第17話 龍之介と伊緒(後編)

 お金に困らない伊緒のお願いなんてやばい匂いしかしない。

 さりとて、悪いのはこっちなので、うんと首を縦に振る。


「じゃあ、ボクと友人関係復活して欲しい」

「もち……、えっ!」

「なんだよ。雫とは友達になれて、ボクとはなれない理由わけでもある?」


 伊緒とは俺が友人関係を全部切る前まで仲良くしていたらから嫌いなんてことはない。


「いや、こっちから一方的に関係を切ったのに、また友達になってくれるって言うから驚いて」

「さっきも言ったろ。ずっと待ってたって」


 あの出来事があって、もう現実で友人なんていらないと考えて周りと関係を断ち切り、目立たないように生活していいたのに綿矢さんと友達になってからそれが少しずつだけど変わってきた気がする。


「ありがとう。待っててくれて」


 ほっとしたら喉が渇いて空になったコップに麦茶を注ぐためにキッチンに向かった。

 麦茶を注いだところでリビングの方を見ると、ソファーの背もたれから顔だけを覗かせた伊緒がこちらを見ている。


「なあ、一つ聞きたいんだけど、どうして昼休憩の時、あんなところにいたんだ?」


 普段の様子からは伊緒と綿矢さんは特別仲がいいという感じではない。俺と同じで野次馬根性だろうか。


「……秘密だ」

「そういう回答OKなの?」


 こくりと頷く伊緒。


「でも、どうしても聞きたいなら、ボクに目隠しをして手錠をかけてから――」

「やらないから。俺と疎遠だった二年間に何があった?」

「秘密だ」


 追加の麦茶を持った俺は再びソファーに腰掛けてコップに口を付けると、伊緒も同じようにお茶を一口飲んでから口を開いた。


「今日の昼の雫は完全防御って感じじゃなかったか」

「なんだよ、その完全防御って?」

「なんというか、いつもよりさらに隙がないというか、告白を断るにしても丁寧過ぎるというか」


 言われてみれば、あの時の綿矢さんはいつもより丁寧というか慇懃無礼なくらいだったかもしれない。


「相手が先輩だからいつも以上に気を使ったんじゃないか」

「そうか? 他の先輩に声を掛けられてもあそこまでじゃない気もするけど」


 何か他に理由があるのだろうか。

 でも、それを聞くってことは、あの時、盗み聞きをしていたって自白するも同じだしな。


「綿矢さんみたいに人気があれば、どういう風に対応すればいいか熟知してんじゃないか。まあ、伊緒はそういう経験がないかもしれないけど」

「龍君、ボクを馬鹿にしてるだろ」

「えっ!? 告白されたことあるのか」


 俺の問い掛けに待ってましたと言わんばかりのにまーとした笑みを浮かべる伊緒。


「ふふ、四回、高校に入学してからすでに四回告白された」

「マジかよ!?」


 統計的な数字は知らないけど、四回ってかなり多い方だよな。


「やっぱり、中学と違って高校だとボクの魅力をわかってくれる人が多いみたい。もちろん、全部断ったけど」


 伊緒は顔は可愛いし、小柄だから刺さる人にはたまらないのかもしれない。


「断ったのかよ。一人ぐらいはいいかなと思う人いなかったのか?」

「どうしてそう言うかな。ボクは龍君の許嫁だって言ってるだろ」

「それまだ引っ張る?」

「この話は引っ張るとか引っ張らないって話じゃないの」


 いや、ここで止めておかないと学校で何かの弾みでぽろっと話されでもしたら背景の人物にいきなりスポットライトが当たってしまうだろ。


 伊緒が眉を八の字にしてぶーっと口を尖らせていると、

「ただいまー、伊緒ちゃん、久しぶり~」


 リビングのドアが開くと同時にテンション爆上げな七海姉さんが入ってきた。


「七海ちゃん、久しぶり~」


 七海姉さんの姿を見ると一瞬で伊緒の顔は明るくなって、ソファーから飛び出すと二人で再会を分かち合うようにハグを始めた。


 俺が帰ってきた時と対応に差がありすぎじゃないか。

 許嫁の方が塩対応ってどういうこと。



 ●【伊緒視点】


 ブクブクブク。


 湯船に顔を鼻まで沈め長く息を吐く。

 別に何かのトレーニングじゃない。

 子どもの頃にしていた遊びをちょっとしたくなっただけ。

 でも、急に子どもの頃の遊びをしたくなったのは、きっと、龍君との友人関係が復活したから。


 まったく、待たせすぎ。


 龍君がボクを含め、周りとの関係を絶って二年以上になる。


 今、龍君の周りにあの頃から付き合いのある人なんてボク以外もういないだろうな。


 頑なに自分の殻に閉じ籠っていたのに最近どうも様子がおかしいと思っていた。


 放課後に奉仕活動を一緒にした時だって、以前ならボクの言ったことに突っ込みを入れることなく、冷たく流して一人で作業をしていたはず。


 どうしてだろうと龍君を観察した結果、どうやら雫が関係してそうだということまでわかったけど、二人が友達になっていたとは。


 たしかに雫はいい子だ。

 勉強もできて、運動もできる。丁寧な話し方なのにノリが悪いということもない。柔らかく優しい性格をしているが、どこかしっくりこない。


 別に雫のことを僻んでるってわけじゃないけど。

 一体どう育てられればあんないい子になるんだろう。


 それに雫のあの完璧な感じだと龍君の突っ込みが入るところがない気がするんだよな。


 だから、そんな二人が友達になったというのはちょっと不思議。


 でも、雫のおかげで龍君が閉じ籠っていた殻から出てきたのはよかった。もともとの知り合いのボクじゃどうにもできなかったし。


 それに、許嫁のことを覚えてくれていたのも嬉しかった。


 別にボクだってあの事は父さんたちの茶飲み話だなんてことはわかってる。


 だけど、龍君がボクとも付き合いを絶った時、何か少しでも龍君との繋がりのような物が欲しかった。


 もし、そういうものがなかったらボクは待っている間に心がもたなかったかもしれない。


 とりあえず、しばらくはブランクのあった期間を埋めるためにちょっとずつ距離を縮めよう。


― ― ― ― ―

 今日も読んでいただきありがとうございます。

 ★★★評価、ブックマーク、応援、コメントよろしくお願いします。

 皆様の応援が何よりの活力でございます。

 明日からは今作指折りのエモい話です。お楽しみに!

 次回更新予定は12月17日AM6:00です。

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