第2話:幼なじみと「ビッグマック」でポッキーゲームする話。
その日、
昼食はハンバーガーチェーン店だった。俺はえびフィレオセットを注文したのだが、ほとんど手をつけることはなかった。モールに到着したあたりから、体が倦怠感に支配されていたのだ。
ここで熱っぽいなどと言い出したら、楽しい時間が台無しになってしまう。俺にはみんなの休日を壊す勇気が持てなくて、やり過ごすようにひたすらジュースを飲んでいた。
食事も終盤。親たちはとっくに食べ終わり、お喋りに花を咲かせている。このままで不調がバレてしまう。でもこんな状態でジャンクフードが喉を通るはずもない。
すると、向かいに座っていた実菜がおもむろに俺のえびフィレオを奪い、ぼそっと呟いた。
「ポテト、トレーに出して。シェアってことにしよ」
俺の体調が下り坂なのを見抜いていたのか、あるいはビッグマックセットでは物足りなかったのか、理由はわからない。それでも、この時の俺には実菜がヒーローに見えた。
ちなみに食後、母親にはソッコーでバレて、自宅に強制送還となった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ポッキーゲームのリベンジをしたいの!」
今日も今日とて、制服姿の実菜は俺のベッドに座りながら真剣な顔をしている。
「……」
「あー! その顔、また失敗するって思ってるでしょ!」
「そりゃ、まあ」
だって開店直後のスイーツバイキングで、好物のシュークリームを一巡目で食べ尽くした女だぞ。その後もケーキ一通りパクついてたし。
「大丈夫! 今日は前回の反省を活かしたから!」
何が大丈夫なのかはさておき、さっきから室内にはポッキーゲームに似つかわしくないジャンクなにおいが充満している。
「じゃじゃん! 今日の一品はこちらでーす!」
実菜がチープな効果音とともに両手で取り出したのは、ハンバーガーの包み紙だった。
「今日のメニューは、ビッグマックです!」
とうとうメニューって言っちゃったよ。
「私はね、前回のからあげで反省したの。あれじゃ小さすぎて我慢のしようがないって」
反省すべき点があるとすれば、素直にポッキーを選ばなかったことだと思うが。
「でも、これだけ大きなビッグマックなら食べ進めるうちに満足するかもしれないでしょ? 私ってば天才~」
俺は早々に思考を放棄する。実菜の発想にいちいちツッコミを入れていたら、ゲームが始まる前に夕食の時間が来てしまう。俺はすべてを受け入れて、おとなしく実菜の隣に移動した。
「じゃ、さっそく始めよっ」
実菜が包みから中身を開放する。
2枚のビーフパティに、3枚のバンズ。間にはシャキシャキの刻みレタスとタマネギ。しっとり溶けたチーズ。具材を調和させる特製のあま~いソース。まさしく店の看板メニューにふさわしい存在感だ。肉とバンズの蒸れたにおいが解き放たれて、俺でさえ食欲をくすぐられる。
「つーかこれ、口で支えるの無理だろ」
「じゃあ
俺が左手で、実菜が右手でビッグマックを持つ。ちなみにヒールとかクラウンとかっていうのは、バンズの名称である。3枚のバンズは上から順にクラウン、クラブ、ヒールと名前が付いている。
「それじゃ、げーむ……
頭上からむしゃむしゃと勢いよく咀嚼する音が聞こえてくる。まさかポッキーゲームで“高さ”の概念を意識することになるとは。
このまま待っているのも暇だし、俺も少しは食べ進めてみるか。
うお、100パーセントビーフの肉々しさとシンプルな味わいのバンズが合うな。特製ソースとチーズが絡むとより味わいが豊かになる。
「こんなに大きいのにお肉、バンズ、野菜のバランスがいいから、つい食が進んじゃうね。このソース、ほかのハンバーガーとも違うやつだから特別感あるんだよね~」
実菜もしっかり味わっているようで、あっという間に残り半分を切った。
いや、このままだと絶対にキスするな。
このポッキーゲームの目的は、実菜が食欲をコントロールすることにある。それなのに実菜の食べるペースは加速する一方だ。
適度なタイミングで俺から口を離すか? いや、実菜が自分の意志でストップしなければ意味がないのだ。決して事故キスを狙っているわけじゃないからな?
……そういえば、ビッグマックにはアレがあった。
大丈夫、きっと今回のポッキーゲームは成功する。俺はただ静かに、実菜が停止するのを待てばいい。
「レタスのシャキシャキ、タマネギのシャリシャリもニクい演出だよね~。野菜もしっかりおいしく食べられるのは、マックさんの企業努力の賜物……でっ!?」
クラウンとクラブを食べ終え、残すは下段の数センチのみというところで、実菜が端正な顔を歪めた。どうやらアレに当たったらしい。
「……ピクルス、忘れてたぁ~」
実菜は涙目で口をもごもごさせる。
基本的には何でも食べる実菜だが、唯一苦手な食べ物がある。それがピクルスだ。
ビッグマックは残すところ一口分。ここらで潮時だろう。
「じゃあ今日はここまでだな。実菜が目指す、大人のレディーに一歩近づいたじゃないか」
「……ううん、違うよ」
実菜の瞳はなぜか決意に満ち溢れていた。
「嫌いな食べ物を残すなんて、大人のレディーじゃない!」
強い言葉とともに、実菜の桃色の唇が一気に接近し……。
――ちゅっ。
俺たちは、二度目のキスをした。
「んんん……酸っぱい……食感が気持ち悪い……けどっ!」
実菜はごくりと喉を鳴らし、ピクルスを嚥下した。
「えへへ、飲んじゃった」
はにかむ実菜に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「昔はいつも、修地がピクルス食べてくれたよね」
「……別に。そんなありがたがることじゃないだろ」
目を合わせるのが恥ずかしくなり、つい視線をそらしてしまう。
「修地にはどうってことなかったのかもしれないけどさ」
実菜が俺の顔を覗き込み、白い歯をこぼす。
「……私にとって、修地はヒーローだったよ」
「……そうかよ」
ああ、やっぱり俺は、この笑顔が。
実菜が、好きだ。
次の更新予定
幼なじみとからあげでポッキーゲームする話。 及川 輝新 @oikawa01
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