幼なじみとからあげでポッキーゲームする話。
及川 輝新
第1話:幼なじみと「からあげ」でポッキーゲームする話。
「私とポッキーゲームをしてほしいの!」
学校から帰宅早々、半年ぶりに俺の部屋にやってきた幼なじみの口からトンデモ発言が飛び出した。
「久しぶりに来たかと思えば何だよ、いきなり」
「
ふんす、と鼻を鳴らして、
彼女との付き合いは、物心がつく前から始まっていた。家が隣同士で子どもが同い年となれば、必然的に家族ぐるみの付き合いが生まれる。俺たちはきょうだい同然に育ち、幼稚園、小学校、中学校、そしてこの春入学した高校も、クラスまでも同じ。もはや親より顔を見ている時間が長いといっても過言ではない。
とはいえ高校生ともなれば、さすがに四六時中一緒にいるわけじゃない。俺には俺の、実菜には実菜の友達付き合いがある。実際、高校に上がってから実菜が俺の部屋に来るのは初めてだった。
「とりあえず、ワケを訊こうか」
回転椅子の向きを右に変えると、ベッドに座る制服姿の実菜と目が合った。グレーのカーディガンに白のブラウス、紺のチェックスカートがよく似合っている。
「私ね、高校に入ったら女の子らしくするって決めてたの」
「ああ、そういえば言ってたな」
入学式前日。まさにこの部屋で、実菜は所信表明をかましていた。
実菜は小さい頃から俺たち男子に混ざってドッジボールをしたり虫取りをしたりと、快活な女の子だった。当時は髪がショートだったこともあり、男の子に間違われることも珍しくなかった。
中学卒業と同時に実菜は髪を伸ばし始め、服装もスポーティなものではなくスカートやひらひらしたワンピースなどが増えてきた。今では肩まで伸びた黒髪を揺らすだけで男子生徒の注目を集める、立派な美少女へと成長した。
「女の子計画は順調そうに見えるけど、何か問題でもあったのか?」
「それは……」
俺が質問すると、実菜は胸の前で指を絡め、口をもにょもにょさせる。
「……私って、人よりちょっとだけ食欲に忠実じゃない?」
「……ちょっと、な」
飯園実菜は食いしん坊だ。ハンバーガーチェーン店でセットメニューを2つ平らげるのは朝飯前。ラーメン屋に行けば、必ず炒飯セットの麺大盛り。夕飯用に買ったはずの揚げたてコロッケ詰め合わせは、当然のごとく家に着く前にはなくなっている。
「そういえば中学の頃と比べると少し太っ……」
「太ってないっ!」
実菜がベッドから身を乗り出し、涙目で顔を近づけてくる。
「……いやその、確かに高校入ってから体重3kg増えたけど、それは成長期だからで……」
まあ、体の一部分が急成長したもんな。左右合わせたら3kgくらい増えてもおかしくない。
「と、とにかく、大人のレディーを目指すためにも、人前では慎みを覚えたいの。こないだもミスドで私だけドーナツ5個と飲茶食べてたら友達にドン引きされて……」
「食べる量を減らしたいのは理解した。で、それとポッキーゲームに何の関係があるんだよ」
ポッキーゲーム。1本のポッキーを2人で両端から食べ進め、先に口を離したほうが負けという合コンで定番のゲームだ。どちらも口を離さなければ、必然的にキスをすることになる。
「ほら、ポッキーゲームってポッキーを食べたい欲求をどれだけ我慢できるかを競うゲームじゃない? だからポッキーゲームで特訓すれば、食欲を自制できるようになるかなって!」
あれ、俺の知ってるポッキーゲームと趣旨が違う。
「こんなこと頼めるの、幼なじみの修地しかいないの! お願いっ!」
確かに、こんなお願いを他人にしたらアホの子扱いされるのは目に見えている。
「100歩譲って目的は理解した。でも、実菜は嫌じゃないのかよ」
「へ? 何が?」
実菜は、言葉の意味を知らない幼子のようなきょとん顔をする。
「いや、だから……もし失敗したら、キスすることになるんだぞ、俺たち」
「え、なんで? 修地となら全然嫌じゃないよ? それとも修地は私とじゃ嫌?」
「別に嫌……ではないけど」
「じゃあ問題ないね! 交渉せいりつー!」
満面の笑みで実菜はスクールバッグをごそごそする。どうやら既にポッキーを用意しているらしい。
俺は心の中でため息をつきつつも、実菜の隣に移動する。これも飯園実菜という変な幼なじみを持った俺の宿命と受け入れるしかない。
「……ん?」
しかしバッグから現れたのはポッキーではなく、コンビニのホットスナックの袋だった。
「なあ実菜、その中にポッキーが入ってるのか?」
「やだなぁ、そんなわけないじゃん」
実菜が袋の点線を破ると、中から出てきたのは直径5cmほどのからあげ。
「じゃあ早速始めるよ~。はい、からあげの端と端をくわえて……」
「待て待て待て待て! ポッキーはどうした!」
「認識が古いね、修地。私はね、気付いたんだよ」
ふっふっふ、と変な笑みを浮かべる実菜。
「このポッキーゲームの目的は、私の食欲をコントロールするためのもの。だったらポッキーよりもおいしいからあげのほうがトレーニングとして効果的でしょ?」
効果的でしょ?じゃねえよ! どうしてそんなドヤ顔できるんだよ! あとポッキーファンに謝れ。
「今さら恥ずかしがらないの! さっさと準備する!」
とんでもない後出しルールだ。ポッキーゲームでからあげを用いるなんて誰が予想できるか。
とはいえ実菜は意外と頑固者だ。一度決めた信念はテコでも曲げない。こうなったら付き合ってやるよ。後悔しても遅いからな。
俺と実菜は口を開けて、からあげの両端を唇でそっとつまむ。
……いや、顔近っ!
つーか唇の距離がもう3cmもないんだけど! 原初のポッキーゲームならもう終わってるところだわ!
「じゃあげーむ……
実菜の唇がゆっくりと近づいてくる。小鳥が餌をついばむように、あるいは芸妓が着物を折り畳むように、桃色の唇がからあげを侵食していく。
半年ぶりに間近で見る実菜の顔は、目鼻立ちが整っていて、肌は白くすべすべだ。艶やかな黒のロングヘアから漂うシャンプーの甘い香りは、肉と醤油のにおいなど簡単にかき消し俺の脳をくらくらさせる。小さな唇はからあげの油でぬらぬらと光っていて、サクサクと聞こえる小気味よい音はまるでキスへのカウントダウンで、俺はそれをただ見ていることしかできなちゅっ。
「……」
「……」
「……おい」
「我慢、できなくなっちゃった」
実菜は口をもぐもぐさせながら、頬をうっすらと赤く染めた。
「……大失敗じゃねえか」
「いきなりからあげは難易度高かったかな。今度はもうちょっと食べ物考えてみるよ」
そろそろ夜ごはんの時間だから帰るね、と、実菜は俺の部屋を出ていった。
「……」
部屋に一人取り残された俺は。
「――――ぁぁあああああああああああぁぁぁぁっっ!!!!」
ベッドで転がりまわっていた。
「ポッキーゲームで片想いの相手とキスしちまったあああああああぁぁぁぁ!!!!」
そう、俺は実菜に片想いをしていた。
物心がつく前から一緒にいて? あんなに俺を信用してくれて? ちょっと天然で? しかも可愛くて?
好きにならないわけないだろうが。アホか。
ポッキーゲームを提案された時点から必死に平静を装っていたが、キャパはとっくに限界を超えていた。それがキスにより一気に大気圏を突き抜けた。
俺は天井を見つめながら、自分の唇に触れる。
「『今度は』って、またやるのかよ……」
ファーストキスは、からあげの味でした。
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