第2話 旅立ち

「ドロテア、来てやったぞ」

「ヴィル、なんども言っただろう目上の人にそんな口調で話してはいけないと」

「ヤーコプ兄さんはいちいちうるさいな。いいだろ別に誰も見てないんだし」

「ドロテアお姉ちゃん遊びに来たよーー!」

「ドロテア姉さん、お邪魔します」


今日はエネインとフェルディナントと共にまた3人の男の子がやってきた。

3人ともエネインとフェルディナントと同じく綺麗な緑色の髪を持つ兄弟だ。


「ドロテア、お久しぶりです」

「久しぶりですねヤーコプさん」


この眼鏡を掛けた生真面目そうな高身長の男の子はヤーコプ・グリム。この兄弟の長男で趣味はドロテアと同じ読書だが、彼は言語学と神話と少しばかり方向性が偏っている。


「ドロテア今日は何を聞かせてくれんだ!」

「こんにちはヴィル。今日も元気ね」


この少し生意気小僧な感じの少年はヴィルヘルム・グリム。兄弟の次男。彼もドロテア同様そこまで身体は強くないが元気だけが取り柄であり、生意気な口をきいているがこれも彼なりにドロテアを元気づけようしているのだ。


「ルートも久しぶりね」

「うん」


ドロテアが奥に目を向けるとずっと何かしらの画集を読んでいる男の子がいる。

彼の名前はルートヴィッヒ・グリム。この兄弟の末弟で絵を書くことが趣味である。いつも無口だがそこが可愛いと思っているのはドロテアの秘密だ。


「ねえねえ今日はどんなお話しを聞かせてくれるの!」

「そうだぜ!俺たちいつもドロテアの物語を楽しみにしてるんだぜ!」


エネインとヴィルがそう言ってくれてドロテアは嬉しく思う。


「ありがとう。でも管理官兼司法官の子であるみんながただの平民の創作を聞いてほんとにいいかしら」


ドロテアは少し自虐気味に苦笑する。

何を隠そう彼ら兄弟のお父様はシュタイナウの伯爵領の管理官兼司法官で分かりやすく言うならかなり偉い。そんないいところの出である彼らが平民出身のドロテアとつるむこと自体異質である。


「はい大丈夫です。ドロテアの物語は我々にない発想があります。それは誇ることですよ」

「そうかな?」

「ええ、そうなのです」


ヤーコプはドロテアのことをかなり高く評価しているようだ。


「ねえねえ早くーー!」

「はいはい」


エネインが急かすのでドロテアは自分の物語をつつった本を開く。


「じゃあ今日はこのお話にしましょうか。あるところに……」


その場にいる兄弟全員がドロテアの物語に耳を傾ける。

これが彼らにとっての楽しみ、そして変化を望まない日常。

誰もがそう思っていた。

しかし現実は残酷だった。

それから1ヶ月、誰一人としてドロテアの元には訪れなくなった。


「みんなどうしてしまったのかしら」


彼らに出会ってからこんなに会わなかったはなかった。

そこに少し不安を感じたドロテアだが彼女は彼らが偉い家の子供だからなにか事情があると思いいつもの日常は過ごしていた。

そしてそれから更に一月後、雨の降る夜の事だった。突然ドロテアの家のドアをノックする音がした。

それで目を覚ましたドロテアは怯えながら誰もいない振りをしようとベットの中で息を殺した。


「ドロテア、私ですヤーコプです。どうかドアを開けてくれませんか」


しかし外から聞こえたのは聞きなじみのある声だった。しかし未だに不安が解けないドロテアは躊躇った。


「お姉ちゃん私、エネインだよ!」


しかしヤーコプより聞きなじみのあるエネインの声が聞こえた。エネインの声だけは間違えようがないと確信したドロテアは家のドアを開けた。


「すなないドロテア、家の中に入ってもいいか?」

「え、ええ」

「すまない」


ヤーコプは兄弟は代表してお礼を言い次々と兄弟たちがドロテアの家に入って行く。

ドロテアは入ってくる彼らの格好を見て驚いた。

いつもはそこそこに上質な洋服で身を包んでいた彼らだが、今は暗いマントを着て、フードをかぶり自分と同じ平民の格好で入って来たからだ。

それに彼らの顔にはかなりの疲労が伺えた。


「私、今からお茶を」

「なら僕がやります。流石にそこまでさせる訳にはいきません」


ドロテアが行く前にフェルディナントが動きドロテアはそれに乗り遅れてしまった。


「ドロテア、まずはこんな夜遅く、しかも雨の中我々兄弟を家中に入れてくれたこと心より感謝いたします」


兄弟を代表して改めてヤーコプがドロテアにお礼を言う。


「そんなにかしこまってどうしたのヤーコプ。私とあなた達の仲でしょ」


笑顔でそう言うドロテア。そんなドロテアの姿を見てヤーコプは改めて感謝の意を彼女に伝える。


「そう言ってもらえると。本当にありがとうございます。それでフェルディナントがお茶を入れている間に私たち兄弟に何があったかお教えします」


ドロテアも心の中で気になっていたことをヤーコプがそれを察して説明してくれる。

彼の話によるとみんなのお父様がご病気により急死し、財産が没収されその身を追われることになったということだった。

そしてみんなで相談し旅に出ることにしたそうだ。

それを聞いてドロテアは唖然とした。


「そういう訳で急なことですまない。だが世話になっている君には最後に挨拶ぐらいしとかないとみんなに言われたんだ。もちろん私だってそう思った」


ヤーコプはフェルディナントが入れてくれた紅茶を一口飲みそう言った。


「みんなを代表して、今までありがとう。それじゃあみんな行くぞ」


用は済んだと旅に行こうとするヤーコプ達だが一人だけ駄々をこねた。


「やだ、私、お姉ちゃんと一緒がいい」


涙を流しながらドロテアに抱き着きそう懇願するエネイン。


「ダメに決まっているだろ。これ以上ドロテアに迷惑を掛けられない」

「嫌だ!」


どうにかして引き離そうとするヤーコプだがエネインはそれを嫌がってより強くドロテアにしがみつく。

他のみんなも困った様子だ。


「じゃあ私もついて行く」


ドロテアの言葉にみんなが驚いた。


「ドロテア、本気かよ?」


ヴィルが疑わしくそう聞くとドロテアははっきりと頷いた。


「無理する必要はありませんよ」


フェルディナントがそう言うがドロテアの決意は変わらない。


「無理なんてしてないわ。どうせここにいても何も変わらないもの。それならみんなと一緒に旅に出たほうが面白そうじゃない。そういうことだからこれからよろしくねみんな」


こうしてグリム兄弟の旅にドロテアが参加することが決まった。

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フィーマンおばさんとグリム童話の秘密の旅 鳳隼人 @dusdngd65838

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