第5話 魔王の影

記憶の泉で過去と向き合ったレオンとカリンは、次なる道へと歩みを進めていた。泉を越えた先には、荒れ果てた大地が広がっている。空はどこまでも黒く濁り、風が巻き上げる灰が視界を曇らせている。


「ここまで来たのか……魔王城はもうすぐだな」


カリンが呟く。声には緊張が混じっているものの、どこか覚悟の色も見える。これまでの試練を乗り越えたことで、彼女の中に確かな自信が芽生えていた。


「そうだな。だが、ここが最後の関門だ」


レオンが前方を見据える。遠くに見える巨大な影――それが魔王カイザーの城だった。瓦礫のような山々に囲まれたその城は、まるで世界そのものを飲み込むような威圧感を放っている。


しかし、城へと続く道の中腹に異様な気配が漂っていた。大地が脈打つように震え、冷たい風が音を立てて流れ込んでくる。


「……ただの荒野じゃないな。何かいる」


レオンは足を止め、剣の柄に手をかける。その目は鋭く、前方に広がる空間を警戒している。


「さすがにここまで来て、ただ通してくれるとは思えないけどな」


カリンも剣を抜き、構えを取る。その時、大地が大きく震え、二人の前に巨大な影が現れた。


空間が揺らぎ、濃密な黒い霧が形を成していく。霧の中心から現れたのは、全身を黒い外套で包み、顔を覆面で隠した異形の存在だった。彼の背中には無数の刃が突き出ており、その手には漆黒の大鎌が握られている。


「勇者よ……よくここまでたどり着いたな」


低く響く声が二人の耳を刺す。その声は、まるで無数の声が重なったかのように不気味で、恐怖を呼び起こす力があった。


「お前は……?」


レオンが剣を構えながら問いかける。その声にはわずかな焦りが滲んでいる。これまでの四天王とは全く異なる、底知れぬ気配を感じ取っていた。


「私の名はナハト。魔王カイザー様に仕える影の死神。お前たちがここで命を落とすために遣わされた存在だ」


ナハトは静かに大鎌を振り上げる。その動きは異様に滑らかで、空気そのものを切り裂くようだった。


「ここで終わらせるわけにはいかない!」


レオンが叫び、剣を抜き放つ。その瞳には、決して退かないという強い決意が宿っていた。


ナハトが一歩前に踏み出すと、黒い霧が広がり、視界を奪っていく。その中から無数の刃が飛び出し、レオンとカリンに襲いかかった。


「くっ……!」


レオンは剣を振るい、飛来する刃を次々に弾き落とす。だが、その速度と量は凄まじく、完全に防ぎ切ることはできない。肩口をかすめた一撃が血を滲ませる。


「カリン、下がれ!この霧の中ではまともに戦えない!」


「言われなくても分かってる!」


カリンもまた剣を振るい、霧の中から襲いかかる刃を防いでいた。だが、攻撃が一瞬止んだと思った次の瞬間、ナハトの大鎌が彼女の正面に現れた。


「甘いな……!」


ナハトの声と共に、大鎌が振り下ろされる。カリンは間一髪でかわしたものの、その衝撃波が地面を大きく抉り、彼女の体勢を崩した。


「カリン!」


レオンが叫び、瞬時にナハトの懐に飛び込む。剣を横薙ぎに振り、ナハトを退けようとするが、その一撃は霧の中に消えていく。


「……剣は届かない」


ナハトの冷笑が霧の中から響く。彼の姿は霧と一体化しており、どこに本体があるのか分からない。


霧の中での戦いが続く中、ナハトが低い声で話し始める。


「勇者よ、お前は知っているか?この戦いの本当の意味を。魔王を倒せば、この世界が救われると本気で思っているのか?」


その言葉に、レオンは一瞬だけ動きを止めた。


「……どういうことだ?」


ナハトはゆっくりと姿を現し、大鎌を肩に担ぐように構えた。


「魔王カイザー様は、この世界そのものの支柱だ。彼を倒せば、この世界の秩序は崩壊する。そして、その時に失われるのは――」


ナハトが手を振ると、霧の中に幻影が浮かび上がった。それは、レオンとカリンが命を懸けて守ろうとしている村々、人々の姿だった。だが、その姿が次第に崩れていき、灰のように消えていく。


「どういうことだ……?」


カリンが困惑した声を上げる。彼女の手がわずかに震えているのを、レオンは横目で見た。


「魔王を倒せば、お前たちが守ろうとしている人々も失われる。その運命に耐えられる覚悟があるか?」


ナハトの声には揺るぎない確信があった。その言葉は、二人の心に重くのしかかる。


「……それでも進むしかない」


レオンは静かに剣を構え直した。その目には、決意と共にわずかな迷いが見える。


「俺たちは、ここまで進むことでしか未来を切り拓けない。たとえそれが間違いだとしても……!」


カリンも剣を握り直し、レオンの隣に立った。その目には迷いを振り切った覚悟が宿っている。


「そうだ。ここで止まるくらいなら、間違っても進む方を選ぶ。それが私たちの戦いだろ?」


「いいだろう……その覚悟、試させてもらう!」


ナハトの声と共に、霧が再び渦を巻き、戦いが再開された。


次回予告


次回、第6話「覚悟の刃」。

影の死神ナハトとの激闘が佳境に突入。彼の言葉に揺れるレオンとカリンだが、それでも前へ進む覚悟を示す。果たして二人はナハトを打倒し、魔王城への道を切り拓けるのか?さらに明らかになる魔王討伐の真実とは――!


読者メッセージ


最後までお読みいただきありがとうございます!第5話では、魔王カイザーに仕える強大な刺客ナハトとの戦いを描きました。彼の口から語られた真実が、レオンとカリンの心を揺さぶります。次回はいよいよ戦いの決着と、二人の覚悟が試される重要な展開になります!ぜひお楽しみに!

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