君との約束。
「おかえり、あとり。あら?その子は?」
帰路を辿って家に帰った僕。靴を脱いで居間にいる母が出迎えると僕、の後ろにいる人物に胡乱げな視線を向けた。
「あー、今日一緒に遊んでた同級生……かな?家に誰もいないって言うから連れてきちゃった」
いや、連れてきてしまった。自分でもよう分からん。泣き喚く彼女につい、うちに来る?と言ってしまったからな。
「あらあら〜、あとりが友達連れて帰るなんて、珍しいわね?」
「……どうも猫野玉です。よ、よろしくです」
僕の背から半分顔を出して挨拶する猫野さんに苦笑いしながら、母に訊いてみる。
「大丈夫だった?寂しいみたいだから、つい」
「大丈夫大丈夫、今日はカレーだし、ご飯も大丈夫よ。今日は泊めていきなさいな」
「うん」
「……ありがとう、ございますです」
そういえば姉は帰宅時、靴が無かったがいないのだろうか?
「お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんは彼氏さんちだって、ワンナイトもするらしいわよ」
ちょっとにやにやしながら口元に手を添える母に、ネタじゃないだろと少々呆れて部屋に戻ると伝えた。
「お母さん、いい人ですね」
「そう?僕は正直うざいけど」
「カレーも美味しかったです」
「……そうか。言っとくね」
夕食を終えて、自室で話をするけれども、彼女の応答は機械的でどこか元気がない。
母の質問攻めなのか、緊張してるのか。それとも家の何かの事情でも考えてるのか。
何にしろ、僕には何もできない。安心させることも、元気づけることも。
どうしたら、いつもの彼女に戻ってくれるだろうか。いたずら好きのする笑顔でいつものようにニャンニャン言って欲しい。
「なんか、してほしいことある?」
「……えっ?」
僕の事を見上げて、また俯く猫野さん。
そして何かを決めたように、小さく息を吐いては僕を見つめた。
「じゃあ、約束してもいいですか?」
「?約束……?まあいいけど」
向かい合って座っていた彼女は、這うようにしてこちらに近付き、隣に来ると体育座りで落ち着く。
「……どうしたん?」
「………………」
彼女はそっと僕の右手にその小さな左手を添える。
僕は、彼女の手の動きを見届けて、また問う。
「どんな約束、してほしい?」
彼女は虚ろな瞳で自分の膝を見つめ、口を開く。
「大人になったら、付き合いませんか?」
「…………」
少し、ほんの少しびっくりして顔を赤らめる僕。
いや、結構驚いていたかもしれない。だって気付くと手に汗が滲んでいたのだから。
「いいよ」
電気が暗くなった天井を見つめ、ぼーっとする。
付き合いたい、か。
彼女の真意は分からない。ただの好意なのか、違うのか。でも。
でも、むげにはできなくて。断れなくて。
だってその時の彼女は、また泣きそうな表情をしていたから。
「あとりさん、起きてますか?」
「…………うん」
彼女の声が下からする。
彼女にはベッドで寝ていいと言ったのだが、申し訳ないと、床で寝ると聞かなかった。
だから僕だけのうのうとベッドで寝てる。けど。
「あとりさん。あとりさんは、どんな私でも受け入れてくれますか?」
「…………うん?」
暗闇の空を見つめていると、ぬっと猫野さんの顔が横から表れる。
「おわっ!」
「あっ、すみません!」
咄嗟の事でびっくりしたが、すぐに彼女に謝ると、猫野さんは少しほっとした顔で胸を撫で下ろした。
「隣、いいですか?」
「……え?っえ?」
彼女は人が変わったかのように、ベッドに入り込んでくる。
「私の事、受け入れてくれるんですよね?」
「えっ、いやっ、それはまだ早いんじゃ……、ひゃっ!?」
布団の中に混ざる猫野さんは僕の手を掴み、そして這うように僕の服の中を触ってくる。
お腹、胸、脇。次第にはパンツのなかの股間にまで手を伸ばしてきて……。
「あぁ、やっぱり。私とおんなじ身体だ」
「ちょっ、猫野さん!?やめ、やめて」
彼女の吐息が、微かな生温かな空気とともに耳に近付く。
「あとりさんもやっぱり、私と、おんなじ体」
耳たぶを舐められ、頬をその濡れた生ぬるいもので撫でられる。
やめ、やめて。いきなりどうしたの……?どうしたん、だよ。しっかりしろよ。自分、そして猫野玉……!
「やめて!!」
自分の体の反射に任せて彼女を突き飛ばし、ずどんっという衝撃音とともに彼女は尻もちをついた。
「……はっ!?ご、ごめん!!大丈夫!?猫野さ……」
「やっぱりだめ、なんだ」
布団からがばっと出てベッドから降りる。彼女の元に寄り添うけども、彼女は……もう。
「ごめんなさい」
いつもの生気に満ちた瞳はそこにはなくて。
人生の奈落を知った野良猫のように、誰も信用しない、何も灯せない瞳になっていた。
「ごめん……!今は、待って。お願い、ちゃんと約束はするから」
「……知らない」
そう言って僕が彼女に触れようとした手を払いのけ、猫野さんは床に敷いた布団を被って丸まってしまった。
僕は、間違えたのだろうか?分からない、分からないよ。
翌日、朝になって彼女の寝床を見ると何も無くて、隅に綺麗に畳まれた寝具があった。
そして、テーブルに紙切れが一つ。
『さよなら』
ただ、頼りない寂しげな字で、そう書かれていた。
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