 しゃべっている途中で突如何かが口に放り込まれ、次の瞬間にはそれがじわりと甘さを口の中に広げる。


 あー、これ、私の好きなチロルチョコのきなこもちじゃん。


 学校じゃなかったら一気にテンションが上がって口元が緩むところだけど、その気持ちをぐっと堪える。


 一方、私の口にチョコを入れた鷹見さんは嬉しそうにイヒッと笑っている。


 口に入ったものはしょうがないので食べることにするが、ゆっくり味わって食べるわけにもいかない。ここは鉄壁の守りを崩さないために素早く食べる。


 くぅー、本当ならもっと味わって大切に食べたいのに。


「美味しかったです。ありがとうござます。でも――」

「やっぱり、チロルチョコはきなこもちだな。ボクはこれが一番好き。雫は?」


 鷹見さんはポケットからもう一つチロルチョコを取り出して頬張る。あのポケットの中に一体いくつ入っているんだろう。


「私もきなこもちが一番好きですって、そうじゃなくて、そんなに食べてると司書の先生に怒られますよ」

「おぉ、雫のノリツッコミ」


 まずい。押さえ込んでいたつもりなのにチロルチョコで上がったテンションで思わずやってしまった。


「もしかして、雫って、龍君の前では面白い系?」

「わ、私はそんな面白い系とかじゃないです」

「そうなのか? いつもの雫よりも面白い系の雫の方がしっくりするんだよな」

「どういうことです?」

「昔から龍君を知っている身としては、いつもの真面目な雫と龍君が一緒に遊んでるイメージができないんだよな。今みたいな面白い系な雫の方がそういう意味で言えばしっくりくるというか」


 まずいまずい。小さなほころびがどんどん大きくなっていきそうな気がする。


 鷹見さんはさらに続ける。


「龍君から雫と友達になったって聞いた時から不思議だったんだ。学校で話している様子がない二人がどうして友達なんだろうって。友達になるには、学校以外の別の場所で何かの接点がないといけないし、龍君は普通に友達になろうとしてもそれを拒んで――」

「ゲーム……、ゲームの世界」


 きっと、鷹見さんは遅かれ早かれこのことに辿り着く。それにゲームをすることは悪いことではないし、その事が変な噂になって広まらないようにここで話しておいた方がいい。


「中学の時にたまたまオンラインゲームの世界で出会って、一緒にパーティーを組むようになったんです。私もゲームの中では学校よりも少し砕けた感じだから、鷹見さんの言うように丹下君と仲良くなれたと思います」


 私の話に頷き、鞄から取り出したペットボトルのお茶を飲む。


 だから、ここは図書室ですって。


「そっか、龍君の内側の扉はそこだったんだ」

「内側の扉?」

「外側の扉を閉じて現実世界での友人関係を絶ったけど、ゲームの世界っていう内側の扉は開いてたってこと。ボクは龍君が外側の扉を開けてくれるのをずっと待ってた。最初はボク以外にも待ってる人はいたけど二年も経つとボク以外みんないなくなったな。外側の扉がいつ開くのかなと思ってたら、内側の扉から入った雫が一緒に外側の扉も開けてくれた」


 鷹見さんの言う外側の扉が開いたのはきっとコラボカフェに行ったとき。


 私はタツとゲームの世界の外でも話したり遊んだりするのをこの日だけにしたくなかった。


 カフェを出て解散すれば、学校で顔を合わせても、ただ同じ教室で過ごしているだけの関係に戻りたくなかった。


 なんとしてもまた、一緒に話すきっかけや理由が欲しかった。


 だから、手に入れたレアアイテムの価値なんて私にはどうでもよかった。


 たとえ、物で繋がった縁であっても次があればタツとの友好をより深められるはず。


 あの日の私は外側の扉をこじ開けるのに必死だった。


「鷹見さんはどうしてずっと待っていたのですか」

「そ、それは……、龍君が扉を開けた時にそこに知った人が誰もいなかったら寂しいだろ。玉手箱を開けた浦島太郎みたいな感じで」


 さっきより少し頬を朱くした鷹見さんはその熱を冷ますように再びお茶を飲む。


「龍君は雫が外に連れ出してくれたことをきっと嬉しく思ってる。だから、幹事の仕事も雫のためならって引き受けて頑張ってる」

「私の……ため。引き受けた?」


 鷹見さんはあっという表情をして手で口を塞ぐ。


「それって、どういうことです」


 丹下君が私のために幹事に立候補? 

 それに引き受けたってどういうこと? 

 私が考えていたのと全然違う。


「誰も幹事に立候補しなかったら。きっと雫が立候補して、幹事の仕事を全部雫が背負おうとするんじゃないかって……」

「そんな心配をしてたんですか」

「雫も知ってるだろ。あいつは友達思いでおせっかいな奴なんだ」


 学校でも一緒に話す機会が増えるかななんて思っていた自分がちょっと恥ずかしくなってきた。


― ― ― ― ―

 今日も読んでいただきありがとうございます。

 次回、まさかの人物の正体!?

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 次回更新予定は12月27日AM6:00頃です。

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