第4話 記憶の泉

試練の地を突破したレオンとカリンの前に現れたのは、異様な静けさをたたえる空間だった。塔の奥にある扉を抜けると、そこには青白い光が揺らめく広大な湖が広がっていた。その水面は鏡のように滑らかで、近くに立つ二人の姿を映し出している。だが、湖の奥から感じられるのは、ただの静けさではない。どこか重苦しい、記憶そのものが染み付いたような空気が漂っていた。


「……ここが、記憶の泉か」


レオンが呟く。その声は吸い込まれるように湖面に響き、やがて消えた。過去の挑戦で何度も訪れた場所だが、そのたびに心の傷を抉られた記憶が蘇る。99回目の旅でも、この泉で自らの失敗と向き合い、絶望に飲み込まれかけたことがあった。


カリンが剣を肩に担ぎながら湖面を見下ろす。その目には疑念と警戒の色が浮かんでいた。


「こんなところで何が分かるんだ?過去を見せられて、それで何かが変わるのかよ」


彼女の声には苛立ちが混じっていた。99回目の挑戦で失敗し、仲間を失った記憶が胸を刺している。自分がどれだけ必死に戦っても、その結果はいつも同じだった。ここで過去を見せつけられたところで、それが救いになるとは思えなかった。


「分からない……でも、ここを通らなければ先に進めない」


レオンは静かに答えた。彼もカリンと同じように、自らの記憶と向き合うことに抵抗を感じていた。それでも、この泉を越えなければ魔王城へ向かう道は開かれない。


二人が一歩ずつ泉へと近づくと、湖面がゆらりと揺れた。それと同時に、湖の奥から声が響く。どこからともなく届くその声は、まるで二人の心に直接語りかけてくるようだった。


「……ようこそ、『記憶の泉』へ」


その声は冷たくも優しくもあり、不思議な響きを持っていた。湖面の中心が青白い光を放ち始め、二人の前に人影が浮かび上がる。その影はゆっくりと形を成し、かつて共に旅をした仲間たちの姿となった。


「これは……!」


カリンが驚きの声を上げる。そこに立っていたのは、99回目の冒険で命を落とした仲間たちだった。アリオス、リナ、セド――彼らはまるで生きているかのように、二人を見つめている。


「お前たちが……どうしてここに……?」


レオンの声が震える。彼の目の前に立つアリオスは、かつてレオンの右腕として共に戦った剣士だった。だが、99回目の冒険で、魔王城への道中に命を落とした。その時の記憶が鮮明によみがえる。


「久しぶりだな、レオン」


アリオスが口を開いた。その声は穏やかで、どこか懐かしさを感じさせるものだった。だが、その表情には冷静さの中にわずかな悲しみが宿っている。


「お前はまたここに来たのか。そして、また俺たちを……救えなかった記憶を背負っている」


「やめろ……」


レオンは苦しげに顔を歪めた。その言葉が胸に刺さる。99回目だけではない。過去の挑戦でも彼は何度も仲間を失い、その度に自分の無力さを痛感してきた。


「お前は何度も挑戦し、何度も失敗した。そしてまたここで同じ後悔を繰り返している。何のために戦うんだ、レオン?」


アリオスの問いかけは鋭く、そして真っ直ぐだった。レオンは言葉を返すことができない。ただ、拳を強く握りしめ、うつむくことしかできなかった。


その時、カリンの目の前にも別の影が現れた。それは、彼女がかつて命を落とした場面を再現するかのようだった。魔王城への突入作戦で、彼女はレオンの目の前で致命傷を負った。自分を救おうとするレオンを振り払い、最後まで戦ったが、結果的に彼女は倒れ、レオンは一人で戦場を後にした――その記憶が鮮明によみがえる。


「……ふざけるな」


カリンが低く呟いた。その声には怒りと悲しみが入り混じっている。


「こんなの見せて、私にどうしろって言うんだよ!こんな記憶、何度思い出したって……どうにもならないだろう!」


彼女は剣を構え、目の前の幻影を斬りつけた。しかし剣は何も捉えず、ただ虚しく空を切っただけだった。


湖面がさらに激しく揺れ始め、二人の足元に青白い光が広がっていく。その光は二人を包み込み、次の瞬間、別の情景を映し出した。


そこは、魔王城の玉座だった。玉座に座る魔王カイザーが、冷酷な笑みを浮かべながら二人を見下ろしている。


「お前たちがいくら挑んでも、何も変わらない。仲間を失い、絶望を繰り返し、ただそれだけだ」


その声は、まるで彼らの心を抉るようだった。だが、レオンはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、わずかな光が宿っている。


「確かに俺は何度も失敗した。そして、その度に仲間を救えなかった。でも……」


レオンは剣を握りしめ、湖面に映る魔王の姿を睨みつけた。


「それでも俺は、前に進む。99回の失敗があるからこそ、100回目の今を無駄にはしない」


その言葉に、カリンも剣を握り直した。彼女の瞳にも決意の光が宿る。


「そうだな。私たちはまだ終わっちゃいない。だからこそ、ここを越えて次に進むんだ」


二人がそう決意した瞬間、湖面が静かに揺らぎ、映し出されていた幻影が消えていった。そして、湖の中心から道が開かれ、その先には次なる目的地へと続く階段が現れた。


二人は湖を越え、新たな道へと足を踏み入れた。記憶の泉での試練は終わったが、その胸にはまだ多くの重い記憶が残っている。それでも、彼らは進むしかない。


「行こう、カリン。ここを越えれば、魔王城はもう近い」


レオンの言葉に、カリンは軽く頷いた。そして二人は新たな挑戦に向けて歩き始めた――。


次回予告


次回、第5話「魔王の影」。

記憶の泉を越え、ついに魔王城への道が開かれる。だがその前に現れるのは、魔王カイザーに仕える強大な刺客。そして、魔王討伐を巡る新たな真実が二人を揺さぶる。絶望の淵で彼らが選ぶ道とは?物語はさらなる激動の展開へ――!


読者メッセージ


最後までお読みいただきありがとうございます!第4話では、記憶の泉での試練を通じて、レオンとカリンが過去の失敗や後悔と向き合う姿を描きました。次回はいよいよ魔王城への道が明かされ、物語の核心に近づいていきます!ぜひ引き続きご期待ください。応援や感想をいただけると、とても励みになります!次回もお楽しみに!

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