第24話 三枚堂先生は知っている

 明けて月曜日の昼休憩。


 いつもなら教室で本を読むか、ぶらりと裏庭に行くところ、今日は職員室の近くにある会議室に一人でいる。


 会議室といってもダイニングテーブルより少し大きめの机に椅子が六脚しかない小さな部屋だ。


 俺が昼休憩にこんなところにいるのは今朝のホームルームの後に、そっと三枚堂先生にここに来るように言われたからに他ならない。


「すまない。待たせたな」


 ドアを開けて入って来た三枚堂先生は両手に紙コップを持って、俺の隣の椅子に座ると、持っていた紙コップの一つを俺の前に置いた。


 紙コップに入っているコーヒーからはほんのりと湯気が立ち、狭い会議室はすぐにその香りでいっぱいになる。


「あの、これは?」

「あれ? コーヒー苦手だったか。昨日、ヒラソルで飲んでいたから大丈夫かと思っていたんだが」


 いや、そういうことじゃない。

 わざわざ、会議室に呼んで先生が生徒にコーヒーを出すなんて普通はないんじゃないかってことだ。


 教師がこうやって生徒に気を遣ってくる時は経験上、面倒事を任せる時なんだよな。


「いえ、コーヒーは好きなので、ありがとうござます」


 とりあえず、もらったコーヒーに口を付ける。


「今日、丹下をここに呼んだのは今度の智慶祭のことなんだ」


 いつもと同じ爽やかスマイルで切り出した先生に対して、俺ははぁと生返事を返す。


「うちの高校では毎年、一年生は展示作品での参加になるんだけど、これがなかなか大変で。みんな模擬店やお化け屋敷をやりたかったりするから、あまり乗り気にならないんだよな」


「そうですね。文化祭っていうと展示よりも模擬店とかのイメージが強いです」


「だろ。でも、今年から急にそういうこと変えるってわけにもいかないから、うちのクラスも展示作品を作るわけだけど、そのまとめ役――幹事を丹下にやってもらいって思ってな」


 ほらきた。路傍の石にまとめ役を任せようとは見る目がないぞ。


「先生からそのように声を掛けてもらえるのは大変うれしいですが、俺にそんな仕事は荷が重すぎます。もっと、適任者がいるかと思いますが」


「そう思うか? 担任である俺が言うものなんだが、午後のホームルームで幹事の立候補を聞いても誰も手を挙げないんじゃないかって思ってる」


 おいおい、あんた担任だろ。四月からの半年間、そういうことにならないようにクラスを運営しろよ。


「それで、特に部活や生徒会にも入っていない俺に声を掛けたってことですか」

「ちょっと、違うかな」


 先生もコーヒーに口を付け、額を指でとんとんとつついてから続けた。


「幹事の立候補に誰も手を挙げなかったらきっと雫――綿矢が手を挙げる」

「そうですね。綿矢さんなら挙げそうです」

「でも、その後に、綿矢に気のある男子がこれを機会に綿矢とお近づきになりたいと立候補してくると俺は思っている」


 たしかにそれは十分に考えられる。こういう仕事を一緒にして仲が深まる文化祭マジックはよくある話だ。


「それならそれでいいじゃないですか」

「本当にそれでいいと思うか。そういう邪な気持ちで立候補した奴っていうのは往々にして仕事をしない。そうすると結局、綿矢の肩に全部仕事が乗ってしまうだろ」

「先生、それって無茶苦茶教師としてじゃなくて兄としての感情入ってませんか」


 きっと、こういうことになるから普通は縁故関係にある人が担任にならないようになっているのだろう。


「俺がこのクラスの担任になっているのはきっとそういう意味もあるんだよ」


 もはや偶然が必然のようになっている。ちょっとこのクラスの行く末が心配になってきた。


 先生がここまで明け透けに話しているのならこっちもそんな感じでいいだろうと考えて、

「つまり、先生としてはそんな奴よりは人畜無害そうな俺に任した方がいいってところですか」

「自分で人畜無害なんて言うなよ。綿矢は丹下のことを信頼しているみたいだからその二人でやってくれた方がいいと俺は考えてる。そういえば、こないだの雨の日に綿矢を助けてくれたんだって」


 やばい、そのことバレてるのか。


「雨宿りさせてくれて、家の人がわざわざ車で送ってくれたって家の者が教えてくれたよ。あいつはみんなと表面上仲良く付き合うが、丹下ほど心を許して付き合うなんてことはないから俺は丹下が一番適任だと思っている」


 綿矢さんを前面に出してくると、断りづらくなるじゃないか。


 そして、先生はこれで押し切れると思ったのかダメ押しにかかる。


「そうそう、丹下の出身中学に入学早々から生徒会や文化祭の仕事がやたらとできる奴がいたんだけど、二年生の途中からそいつはどういうわけか、そういう表舞台にぱったりと出てこなくなったって話を聞いたんだがそいつ知らないか」

「へえ、そんな奴がいたんですか俺の記憶にはないですね」


 本当に世間が狭すぎる。


 三枚堂先生は最初から全部知っててここに俺を呼んだな。


 俺はもう表舞台に出なくてもいいように路傍の石をやってるのに。


「そうか、知らないか。そのぐらい仕事ができる奴が綿矢と一緒に幹事をしてくれれば俺も安心なんだが」


 先生の言うように誰も幹事に立候補しなければ、綿矢さんが聖女様ムーブで手を挙げるだろう。そして、邪な気持ちの奴も手を挙げるかもしれない。


 そうして、負担が全部綿矢さんにのしかかれば彼女が潰れてしまうかもしれない……。


「俺はそんな奴のことは知りませんが、綿矢さんは大事な友人ですので、先生から今あったお話はその時までよく検討させていただきたいと思います」


 俺の返事を聞くと三枚堂先生は二度頷き、コーヒーを飲んだ。


「丹下、お前、役人に向いてそうだな」

「先生、それは誉め言葉じゃないですよ」


 俺も紙コップに残っていたコーヒーを一気に飲んだ。


 ●


 時は再び文化祭のクラス展示の幹事を決めるホームルーム。


 誰かが積極的に幹事をやりたいと立候補すれば、俺の出番はなしで、その人に任せればいい。

 でも、三枚堂先生の予想通りすぐに手を挙げるクラスメイトはいなかった。


 このままいけば、先生の話した通りの展開になる可能性は高い。


 もし、綿矢さんに負担が多くかかって体調を崩すことがあったら、いつものようにゲームができないじゃないか。


 だから、これは綿矢さんとのアイリスとの大切な時間を守るため。


 俺は自分にそう言い聞かせてから気持ちを決めて手を挙げた。


「……はい」

「おっ、丹下、やってくれるか」


 わざとらしい反応をする先生。それと同時に少しざわつく教室の空気。


 そりゃ、モブがダンジョン攻略してくるって言えばそうなるよな。


「もう一人くらい一緒にやってくれる人はいないか」

「「はい」」

「へ?」


 二つの声が重なり、手も二つ挙がる。

 一人は教室中央からやや廊下よりの席に座る綿矢さん。もう一人は最前列に席のある伊緒だ。


 まさか伊緒まで手を挙げるなんて全く予想していなかった。さっき先生はあと一人くらいって言っていたけど、どうするんだ。


「おっ、二人ともやってくれるか。じゃあ、丹下と鷹見と綿矢の三人に頼む。みんな、三人が中心に動くが、展示作品の制作はクラスみんなで進めるから――」


 こうなると、二人が表で仕事をして、後ろで俺が目立たないように頑張ればいい感じになるんじゃないかな。


 そんなことを考えながら先生の話す今後のスケジュールについてのメモを取った。


― ― ― ― ―

 今日も読んでいただきありがとうございます。

 幹事に三人……、これは何か起きる?

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 皆様の応援が何よりの活力でございます。

 次回更新予定は12月24日AM6:00です。

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