第30話 きのこ・たけのこ戦争

 智慶祭に向けての準備は本番一週間前に入り本格化してきた。


 今日からは大会前の部活以外は休みになって、それぞれのクラスや部活での出し物の準備に取り掛かる。さらに二日前からは終日準備となって本番当日に向けて加速度的に忙しくなっていくらしい。


 準備に参加するクラスメイトが増えるので、それぞれにうまく仕事を振って持てる人員をフル活用すること。


 代々伝わる申し送りのファイルにはそんなことが書かれていた。


 幹事っていうのはそのあたりの調整や全体の作業の把握をちゃんとやることが大事だから、俺はこの日までに今日から進めないといけない作業の準備を中心にやってきた。


 綿矢さんが担当の切り絵は幅が4メートルは超大作で、しかも絵が細かいから作業量的には一番大変。絵を分割して、切り抜き担当、カラーセロハン担当がそれぞれ作業にあたる。


 伊緒が担当している題字は伊緒が筆で書いたものを拡大印刷してこちらも切り絵のように切り抜いていく。伊緒の文字が達筆過ぎてこちらも細かい作業が多い。


 そして、俺が担当する部分は、小さな木材を組み合わせて幾何学模様を作りそれにカラーセロハンを張るというものだけど、平面的ではなく立体的に幾何学模様を組んでいるからこれもなかなか骨が多れる。


 最後に幹事ではないけれど、俺たちを毎日のように助けてくれる富樫が枠組みやその中の電気関係、光が反射すようにアルミホイルを壁に張ったり、アクリル板の加工をしたりするチームのリーダーをしてくれてる。このチームは仕事早くて職人技な仕上がりで作業を進めてくれているから本当に助かってる。


 なんせ、富樫が自前でインパクトドライバーとジグソーを持ち込んでいて、これが格段に作業のスピードを上げている。


 クラスメイトからは富樫製作所と呼ばれ、俺と同じように背景街道を歩いていたはずなのに今や一目置かれる存在だ。

 何人かの女子から熱い視線が送られいるのがうらやましい限りである。


「これで、この部分の塗装は終わり、っと。それじゃあ、昨日塗った木材を――」

「三枚堂先生からお菓子の差し入れだよー」


 景気のいい話なのにいつも同じ少し眠たげな声をみんなに掛けているのは伊緒だ。


 手に持った大きな透明の袋の中には小袋の「きのこの山」「たけのこの里」がぎっしり詰まっている。


「じゃあ、きのこの山が欲しいし人は雫の方にたけのこの里が欲しい人はボクの方に来て」


 池に撒かれた餌を鯉が争って食べるように次々にクラスメイト達が二人の方へ群がる。


 ここで、きのこ・たけのこ戦争が勃発しないことを祈りたい。


 綿矢さんを放課後、遊びに誘っている男子たちが揃ってきのこの山をもらうべく綿矢さんの方に群がってる。お菓子よりもそっちを優先したか……。


 ちなみに俺は昔からきのこ派ではあるが、今日はどちらでも余った方でいいというところ。


 みんながプチブレイクしているところ、俺は教室の隅で塗装済の木材にくぎを打ち込み幾何学模様を組んでいく。こういう路傍の石ポジションはやっぱり落ち着く。


「龍君、もうお菓子もらった?」


 金槌を降ろして顔を上げるとたけのこの里を持った伊緒がこっちを見下ろす。


「えっと、まだだけど」

「なら、みんな一つずつだから」


 ほいっと、たけのこの里の小袋を差し出そうした刹那、もう一つ影が滑り込んできた。


「丹下君、きのこの山も余っているけどこちらはどうでしょう」


 軽く息を弾ませながらきのこの山を差し出す綿矢さん。

 当然、クラスメイトの視線は教室の隅の方へ集まる。


「まだ、両方余ってるから好きな方選んでいいぞ」

「あー、えーっと、俺は……」

「「どっち」ですか」


 これがきのこ・たけのこ戦争の雌雄を決す一票になるわけじゃないんだから、そうプレッシャーを掛けるな。


「そ、それじゃあ――」


 俺はきのこ山とたけのこの里を一袋ずつ開けて、三人でこの後の作業の打ち合わせをしながらきのこの山もたけのこの里も食べることにした。


 大岡越前を並みの名裁きといったところだろう。


「綿矢さん、この後の作業って、さっきの続きでいいのか」


 男子生徒が一人、俺たちの間に割り込んできた。

 クラスの陽キャグループの筆頭格で名前は……たしか古沢だったはず。


「はい、でも、少し分担を変えるので説明しますね」


 それじゃあと言うように、こちらに手を振ってから綿矢さんは切り絵担当の持ち場に戻って行った。


 それを追うように付いて行く古沢が振り返って俺の方を見た顔は不満を孕んだ睨むようなものだった。


 なんだ? 一人一つのところを三人で二つしか食べてないんだから文句はないだろう。


「龍君、古沢に敵認定されたな」


 伊緒は俺にだけ聞こえるように言う。


「食べ物の恨みは怖いからな」

「何のことだ? 今の古沢の顔は雫関係だろ」

「綿矢さんがどうした?」

「龍君が思っている以上に雫は人気がある。そういうことだ」


 そうかそっちか。最近は学校でも綿矢さんと話す機会が自然と増えていたから全然気にしていなかった。


「日陰者がぽっと表に出ると変に目立つからな」

「それに、ああいう奴は自分より弱いと思ってる奴には強く出る場合もある」


 パーティー開けされた袋の上に転がる最後の一つに手を伸ばそうとすると、獲物を狙った猛禽類のように伊緒がそれを先にかすめ取っていく。


「ぼーっとしてると全部持ってかれるぞ」


 伊緒はニィっと笑って獲物を口に放り込んだ。


 ― ― ― ― ―

 今日も読んでいただきありがとうございます。

 明日からは前日準備の話になります。

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 皆様の応援が何よりの活力でございます。

 次回更新予定は12月30日AM6:00頃です。

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