第8話 忠実なる盾

崩れた柱や破壊された壁が散らばる広間。その中心には、一人の男が静かに立っていた。全身を漆黒の鎧で覆い、巨大な槍を持つその姿は威厳に満ち、ただ立っているだけで圧倒的な存在感を放っていた。


「……あいつが、この先を守る番人か」


カリンが剣を構えながら低く呟く。彼女の視線の先にいるのは、これまで出会ったどの敵とも異なる雰囲気を持つ男だった。


「敵意は明らかだな」


レオンも剣を握り直しながら慎重に前へ進む。アルフは少し後ろに下がり、鋭い目で男の動きを観察していた。


「お前たちがここまで来たことは認めよう」


低く響く声が広間全体にこだました。男はわずかに槍を動かし、レオンたちに視線を向ける。


「だが、ここから先へ進むことは許されない。魔王カイザー様の忠実なる盾として、この命に代えても阻止する。それが私の役目だ」


「……忠実なる盾、か。随分と忠義深いことで」


カリンが皮肉交じりに言うと、男はその言葉に動じることなく答えた。


「忠義ではない。私の存在そのものが魔王様に仕えるためにある。魔王様が倒されれば、この世界は崩壊する。それを防ぐために、私はここに立っている」


「崩壊……?」


ユキが戸惑いの声を上げるが、レオンは男の話に割り込むように言った。


「そんな話を聞かされても、俺たちが進む道は変わらない。覚悟を持ってここまで来たんだ!」


その言葉に、男――ゼクスは小さく息を吐き、ゆっくりと槍を構えた。


「そうか……ならば、その覚悟を私に示してみせろ」


ゼクスの槍が光を帯び、瞬く間に振り下ろされる。その一撃は広間の床を大きく抉り、レオンたちに衝撃波を放った。


「くっ……!」


レオンが咄嗟に剣で衝撃を防ぐが、その勢いに押されて一歩後退する。ゼクスの動きは重厚だが速く、さらに広範囲を攻撃できる槍のリーチが彼の強みを引き立てている。


「攻撃範囲が広すぎる……!カリン、距離を取れ!」


レオンが叫ぶと同時に、カリンは素早く後方へ跳び、ゼクスの槍の一振りをかわす。その槍が風を切る音が、広間に響き渡った。


「これ、まともに食らったら終わりだぞ……!」


カリンが汗を滲ませながら呟く。ゼクスの攻撃は一撃一撃が重く、ミスが命取りになると直感で理解できた。


カリンが距離を詰め、双剣を繰り出してゼクスの鎧を狙う。その一撃は正確だったが、ゼクスの鎧にはわずかな傷すらつけることができなかった。


「硬い……!これじゃ歯が立たない!」


ゼクスは動じることなくカリンの攻撃を防ぎ、槍を振り払って反撃する。カリンは間一髪でそれをかわしたが、その動きにわずかに焦りが見える。


「私の鎧はただの金属ではない。魔王様から与えられた魔力の鎧。貴様らのような者が破ることはできない」


ゼクスの冷静な言葉が、レオンたちに重くのしかかる。


「その鎧……ただの防御だけじゃないみたい。魔力を吸収している……?」


ユキがゼクスの動きを見ながら呟いた。その声にアルフが反応する。


「なるほどな。過剰な防御力は、その魔力吸収の仕組みによるものか」


「じゃあ、あの鎧を突破するには……?」


ユキが困惑する中、アルフは冷静に答えた。


「過剰に魔力を吸収させて、限界を超えさせるしかない。だが、それには強力な魔法を連続で叩き込む必要がある」


レオンがその会話を聞きながら、剣を構え直した。


「つまり、俺たちで奴を引きつけて隙を作る。ユキとアルフ、頼むぞ!」


ユキは少し怯えた表情を浮かべながらも、決意を込めて頷いた。


「分かりました!私、やってみます!」


ゼクスの槍が再び広間を揺るがす。床に走る亀裂がレオンたちの動きを制限し、広範囲に広がる衝撃波が襲いかかる中、レオンとカリンは必死にその攻撃をかわしながら前線を保っていた。


「防御が硬い上に、攻撃まで広範囲だなんて……!」


カリンが息を切らしながら叫ぶ。その目は焦りを隠せないが、それでもゼクスの攻撃の隙を探し続けている。


「カリン、焦るな!あいつの防御は無敵じゃない!」


レオンはゼクスの攻撃を剣で受け流しつつ、隙を見て剣を振るう。しかし、その刃もゼクスの鎧をかすめる程度で、大きなダメージにはならなかった。


「言うは易し、だけどな!」


広間の後方で、ユキとアルフがゼクスの鎧の仕組みについて議論していた。ユキはその魔力吸収の動きを見極め、限界を超えさせる方法を模索していた。


「ゼクスの鎧は、一定の魔力量を吸収し続けると過剰反応を起こして一瞬だけ防御が弱まる。そこを狙えば攻撃が通るはずです!」


ユキが興奮気味に話すと、アルフは冷静に頷いた。


「確かにその通りだ。ただし、それを引き起こすには相当な量の魔法を同時に叩き込む必要がある。お前の雷魔法と、俺の闇魔法を組み合わせれば可能だが、タイミングを合わせなければ無意味だ」


「分かりました。アルフさん、私が魔力を溜める間、お願いします!」


ユキが杖を掲げ、雷魔法の詠唱を始める。彼女の周囲に青白い光が収束し、空気がピリピリと震えるような感覚が広間に広がっていく。


「レオン、カリン!時間を稼いでくれ!」


アルフが鋭い声で叫ぶと、レオンは短く頷いた。


「分かった!カリン、奴の注意を引きつけるぞ!」


「了解!行くぞ!」


二人は連携し、ゼクスの周囲を動き回りながら攻撃を仕掛ける。レオンはその動きでゼクスの槍を誘導し、カリンは機敏な動きで斬撃を繰り出して隙を作ろうとする。


「無駄だ。私の防御を崩せると思っているのか?」


ゼクスが冷静に槍を振り、二人を再び追い詰める。だが、二人の目的はゼクスを倒すことではなく、時間を稼ぐことにあった。


ユキの雷魔法の準備が整った瞬間、彼女は杖を振り上げ、力強い声で叫んだ。


「アルフさん、今です!」


アルフも闇魔法を解き放ち、黒い魔力がゼクスの鎧に流れ込む。同時に、ユキの雷がゼクスの全身を覆う。


「これは……!?」


ゼクスの声がわずかに揺れる。鎧が過剰に魔力を吸収し、その結果、光と闇のエネルギーが相殺されて鎧にひびが走った。


「今だ、レオン!」


ユキが叫ぶと同時に、レオンがゼクスに向かって疾走した。その剣には仲間たちの連携で作られた突破口への信頼が込められていた。


レオンは全力で剣を振り下ろし、ゼクスの鎧のひび割れた部分に命中させた。剣が鎧を貫き、ゼクスの体に直接ダメージを与える。


「くっ……!」


ゼクスは膝をつき、槍を支えに立ち上がろうとする。その目には、わずかな痛みと驚きが浮かんでいた。


「お前たち……ここまで力を合わせて攻めるとは。だが、これで終わりではない」


ゼクスは再び槍を構え直し、最後の一撃を放つ準備を始めた。


ゼクスが膝をつきながらも槍を構え直し、わずかに揺らいだ防御を再び整えた。その目には冷徹な光が宿り、彼の覚悟が揺らいでいないことを示していた。


「私の使命は、魔王様を守り、この世界を安定させること……お前たちのような愚か者に、この先を託すわけにはいかない」


ゼクスは立ち上がり、その大槍を広間全体に振りかざした。槍先から放たれる魔力が空間を震わせ、広間全体に衝撃波を巻き起こす。


「来るぞ!防御を固めろ!」


レオンが叫び、カリンは即座に身を低くして槍の衝撃をかわす。ユキは防御魔法を展開し、アルフが素早く彼女を援護する。


ゼクスの最後の一撃はこれまで以上に強力だった。その槍が放つ衝撃波が広間全体を覆い、レオンたちの動きを封じるように迫る。


「くっ……これ以上受けてたら持たない!」


カリンが防御に徹しながら叫ぶが、ゼクスの攻撃は容赦がない。彼の目は「使命を全うする」という決意で燃えている。


「奴の動きを止めるしかない!」


レオンが鋭く判断し、ゼクスに向かって突進する。槍を振り下ろしてくるゼクスの動きをギリギリでかわし、彼の懐へと潜り込む。


ユキの援護


「レオンさん!時間を稼いでください!」


ユキが叫びながら再び杖を掲げた。彼女の周囲に雷が集まり、空気が震えるほどの魔力が集中していく。その光景に、ゼクスが一瞬だけ視線を向けた。


「雷を……!」


その隙を逃さず、レオンがゼクスの槍を剣で押し返す。彼の剣と槍が激しくぶつかり合い、火花が散る。


「ユキ、急げ!」


カリンが叫びながらゼクスの側面から攻撃を仕掛ける。その剣がゼクスの動きをわずかに鈍らせた。


「これで終わりです……!雷槌(サンダーストライク)!」


ユキが解き放った雷魔法がゼクスの全身を包み込む。彼の魔力吸収の鎧は過剰に魔力を受け取り、その結果、ついに防御が完全に崩壊した。


レオンの最後の一撃


「今だ……!」


ゼクスの動きが止まった瞬間、レオンは全力で剣を振り上げ、ゼクスの胸元に向かって突き刺した。その剣が深く刺さると同時に、ゼクスは大きく後退し、膝をついた。


「見事だ……お前たちの連携、そしてその覚悟……確かに見せてもらった」


ゼクスは苦しげな呼吸をしながらも、静かに笑みを浮かべた。そして、最後の力を振り絞りながら言葉を紡ぐ。


「だが……魔王カイザー様を討つことで得られるのは……本当に救いなのか?その答えを見つけるのは、お前たちだ」


その言葉と共に、ゼクスの身体は光に包まれ、広間に静寂が戻った。


ゼクスを倒したレオンたちは、疲労感と共にその場に立ち尽くしていた。彼の最後の言葉が、チーム全員の心に重くのしかかっていた。


「……魔王を討つことで救いがない、か」


カリンが剣を収めながら呟く。その声にはわずかな迷いが混じっていた。


「奴の言葉を気にしていたら、この先進めない。俺たちが目指すのは、これ以上の悲劇を防ぐための未来だ」


レオンは剣を握りしめながら、静かにそう言った。その言葉に、カリンもユキも頷いた。


ゼクスの倒れた場所に隠されていた扉が静かに開き、その先から魔王城のさらに奥へ続く道が現れた。


「行こう。この先に……魔王カイザーがいる」


レオンの言葉に、仲間たちは力強く頷き、扉の向こうへと歩を進めていった。


次回予告


次回、第10話「魔王城の真実」。

ゼクスを倒し、ついに魔王城の最深部へと足を踏み入れるレオンたち。だが、そこで待ち受けていたのは魔王カイザーに関する驚愕の真実と、これまでの冒険を揺るがす選択だった。物語はさらなる緊張感を増していく――!


次回予告


次回、第9話「魔王城の真実」。

ゼクスを打ち倒し、魔王城の最深部への扉を開いたレオンたち。だが、その先で待ち受けていたのは、魔王カイザーの真実と、世界の運命を左右する衝撃的な選択。迷いと覚悟が交錯する中、彼らが進むべき道とは――物語はさらに核心へ!


読者メッセージ


最後までお読みいただきありがとうございます!第8話では、魔王カイザーの忠実なる盾・ゼクスとの激闘を描きました。彼の言葉がレオンたちの心に新たな疑問を投げかけ、物語がより深まったと感じていただけたら嬉しいです。次回はいよいよ魔王城の真実が明かされ、物語は新たな局面を迎えます!感想や応援のコメントをお待ちしております。次回もお楽しみに!

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