第5話 闇の中の追跡

地下通路の電灯が消え、一瞬にして辺りは真っ暗になった。紗奈は咄嗟に息を呑み、手探りで近くの壁を探した。


紗奈:

「黒瀬さん! どこですか?」


黒瀬:

「ここだ、落ち着け。」

(声は近くから聞こえるが、黒瀬の姿は見えない)


描写:

闇の中で漂う湿気と温泉の湯気が、視界をさらに悪化させている。耳を澄ませば、どこか遠くで足音が響いている。それは、黒いコートの男が去ろうとしている音だった。


黒瀬:

「追うぞ、若女将。あいつが何か隠してるのは確実だ。」


紗奈:

「追うって……こんな暗闇でどうやって!?」


黒瀬は懐中電灯を再び点けると、男が去った方向に向かって走り出した。紗奈も慌ててその後を追う。足元には濡れたレンガの床が続き、滑らないよう慎重に進まなければならなかった。


描写:

通路は迷路のように入り組んでいるが、微かに聞こえる男の足音が彼らの道標になっている。湯気が立ちこめる空間の中で、通路の先に淡い光が見えた。


男は通路の出口に向かって逃げていた。その先には、小さな地下倉庫のような空間が広がり、ランプのような灯りが揺れている。


紗奈:

「あそこに……何かありますね。」


黒瀬:

「間違いない。あの泥をどこに送ってるかの手がかりがあるはずだ。」


二人が倉庫に飛び込むと、そこにはいくつかの大きな樽が並んでおり、中には泥がぎっしりと詰まっていた。さらにその奥には、配管に繋がれたポンプ装置が稼働しているのが見える。


黒瀬:

「こいつだ。泥を吸い上げてどこかに送ってる……間違いない。」


紗奈:

「でも、どこに……?」


そのとき、背後でカチャリと金属音が響いた。振り返ると、黒いコートの男が拳銃を構えて立っていた。


黒いコートの男:

「ここで何をしている。お前たちは、ここに入るべきじゃなかった。」


紗奈は思わず息を呑み、黒瀬に目配せする。だが黒瀬は落ち着いた様子で、ゆっくりと両手を上げた。


黒瀬:

「なるほどな。あんたがこの泥を運んでる張本人か。それとも、命令されてるだけの駒か?」


男:

「それを知る必要はない。ただ、お前たちにはここで引き返してもらう。」


紗奈:

「この泥湯は私たちの旅館のものです。それを勝手に使って、何を企んでいるんですか?」


男:

「お前たちに関係のないことだ。これは別府全体のためだ。」


紗奈は驚きながら問い詰める。


紗奈:

「別府全体のため……? それがどういう意味なんですか?」


男は答えず、拳銃をちらつかせながら後ずさりし、配管装置のスイッチに手を伸ばした。


黒瀬:

「やめとけよ。そんな物騒なものを振り回すと、状況が余計に悪くなるだけだ。」


男:

「黙れ。」


その瞬間、通路の奥から複数の足音が近づいてきた。男はその音に気を取られた隙に、黒瀬が勢いよく飛びかかり、男の腕を押さえつけた。銃が床に落ちる音が響く。


黒瀬:

「紗奈さん、ポンプのスイッチを止めろ!」


紗奈は慌ててポンプ装置のスイッチに飛びつき、停止させた。泥の流れる音が止まり、地下倉庫に静寂が訪れる。


描写:

黒瀬が男を押さえつける中、足音の主が姿を現した。それは地元警察の刑事、高瀬隆一だった。彼は一瞬で状況を把握し、男を取り押さえる手助けをした。


高瀬刑事:

「全く、無茶をするなと言っただろう黒瀬君。どうして勝手に動くんだ。」


黒瀬:

「いやぁ、動いた甲斐があっただろう? 泥湯の秘密に一歩近づいたんだから。」


高瀬刑事は溜息をつきながら男を警察に引き渡す準備をする。その間に紗奈は、停止したポンプ装置を見つめながら考え込んでいた。


紗奈:

「泥湯を別の場所に送って、別府全体のためって……一体どういうことなんでしょう?」


黒瀬:

「それを探るのが、次のステップだな。」


こうして、泥湯消失の謎は新たな局面を迎える。紗奈と黒瀬は、泥が送られた先と、それが別府全体にどう関係しているのかを明らかにするため、さらなる調査に乗り出すのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る