第3話:幼なじみと「シュークリーム」でポッキーゲームする話。
「今日の食べ物は俺に決めさせてもらう」
日曜日の夕方。今日は休日なので、ベッドに座っている
俺の宣言に、実菜は眉をハの字にした。
「せっかく用意してきたのに……」
そう言ってトートバッグから取り出したのはフランクフルトだった。それはさすがにアウトすぎるだろ。色々な意味で。
実菜は「大人のレディー」を目指しているわりに、そういう事情にだいぶ疎い。教室では平気でカーディガンを脱ぐし、よくスカートの下に短パン履き忘れるし、同い年の男の部屋に平気で入るし。そのくせ体つきは女子大生顔負けのメリハリだ。ちょっとはこっちの身にもなってくれ。
「それで、今日のメニューはなに?」
俺はベッドの下に隠しておいた箱を取り出す。
「…………え?」
それまで柔和だった実菜の表情が固まる。
箱を開けると、中にはこぶし大の塊が3つ。塊の上には粉砂糖が振ってあり、初雪のように景色を白く染めている。
「これ、覚えてるか? 実菜が昔――」
言い終わる前に、俺は天井を見つめていた。ベッドに押し倒されたのだ。
「フーッ、フーッ!」
実菜の双眸は、サバンナで獲物を捕捉したライオンのように鋭くなっていた。
「実菜。お、おちつけ!」
「フーッ! フーッ! フーーッ!!」
俺はベッドに転がったままバンザイのポーズで箱を掲げており、しかも腹の上には実菜が乗っているため、身動きがとれない。
「実菜、これは……」
「『神戸・
1年半前、中学の修学旅行。俺と実菜は、男女6人グループで神戸の街を散策していた。そこでおやつの時間帯に偶然出会ったのが今本洋菓子店だ。俺たちは何の気なしに入店し、イートインでカスタードパイシューを注文した。後で聞いたところによるとこのパイシューは店の看板商品らしく、1日に複数回作られるにもかかわらず、ケースに並んでから30分もしないうちに完売してしまうらしい。
味は言わずもがな。洋菓子に疎い俺でさえ人生で一番と感じるほどのシュークリームだった。実菜も秒で平らげた後、ケースに残っていた残り3個を追加注文し一瞬で胃に収めてしまった。言うまでもなく、実菜にとって人生でナンバーワンのシュークリームだ。
通信販売は行っておらず、場所が場所だけに気軽に立ち寄れる店でもない。ゆえに実菜はこの1年半、カスタードパイシューへの執念に取りつかれていた。飲食店でシュークリームを見つけるたびに注文しては、かつて偶然出会ったナンバーワンの味と比較してしまうのだ。
「な、なんでこのパイシューを
「そりゃ、買ってきたからに決まってるだろ」
「だって神戸だよ!? 交通費のほうが全然高いじゃん!」
「『大人のレディーになりたい』っていう実菜の本気に、俺も付き合おうと思っただけだよ。どうせ我慢するなら、一番好きなもので練習したほうが効果的だろ」
実菜の好物はシュークリームだ。しかも今回は一番好きな店の限定品。これでポッキーゲームを行い、寸止めが成功すれば、ミッションクリアといっても過言ではない……のだが。
実菜は既に臨戦態勢だった。馬乗りのまま、目を爛々とさせている。
ひとまず俺は手探りでパイシューをつかみ、端をくわえる。
「実菜、待て」
「フーッ……フーッ……」
俺の両腕は、前のめりになった実菜の手に押さえつけられていた。こんな姿を親に見られでもしたら言い訳できんぞ。
「待て、まだだぞ。待て」
「フーッ、フーッ! フーッ!!」
「まだ。待て! 待て!」
「フーーーーーーーーーーーーッ! フーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「よし! ゲーム、スタ……っ!」
突進。急襲。蹂躙。あらゆる暴力的な言葉が脳内を駆け巡る。
それほどに実菜の暴食ぶりは苛烈さを極めていた。
実菜の圧が強すぎて、押し出されたカスタードが俺の舌を撫でる。
あ、甘い。1年半ぶりでもあの時の感動はまったく衰えていない。
みるみるうちにパイシューが消え、代わりに実菜の顔があらわになる。
やがて俺たちは、3度目の口づけをかわした。
――ただ、今回はこれでは終わらなかった。
「……ッ!?」
実菜の唇が、全力で俺の口元に押し付けられていた。
待て! 落ち着け! まだ2個あるから!
口が密着しているため声が出せない。実菜は俺の口内に残ったわずかなカスタードさえも奪い取ろうとしていた。ぬるりとした舌が伸びて、ゆっくりと俺の舌に絡まっていき……。
「――って、それは駄目だ!」
気付けば俺は実菜を突き飛ばしていた。しばらくは茫然としていた実菜もやがて正気を取り戻し、みるみるうちに顔が紅潮していく。
「ご、ごめんなさい……」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
実菜は冷静さを取り戻したものの、さすがに己の蛮行に落ち込んでいるらしい。ベッドに座りながら2個目のパイシューをかじる姿はしおらしい。
「ごめんね……せっかく修地が用意してくれたのに……」
「ま、正直実菜が我慢できるとは微塵も思ってなかったけどな」
「うぅ……」
ここで反論してこないあたり、相当凹んでいるようだ。
「それに、パイシューを買ってきたのは特訓のためだけじゃないし」
「え?」
「16歳の誕生日、おめでとう」
「あ……」
今日は実菜の16歳の誕生日だ。高校生にもなってプレゼントが食べ物というのはどうかとも思うが、相手の喜ぶものを渡すのが一番だろう。
「実菜、これからもよろしくな」
反応がないので隣に視線を向けると、実菜は再び頬を赤らめていた。
「……私は……」
実菜が俺を真正面から捉える。その表情は、今までにないほどの真剣さを湛えていた。
「私は……修地と一緒にいたい。これからも、この先も、ずっと」
「……っ!」
ひょっとして、今なんじゃないか?
今告白すれば、OKもらえるんじゃないか?
悩みに悩んだ末、俺の出した答えは。
「……ま、実菜がちゃんと大人のレディーになれたらな」
「もーっ! 絶対になるもん!」
ぽかぽかと肩を叩いてくる実菜を、俺は笑顔で受け流す。
やっぱり俺たちは、こういう関係がしっくりくる。
恋人という肩書きも魅力的だけど、それ以前に俺たちは幼なじみなのだ。
この時の俺は、そんな呑気なことを考えていた。
翌日、女子に告白されるとも知らずに。
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