第3話 塔の守護者

塔の冷たい空間に重い振動音が響き渡った。レオンとカリンの前で、巨大な石像がゆっくりと動き出す。その姿は人型だが、異様な威圧感を放っている。両手には、彼らの身体を粉々に砕くだけの破壊力を持つであろう巨大な斧を握りしめていた。目には赤い光が宿り、侵入者を排除するように鋭く輝いている。


「……こいつが塔の守護者か。いつ見てもデカいな」


カリンが苦笑しながら剣を構える。彼女の視線は石像の動きに釘付けだった。全身を緊張させ、すでに戦闘態勢を整えている。


「落ち着け。慌てるなよ、カリン」


レオンが冷静な声で言った。だがその声にもわずかな焦燥感が滲んでいる。この守護者と戦うのは初めてではない。過去の挑戦で何度も相対し、そのたびに辛勝したり、時には命を落とした記憶がある。


「パターンは分かってる。攻撃は遅いが、一撃の威力が凄まじい。動きを見極めればチャンスはある」


「パターン、ね……そいつを信じるしかないか」


カリンが小さく息を吐き、再び剣を握り直す。


ゴルディアス――塔の守護者と呼ばれるその石像は、ゆっくりと斧を振り上げた。その動きは鈍重だが、振動が響き渡るたびに周囲の空気が変わる。重力そのものが増しているように感じるほどの圧迫感が二人を包み込む。


「やってくるぞ!」


レオンの声が響く。次の瞬間、ゴルディアスの巨大な斧が振り下ろされた。その一撃は床を粉砕し、衝撃で周囲の空間を揺るがす。瓦礫が飛び散り、粉塵が舞い上がる中、レオンとカリンは素早く散開した。


「……なんだこの威力。こんなの受けたら終わりだな」


カリンが苦笑混じりに呟く。その声にはほんの少しの恐れが混じっていた。ゴルディアスの圧倒的な力を前に、油断などできるはずもない。


「カリン、あの斧の振りは大きい。斧が地面に触れた瞬間、隙が生まれる。それを狙うんだ」


レオンが冷静に状況を伝える。彼の頭には過去の記憶が鮮明に蘇っていた。ゴルディアスの攻撃パターン、弱点の見極め――そのすべてを分析して戦いに活かそうとしていた。


「了解。アンタの記憶が役に立つことを祈るよ」


カリンが笑みを浮かべる。だがその目には油断の色はなく、むしろ鋭い集中力が宿っている。


ゴルディアスは再び斧を振り上げ、レオンに狙いを定めた。その動きは鈍いようでいて正確で、かつ圧倒的な破壊力を伴っている。レオンは冷静に斧の軌道を見極め、ギリギリのところで横へ跳んで避けた。


「カリン、今だ!」


レオンが叫ぶと同時に、カリンが素早く動き出した。ゴルディアスの横へ回り込み、その脚部を狙って剣を振り下ろす。彼女の一撃は見事に命中し、石像の膝にヒビを入れる。


「やったか……?」


一瞬の手応えにカリンが呟いたが、次の瞬間、ゴルディアスが動きを変えた。片方の斧を地面に突き立てると、それを支点にして素早く身体を回転させる。その巨体が作り出す衝撃波がカリンを吹き飛ばした。


「カリン!」


レオンが叫び、駆け寄ろうとする。しかし、その間にもゴルディアスは斧を持ち上げ、次の攻撃を準備している。


カリンが壁に叩きつけられ、荒い息をつきながら立ち上がる。彼女の鎧にはひびが入り、剣を握る手が震えている。


「くっ……なんてやつだ……」


カリンが歯を食いしばりながら呟く。その目にはまだ戦う意志があったが、体力的には限界に近い。


レオンは剣を構え直し、ゴルディアスを見据えた。その赤い瞳が光り、次の標的をレオンに定めている。


「……もう過去の俺じゃない。この守護者を倒せないようじゃ、先には進めない」


レオンは静かに呟きながら前へ進んだ。その足取りは重く、それでも一歩一歩確実に前進していく。


「こいつを止める……カリン、お前はチャンスを狙え」


「……あんた、大丈夫なのかよ?」


カリンが不安げに問いかける。だがレオンは彼女の方を振り返らず、短く答えた。


「大丈夫じゃなくてもやるしかない。それが俺たちの100回目だ」


ゴルディアスの斧が再び振り下ろされる。レオンはその動きに正面から挑み、剣を構えて攻撃の隙を伺う。これまでの挑戦と異なるのは、彼の中にある「覚悟」と「記憶」。それが今、彼を支えている。


果たして彼らはこの試練を超えることができるのか――。


レオンはゴルディアスの斧を受け流すように動きながら、その巨大な攻撃のリズムを頭の中で整理していた。99回の挑戦の記憶が彼の中で繋がり、攻撃のパターンや動作の僅かな隙間が見えてくる。


「やはり動きは鈍重だが、パワーが圧倒的だ……」


ゴルディアスの動きには一定のパターンがあった。斧を振り下ろし、地面に突き刺した後、再び持ち上げるまでの一瞬の隙。それがレオンにとって唯一の攻撃の機会だった。


「カリン、次の一撃で決める!」


レオンが叫ぶと、カリンは一瞬躊躇したものの、鋭い眼差しで頷いた。吹き飛ばされた際に負ったダメージで身体は限界に近い。それでも彼女は剣を構え直し、レオンの指示を待つ。


「わかった!けど、アンタがまた無茶するんじゃないかって不安になるね!」


カリンは軽く笑みを浮かべながらも、緊張感は消えていない。


「無茶しないと勝てない相手だ、覚悟を決めろ!」


レオンのその言葉は、自分自身にも向けられていた。


ゴルディアスが再び巨大な斧を振り上げた。その軌道は明らかにレオンを狙っている。斧が振り下ろされる瞬間、塔全体が揺れ、爆風が二人を襲った。


「レオン!気をつけろ!」


カリンの声が響く中、レオンはその一撃をギリギリでかわす。斧は地面を深く抉り、床に巨大な亀裂を生じさせた。


「この隙を狙う!」


レオンは剣を握り直し、猛然とゴルディアスの胴体に突進する。その動きは過去の挑戦の中で培った経験によるものだった。ゴルディアスの動きは重いが、一撃一撃の後には必ず短い隙が生じる。


「ここだ!」


レオンの剣がゴルディアスの胴体に深々と突き刺さる。石の表面にひびが入り、赤い光が一瞬だけ弱まる。


「効いてるぞ、レオン!」


カリンがその隙を見逃さず、ゴルディアスの背後に回り込んで追撃を加える。彼女の双剣がゴルディアスの脚部を斬り裂き、その巨体をわずかに揺らす。


だが、ゴルディアスは倒れるどころか、さらに動きを加速させた。その巨体から放たれる衝撃波が二人を吹き飛ばし、床に叩きつける。


「くっ……!やっぱりしぶとい……!」


カリンが荒い息をつきながら立ち上がる。レオンも剣を支えにしてゆっくりと立ち上がった。


「まだだ……こいつを倒さないと先に進めない!」


ゴルディアスは両手に持つ斧を大きく振り上げ、再び二人に襲いかかる。その動きはもはや予測不能なほど激しく、まともに受けたらひとたまりもない。


レオンは深呼吸をし、剣を強く握り直した。


「カリン、最後の一撃だ!奴が斧を振り下ろした直後、必ず隙が生まれる。そこを狙う!」


「……了解。けど、アンタがまた無茶して死んだら許さないからな!」


カリンの軽口に、レオンはわずかに笑みを浮かべた。


「そう簡単に死なないさ。俺たちはここを超える。それが100回目の旅だ!」


ゴルディアスが再び斧を振り下ろす。その一撃で床が砕け、瓦礫が宙を舞う。その隙を見計らい、レオンは猛然と突進した。


「ここで決める!」


彼の剣がゴルディアスの胸元を深々と貫いた。その瞬間、石像全体が震え、赤い光が一瞬だけ消えかける。


「カリン、今だ!」


カリンは力強く跳び上がり、双剣を持ったままゴルディアスの頭部に突き刺した。その一撃は見事に命中し、ゴルディアスの目から放たれる赤い光が完全に消えた。


巨石兵ゴルディアスは大きく身体を揺らし、斧を地面に落とした。そして、崩れるようにその場に膝をつき、ついには完全に動きを止めた。


「やったか……!」


カリンが息を切らしながら呟く。レオンも剣を収め、深く息をついた。


「終わった。これで……次に進める」


二人はしばらくその場に立ち尽くしていた。ゴルディアスとの戦いの余韻と疲労が、彼らをその場に縛り付けていた。


ゴルディアスが崩れた後、その背後に隠されていた扉がゆっくりと開いた。その扉の先からは、柔らかな青い光が漏れ出している。


「……あれが次の場所か?」


カリンが剣を肩に担ぎながら前方を見つめる。その先には、異様な静けさを持つ空間が広がっていた。


「記憶の泉……だな」


レオンが呟く。そこは、過去の記憶を呼び起こし、自らを見つめ直す場所だ。だが、それは単に懐かしむためのものではない。過去の選択を否応なく突きつけられる試練の地でもあった。


「行こう、カリン。ここで止まるわけにはいかない」


レオンの言葉に、カリンも頷く。そして二人は次なる試練の地へと足を踏み入れた――。


次回予告


次回、第4話「記憶の泉」。

試練の地を越え、次なる目的地に辿り着いたレオンとカリン。そこで二人を待ち受けていたのは、過去を映し出し、心の奥底に隠された記憶を暴き出す「記憶の泉」。99回の冒険で失った仲間たちの姿、そして魔王討伐に隠された真実が徐々に明らかになる――!二人はその試練を乗り越え、次なる一歩を踏み出せるのか?


読者メッセージ


最後までお読みいただきありがとうございます!今回はゴルディアスとの激しい戦いと、次なる試練への旅立ちを描きました。次回は「記憶の泉」を舞台に、レオンたちの過去に迫る感動的かつ衝撃的なエピソードが展開されます。読者の皆さまの応援が物語の大きな力になります!感想やコメントをぜひお寄せください!次回もお楽しみに!

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