第6話 覚悟の刃

ナハトとの戦いは依然として霧の中で続いていた。霧は視界を奪い、音を遮り、二人を孤立させるかのように動いている。その中で、ナハトの不気味な声だけが響き渡っていた。


「勇者よ、剣を振るうだけで道が切り開けると思っているのか?お前の覚悟が本物ならば、答えを示してみせろ」


レオンは剣を握りしめ、息を整える。目の前には敵の姿が見えない。だが、ただ攻撃を待つだけでは終わらないと確信していた。


「……覚悟なら、すでに決めている。俺は前に進む。それが間違いでも、後戻りはしない!」


声を張り上げながらレオンは剣を構え直した。だが、その瞳にはわずかな迷いが残っている。ナハトの言葉は、確実に彼の心に爪を立てていた。


霧の中から、再び無数の黒い刃が飛び出してきた。鋭い金属音が空間を満たし、レオンはその全てを弾き返すべく剣を振るう。しかし、その速度と量は圧倒的で、肩や脇腹に深い傷を負ってしまう。


「レオン!」


カリンの声が霧の向こうから聞こえる。その声に反応しようとするも、ナハトの攻撃は一瞬の隙も与えない。


「カリン、お前は距離を取れ!奴の攻撃は分散している。隙を狙うんだ!」


「分かってる!」


カリンの返事が聞こえた瞬間、霧の中を疾走する足音が響いた。彼女もまた傷を負いながら、ナハトの動きを探している。


霧が一瞬だけ晴れ、ナハトの姿が露わになる。その目は冷たく輝き、レオンを見下ろしている。


「勇者よ、その剣の先には本当に『救い』があるのか?」


その言葉は、これまでの戦いでレオンが何度も自問したことだった。99回の挑戦で失ったもの、守れなかったもの――それらの記憶が一瞬で彼の脳裏に蘇る。


「救いなんて、分からない……だが!」


レオンは剣を振り上げ、ナハトに向かって突進する。その動きは迷いを断ち切るような力強さがあった。


「進まなければ、何も変わらない!」


彼の一撃はナハトの大鎌と激しくぶつかり合い、火花を散らす。ナハトはわずかに後退し、再び霧の中へと姿を消した。


「……分からないって、正直すぎるだろ」


カリンは苦笑しながら、レオンの背中を見つめた。その姿は傷だらけで、それでも剣を握る手は決して緩むことがない。彼がどれだけ苦悩し、それでも前に進もうとしているのかを、彼女は理解していた。


「だったら、私もやるしかないじゃないか」


カリンは深呼吸し、霧の中を駆け出す。彼女の目はすでにナハトの動きを見極めようとしていた。そして、霧の向こうにわずかな影が映るのを捉える。


「そこだ!」


カリンは全力で剣を振り下ろした。だが、その刃はナハトの分身を斬り裂いただけだった。黒い霧がさらに濃くなり、彼女の周囲を包み込む。


「……こんな戦い、終わらせてやる!」


カリンの声は力強かった。その声がレオンの耳に届き、彼もまた剣を握り直す。二人の決意が交錯し、戦いは新たな局面へと突入していく――。


黒い霧がなおも視界を遮る中、レオンとカリンはそれぞれ敵の気配を探り続けていた。空気には緊張が漂い、霧が動くたびに不意打ちを警戒するように身構える。だが、このままでは勝機を掴むことは難しいと、二人はすでに悟っていた。


「この霧じゃ何も見えない。奴の本体を見つけない限り、この戦いは終わらないぞ!」


カリンが息を切らしながら叫ぶ。その声は焦りを含んでいたが、レオンの耳には諦めの色は感じられなかった。


「分かってる……!この霧そのものが奴の力だ。動き続ければ、必ず隙が生まれる!」


レオンもまた剣を握り直し、カリンに向かって叫ぶ。


「カリン、二人で動こう!奴を同時に攻めるんだ。攻撃の間隔を詰めて、奴に反撃する暇を与えない!」


「任せろ!」


カリンが即座に返事をすると、彼女は霧の中で軽やかに身を躱しながら動き始めた。その動きはレオンとの呼吸が合ったものであり、二人の戦いの経験が感じられるものだった。


再び霧の中から無数の刃が飛び出してきた。黒い刃は空を切り裂きながら二人を狙う。その動きは予測不能であり、まるで敵が複数いるかのようだった。


「まずはこの攻撃を突破する!」


レオンは剣を振り、刃を弾き返しながらナハトの気配を探る。攻撃の合間に生まれるわずかな隙――それが次の手を決める鍵だった。


「カリン、行くぞ!」


レオンが一歩前に踏み出すと同時に、カリンが別の方向からナハトを狙うように駆け出した。


「こっちにも覚悟があるんだよ!」


カリンが叫びながら双剣を振るう。その刃は霧の中を切り裂き、黒い霧を一瞬だけ弱めた。カリンの攻撃に対応しようとしたナハトは、大鎌を振り上げて防御に回る。


その瞬間を見逃さず、レオンが霧の中から姿を現した。


「隙を見せたな!」


レオンが剣を全力で振り下ろす。その一撃はナハトの防御を突き破り、彼の外套に深い傷をつけた。黒い霧が再び濃くなり、ナハトはすぐに霧の奥へと退いたが、確実にダメージを与えた感触があった。


「よし!効いてる!」


カリンがその手応えに笑みを浮かべたが、ナハトの冷たい声が霧の中から響いた。


「……愚かだな。たとえ私を傷つけたとしても、この霧がある限り、お前たちの剣は届かない」


ナハトの言葉と共に霧がさらに濃密になり、視界が完全に遮られた。だがレオンは動じなかった。その目には、確かな勝機を見据える光が宿っていた。


「カリン、この霧そのものを消す方法を探るぞ!」


レオンは叫びながら周囲を見渡す。彼は霧の中心、つまりナハトの動きの起点を見極めようとしていた。


「どうやって消すんだよ!普通に戦ってても終わらないぞ!」


カリンが答えながら、再び飛び出してくる刃を弾き返す。その数は少しずつ減っているように見えるが、それがナハトの力の限界か、単なる誘いかは分からなかった。


「奴の霧の中心は、動いている!攻撃が最も集中してくる場所を狙え!」


レオンは剣を構え直し、目を閉じた。視覚に頼らず、ナハトの気配を感覚だけで捉えようとする。その動きにカリンも気づき、彼の指示に従う形で周囲を走り回りながら霧を撹乱させた。


「……ここだ!」


レオンが霧の一点に向けて全力で剣を突き出した。その一撃が霧を裂き、ナハトの姿を再び露わにした。


「見えた!」


カリンが叫びながら、レオンと同時にナハトに突撃する。二人の攻撃が同時にナハトの身体を捉え、黒い霧が一気に晴れていく。


ナハトは後退し、大鎌を地面に突き立てて体勢を立て直す。その姿には、これまでの余裕がわずかに揺らいでいた。


「なるほど……お前たちの連携は、予想以上だ。だが、それで私を倒せると思うな」


ナハトの目が赤く輝き、再び霧を呼び戻すように動き始めた。


ナハトが大鎌を地面に突き立てた瞬間、再び黒い霧が立ち込め始めた。その霧はこれまで以上に濃密で、まるで触れるだけで命を削られるような禍々しさを放っている。


「まだ終わらせない……お前たちが覚悟を試すと言うなら、最後の力で証明してみせろ!」


ナハトの声はこれまで以上に低く、周囲に響き渡る。その言葉に続くように、大地が震え、霧が渦を巻いてレオンとカリンを囲む。闇の中から無数の刃が現れ、今にも二人を飲み込もうとしていた。


「くそっ、これまで以上に厄介だな……!」


カリンが肩で息をしながら、剣を振り払って迫りくる刃を弾き飛ばす。だが、これまでの戦闘での疲労が彼女の動きを鈍らせていた。


「レオン、このままじゃジリ貧だ!何か突破口を見つけないと……!」


彼女の声に、レオンは必死に考える。霧の中に潜むナハトを直接叩くことが勝利の鍵であることは分かっているが、この霧が彼の防御と攻撃を兼ね備えた力である以上、正面突破は不可能だった。


「……ナハト自身も、この霧を維持するには限界があるはずだ」


レオンが鋭い目で霧の動きを観察しながら呟く。その目は疲労の中にも、一筋の希望を見出そうとしていた。


「カリン、最後の作戦だ。俺が正面から奴を引きつける。その隙にお前が全力で霧の中心を断て!」


「お前を囮にする作戦かよ……大丈夫なのか?」


カリンの声には不安が混じっていたが、レオンはそれを振り切るように強く頷いた。


「大丈夫じゃなくても、やるしかない。ここで終われば、全てが無駄になる……俺たちの覚悟を示すんだ!」


その言葉にカリンは剣を握り直し、静かに息を吸い込んだ。


「分かった……絶対に外さない!」


レオンが剣を握りしめ、霧の中に突進する。彼の身体は無数の刃に傷つけられながらも、その動きは止まらなかった。ナハトが姿を現すと同時に、大鎌を振り上げる。


「無謀だな、勇者よ……!」


ナハトの大鎌がレオンを薙ぎ払おうとするが、彼はその攻撃をギリギリで受け止め、全力で押し返す。その刃が彼の剣を押し込む音が響く中、レオンは全力で叫んだ。


「カリン、今だ!」


その声に応えるように、カリンが霧の中を疾走し、霧の中心に剣を振り下ろした。剣が空気を切り裂き、ナハトの霧の核――彼自身の力の源を捉えた。


「これで終わりだ!」


カリンの一撃が霧の核を貫くと、霧が一瞬にして散り、周囲が明るさを取り戻した。ナハトはその場に膝をつき、大鎌を支えに立とうとするが、霧を失ったことでその力もほとんど残っていない。


「見事だ……勇者よ。お前たちの覚悟、確かに見届けた」


ナハトは静かに言葉を紡ぎながら、赤い目を閉じた。


「だが、覚えておけ……魔王カイザー様の力は、この私とは比べ物にならない。そして、彼を討つことで得られるものは、決して希望だけではない……」


その言葉を最後に、ナハトの身体は黒い霧となり、風に散って消えていった。その場には彼が握っていた大鎌だけが残されていた。


レオンとカリンはその場に立ち尽くし、しばらく息を整えていた。霧が消えたことで周囲の景色がはっきりと見え、遠くには魔王城の威容がそびえている。


「……やったな」


カリンが振り返り、息を切らしながらも笑みを浮かべる。その言葉にレオンは小さく頷いた。


「ああ……でも、これで終わりじゃない」


彼の目は魔王城を見据えたまま鋭く輝いていた。その瞳には、戦い続ける覚悟と、仲間と共に進む決意が宿っている。


「次は、魔王カイザーだ」


レオンのその言葉に、カリンも剣を鞘に収めて肩を軽く回した。


「最後まで付き合ってやるさ。ここまで来たんだ、絶対に諦めるなよ」


二人は互いに頷き合い、次なる戦いへと歩き出した。


次回予告


次回、第7話「魔王城への序章」。

影の死神ナハトとの激闘を制し、ついに魔王城の門前に立つレオンとカリン。しかし、そこには魔王カイザーが築いた最終防衛機構と、二人を揺さぶる新たな真実が待ち受けていた。戦いの緊張が最高潮に達する中、彼らは覚悟を胸に城への一歩を踏み出す――!


読者メッセージ


最後までお読みいただきありがとうございます!第6話では、ナハトとの死闘を通じて、レオンとカリンの覚悟が試される場面を描きました。二人の連携と成長が少しずつ形になってきましたね。次回は、いよいよ魔王城に迫る緊張感あふれる展開が待っています!感想や応援メッセージをお寄せいただけると、とても励みになります。次回もお楽しみに!



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