僕、闇バイトォォおおお!!
@takoichiro
第1話 FX破れて借金あり!
朝起きて絶望する。
「誰だよ、パメラ・ハリスが勝つなんて言ってた奴は!?ドナルド・キングの圧勝じゃねーか!!」
テレビをつけると、どのチャンネルも「ドナルド・キング新大統領誕生」のニュース一色だ。
昨日まで、いや、ほんの数時間前まで全テレビ局がこぞって「パメラ・ハリスが勝つ!」と熱弁し続けていた。だから俺はそれを信じた。そうして借金しまくってFXの大勝負に賭けて出たのだ。
FX、いわゆる外国為替証拠金取引ってやつで言ってみりゃハイリスクなギャンブルだ。証拠金を元手にレバレッジって制度を使えば元手の何倍もの取引ができる。それで為替相場が上がるか下がるかの2択の答えだけなんだから、今回は簡単に勝てる勝負だと俺は素人なりに確信を持っていた。パメラが勝てば、現職のドンデン大統領の経済政策を引き継ぎ、さらなる円安が進む――そう踏んでいたのだ。
実際、テレビでもほぼ全ての専門家達がしたり顔でそう話していた。そうして借金してかき集めた200万円を証拠金にして、それをレバレッジ25倍で全額ぶち込んだ。種銭5000万円分の俺史上最大の大勝負。このパメラの勝利確実と言われてた米大統領選に乗っかって大勝ちし、今の低調な人生を逆転させる計画だった。
今朝、いつもよりも自然と1時間早く目が覚めた俺は、秒速でFXのアプリを開いた。
「いくら儲かったかな~?」――その期待に胸が高鳴り、まさにウキウキウェイクミ―アップ状態だった。
ところが、寝ぼけ眼に飛び込んできた結果は、俺の想像を遥かに超えて何倍も酷いものだったのだ。いや、そもそもマイナスになるなんてこれっぽっちも想像してなかったから「何倍酷い」なんて表現は成立すらしない。つまりそれは、あり得ないレベル、あってはならないレベルで酷い、だったのだ。今朝未明の4時頃、為替が急激に円高に振れて強制ロスカットを喰らったらしい。俺のポジションは強制的に決済され、口座の中の206万円は綺麗さっぱり没シュート君となっていた。
テレビが選挙結果を詳しく報じている。まさにドナルド・キングの圧勝だ。得票率はパメラの1.5倍、アメリカ中がドナルドの党カラーの真っ赤に染まってる。これまでパメラ勝利を煽り立てていたテレビ局は、一転して反省の色も見せず、「米国大統領ドナルド・キングのカムバック!」とかなんとか、手のひら返して大絶賛している。
その勝利演説で、ドナルド・キングがぶち上げた内容がまた最悪だったらしい。
「今のドル円為替は異常だ!アメリカは日本製品を買うために不当に多くの金を払わされている。この状況をすぐにでも改善する!」
その発言を受けて、昨夜152円だったドル円は、俺が億万長者になる夢を見て寝てる間に急激な円高に振れ、一時は最安で145円まで値下がりしたらしい。なるほど、これが俺の全財産を持ってかれた理由なのか……頭の中がくらくらした。
テレビでは「円安の是正」を歓迎するムード一色だ。おまけに、以前パメラ圧勝を吹聴していたどっかの大学教授のおっさんが、ひきつった笑顔で「想像以上に逆風があったようだ」とか抜かしやがる。
おいおい、お前!ついこの間まで「パメラが100回やっても100回勝つ選挙だ」とか断言してただろ?100回やって100回ってのは100%って意味だぞ!大学の先生やっててそれくらい分からないのかよ!何が逆風だ、ふざけんな!お前のすだれ頭も逆風に吹かれてろ!!テレビ局もこんなペテン師使ってんじゃねーよ!!
テレビに向かって毒づいてみても、虚しさだけが残る。
……頼むから、俺の200万、返してくれよ……。視界が滲んできた。
唯一の救いは、追証が発生しない国内業者を選んでいたことだった。追証があるならさらに30~40万円の追加支払いを請求されていただろう。そうなっていたら数日中に破産だった。それがなかったのは不幸中の幸いだと言える……か?そうは言っても、200万の借金は丸々残ったままだ……。
銀行のカードローンで80万円、クレカのキャッシングで35万円、初めてのアトムで90万円。全て合計して205万円なり。これが来月から返済が始まる。初月の返済を計算してみると金利込みで来月末までに最低でも140万円程度は準備しないといけない。
手元の財布の中から口座明細を引っ張り出して確認する。給料口座に残っているのは……残額6万2千円……。
「こ、これはもうダメかも分からんね……」
項垂れて失意に沈む俺を追い立てるようにスマホがアラームを鳴らした。その音にビクッとなる俺。起き上がって会社へ行く時間だ。気がつけば、テレビにクレームしまくって1時間が経過していた。
俺は、亡くなった親父の兄貴である正孝伯父さんが働く小さな機械メーカーで営業をしている。伯父さんの顔もあって真面目にやってきたつもりだけど、周りは年配の社員ばっかで話も合わないし、給料だって安い。いっそ転職しようかと思っていたが……いや、今は転職どころじゃない。
あと30日で140万、いや借金を綺麗に返済するためには200万円以上をどうにかして用意しなければならないのだ。
もしそれができなかったら……。「自己破産」の二文字が、重く頭上にのしかかった。26歳で自己破産なんてでもしたら、どうなるんだろう?仕事はクビか?家も借りれない?銀行口座開けなくなるんだっけ?クレジットカードも作れないとか?あと、け、け、結婚とか……いや、最後のはそもそも相手がいないから差し迫った問題じゃないけど。それにしても、26歳の輝ける未来の前途洋々たる若者に自己破産のハンディキャップなんて耐えられるもんじゃない。
……いや待て。FXの負けは破産してもチャラにならないんじゃなかったっけ?この場合、どうなるんだ?破産は絶対に嫌だけど、借金がなくなるならそっちのほうがまだマシ……なのか?
頭の中で堂々巡りをしながら、スマホで検索しようとしたその時、2回目のアラームが鳴った。その音と振動に驚きスマホを落としそうになった。このアラームは「マジで起きなきゃ遅刻だぞ!」、の合図だ。いつもギリギリまで寝ているから、これ以上考え込んでいる余裕はない。
とりあえず今は会社を辞めるわけにはいかない。重い体を引きずり起こし、準備を始める。
洗面台の前に立ち、歯ブラシを口に入れた途端、込み上げる吐き気に襲われた。「うっ……ボぇっ」声を上げながらえずく、が、何も出ない。こんなにも気持ち悪くなるなんて、人間、本当に精神追い詰められるとえずくもんなんだな、と妙に冷静に感心する自分がいた。
なんとか歯を磨き終え、顔を洗い、髪をとかす。不健康な顔色ながらも、いつもの見た目の俺参上!だ。後は着替えれば会社には行ける。仕事してるふりして、どうやって来月までに200万を稼ぎ出すか考えよう。取り合えず今はそれ以外の方法なんて思いつかない。
水道水を蛇口からがぶがぶと一気飲みする。これで目も覚めるし、ちっとは腹も膨らんで朝飯代節約出来るだろう。
その時、今度はメッセージの着信音が鳴った。慌てて画面を開くとそこにはこんな文言が表示されていた。
「儲かる副業をお探しではありませんか?」
ここのところちょいちょいと届く変なメッセージだ。……儲かる副業?……ってあれだろ?最近やたら話題になってるやつ。漫画のキャラ名とかを名乗る、心は少年のいかついおっさんが、若者を使ってあれこれするアレ……。いわゆる、ヤバいやつなんちゃうの?思わず語尾が大阪弁になる。
ってか何?あんた見てんの?俺のことを。あまりのタイミングに不安になって部屋を見回した。カメラなんかねーよな?これって素人ドッキリとかじゃないよな?本当はテレビで言ってたようにパメラ・ハリスが圧勝しとんちゃうんもう?そんで俺のFX口座にはうなるほど金入っとるんちゃうん?もう、堪忍してやーあかんでほんま。また大阪弁になった。行ったこともないのに。それだけ俺が混乱しているということなんだろう。
小さく深呼吸をして、改めて画面に目を落とす。「儲かる副業」という言葉が、今日はやけに胸に刺さる。いつもなら鼻で笑って即削除するようなメッセージのはずだ。でも、今の俺はそのタイトルに引き寄せられている自分をはっきりと感じていた。
長い沈黙、数分考える……。
「……ちょっとだけなら話を聞いてみるのもアリなのかもしれない、ただ話を聞くだけとかなら……」
震える指先で、そのメッセージをタップした。
恐る恐るメッセージを送る。
「こんにちは儲かる副業って何ですか?」
少し間をおいて返信が来た。
「こんにちは!リクルーターの北別府です(^^)」
北別府ぅ?変化球種いっぱい持ってそうな名前だなおい、相手に聞こえる訳でもないのに小声で毒づく。
「こんにちは北別府さん儲かる副業まさに今探してます。安全で確実なやつ」
震える手でメッセージを入力する。
「はい、ありがとうございます(^^)。もちろん、安全で確実なやつのみご紹介していますよ!」
「ホワイト案件ってやつですかね?」
「当社でご用意する案件にはホワイトもブラックもありません(^^)。お客様のニーズによって内容が変わるだけでして、ご紹介する副業は全て確実に儲かるお仕事となっております(^^)」
「来月までに200万くらい必要なんですが、それって可能ですかね?」
「お名前は何とお呼びすればよろしいでしょうか?(^^)」
質問に質問で返すなよ……。つか、名前聞くのか?まあ、名前くらいならいいのか!?
「土御門と言います」
とっさに偽名を入力する。勿論、出まかせだ。ってか何だよ、土御門って。とっさに考えて足が着かないような名前で出てきたのが土御門かよ、俺!
「土御門様ですね。由緒ありそうなお名前ですね!(^^)」
「そ、そうですかね?」
つい調子を合わせてしまう。ふと疑問が浮かび、続けて尋ねる。
「北別府さんは女性ですか?」
口調や文面から伝わる物腰の柔らかさから、ついそんな想像をしてしまった。
「いえ、私は36歳の男性です(^^)」
おっさんかよ!ってかピッチャーとしてはそろそろ引退の年齢だろ!
「次に、お住いの場所を大体でよろしいので教えていただけますか?」
「東京都目黒区です。」
「いいところにお住まいですね(^^)。では、ご希望に合うお仕事を検索いたしますので、そのままで少々お待ちください(^^)」
数分待った。時計を見ると、いつも家を出る時間はとうに過ぎている。このままだと当然遅刻だ。会社には「風邪をひいた」と言い訳して、病院に寄ることにしよう。仕事だけは死守せねば……。
待つこと数分、画面にいくつかの項目が表示された。
デリバリー業務:2時間。5万円
VIP送迎:3時間。20万円
夜間見回り:8時間。出来高制
おい、「出来高制」ってなんだよ!最後のやつ、明らかにやべえ仕事じゃねえか。しかも「見回り」って何だよ。パトロールでもすんのか?いや、むしろお前らが見回られる側だろ!
「最後の出来高制の奴ってあれですか?お一人住まいのご老人のお宅を訪問したりする系ですか?」
震える指で軽く突っ込んでみる。
「それはケースバイケースとお考えください(^^)」
否定しろよそこは!ってかやっぱりそうなのかよ……。
この時、俺は初めて「ヤバい奴」と話してるんだな、と実感した。だが、相手の丁寧な文面と和らな対応、そして必ず添えられる笑顔の顔文字に、警戒心や恐怖心が不思議と緩和されてしまう。いや、それよりも――俺自身の感覚が借金のプレッシャーで麻痺しているのだ、ということに気付き恐怖した。
取り合えず気を落ち着かせて質問を続けよう。ただやり取りするのは犯罪でも何でもない。テレビで記者もやっていた。犯罪ぽいと思ったら即削除してブロックすりゃいいんだ。ふぅーっと長く息を吐きだして入力する。
「真ん中のVIP送迎ってどんなのですか?」
一番無難そうで、しかも報酬が割の良い事に、つい興味を引かれた。俺の中の本能は引き返せと囁いている……。
「とある高級店のキャストを、顧客の元へ無事送り届けるお仕事です。こちらは簡単で、その割には高収入なのでお勧めですよ!(^^)」
高級店のキャスト?キャバ嬢とか、風俗嬢とかか?……
それを、お客さんの元に送り届けりゃいいって話か?柄は悪そうだけど、まあ安全っぽいし、いわゆる送迎ドライバーってのなら違法ではなさそうだ。20万か……。初めてやる仕事としては、悪くない条件かもしれない。20万の仕事を週1回やれば、来月末までに5回こなして100万。あとは何とかして、残りをかき集めれば、来月の返済には間に合うかもしれない。
「それ、ちょっと興味あります。」
焦りながら入力する。
「はい、ありがとうございます!(^^) こちらは安全・確実で、お給料の方もとても良いお仕事です。私から見ても、初めての方には特にお勧めできます。また、非常に人気のある分野のお仕事ですので、早めのご決断をお勧めいたしますよ(^^)」
ニコニコ顔文字で押しの強い野郎だぜ、北別府……。
俺の気にしている弱いコースにズバズバ攻め込んできやがる。ここは思い切って振るしかないのか?いや、むしろ今が攻めるべき時なのか?どう答えるべきか、俺は頭をグルグルとさせて迷いながらも、もう一度、深く息を吸い込んだ。
僕、闇バイトォォおおお!! @takoichiro
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