テーマ: ベルの音





チリリリリ



また誤作動かな。



火災報知器のベルの音を聞きながら走る。



自分の前を若造が進む。

入社してきた頃は酷く陰気でどんよりしていたが、

仕事ぶりは良く真面目な奴だ。

若造が来るには草臥れた会社になぜこんな奴が、と

入ってきた時には首を捻ったものだ。

一年くらい経つとぽつぽつと話すようになり、

ある時急に身なりを整え出した。


仕事中は作業着だが、帰る時間にはこざっぱりとした

姿になり、服も靴も変わった。

お、こりゃ彼女でも出来たか?と仲間内で沸いていたが、

なにせシャイな奴であるため、相手から話すまでは

そっとしておこうということになり、

その服イカすなあ!とか、お!その色似合ってるぜ!と

とにかく褒めてやろうという姿勢で接していたが、

唐突に白黒グレーに染まり、

ひょっとして振られたのか、彼女の意向なのか

みんなでどよどよしているうちに季節は過ぎ、

微妙に似合わない色や形の服着るようになったが、

顔が晴々としており、服の趣味は変だが身綺麗にして

シャキシャキ動く様子は何か吹っ切れたように見える。


何があったのか聞いてみてえーと飲みに誘うが

下戸らしく、いつも誘ってくれてありがとっす、

でも帰ります。と答えるだけで飲み会に来ない。

今時強引に誘うと飲みハラになってしまう。

人手不足の業界だ。ウザく思い辞められては困る。


まっすぐ帰るということは、やはり女がいるのかもしれない。

ここ数ヶ月、貯金がしたいと言い出して

上司から別の仕事を振られるようになっており、

仕事場が重なるシフトが少なくなり、益々話す機会が減っていた。

金が欲しいということは、将来を視野に入れた相手が

出来たのかもしれない。

コイツは仕事の前にはビルの図面や配線を事前に覚え、ここの配線はこうなっていて多分アレコレが必要になる

と予測して準備をする。

そしてそれが外れたことがない。

それを驕ったこともなく、

直るとよしよしお前はまだやれるとポツリと呟いて

背中を見せる。

多くを喋らないがいい奴だ。



今日は久々に同じシフトになった。



仕事の合間の雑談としてそれとなく、それとなく聞いてみたい。

この間風邪引いてたけど治ったか?とか、

帰りに履いてる靴かっけえな、どこでかってんだ?とか

オレも洒落た服着てみてえけどトシだしよォ、

何着て良いのかわかんねえし見立ててくんねえか?とか

いきなり私生活のこと聞くのもアレだし、なんとか距離を縮めて色々聞きたい。


要するにこの無口なヤツが気に入ってるのだ。



今もスタスタと小走りに現場に向かい、

古い火災報知器を調べている。

けたたましい音を立てていたベルのスイッチを切り、

中の様子を調べている。

周りに火の気はない。煙もない。

古いビルでは時々こういうことが起こる。

センサーが原因っぽいすね、どうします?


火災報知器の中を開け、指示を聞いてくる。


中を見ると錆びついた部品が見えた。

このビルも設備も耐用年数を超えている。

そろそろ建て直す話がチラホラしているが、

資材の値上がりも激しく、人手も少ない。

騙し騙し使うしかない。

部品を頼んどくわ、と答えて、

普段の点検作業のため移動を始める。


ベルの音で思いついた。

そういえばそろそろクリスマスだよなあ〜。


よし、自然だ。


お前どうすんだー?オレは孫のサンタさんやるんだぜ。

トラクターとかデカい車が好きでさァ、

今年はショベルカーが欲しいって言ってたよ。

稼働部が多くて無茶な動かし方しても壊れにくい

頑丈なの用意してるんだよ。

身振り手振りで説明してるのを、ふんふんと聞いて、


金と時間かかるけど、産業機械作ってる会社が

くれる優待品が凝ってて凄えっすよ、

株買うのめんどくさくて変な拘りなければ

ネトオクでも売ってますよ、と教えてくれた。



ほう、それは良いこと聞いた。

休憩時間に調べてみるよ、と答えて我に帰った。



違う、そうじゃねえ。



あー、お前はクリスマスどうすんの?と聞いたら

遅番シフトっす、と返事が返る。

クリスマスに予定空けたいやつの代わりに入ったらしい。


色気がねえ。


お前は良いのか?

プレゼントは娘に渡しておけば良いし、

なんなら変わってやるよと言ってみたが、

予定もないし、あんま興味ないんで、と答えてくる。

どうも本当に彼女らしき影がないようだ。

なんだつまんねえ、少しがっかりしていたら、

ヤツがポツリと呟いた。



そうだ、ちゅーるくらいかってやろうかな。


ちゅーる、自分でも知ってる。

猫が喜ぶおやつだ。




はあ?お前猫のためにめかし込んでんのか??




思わず叫んでしまい、変なセリフが古いビルに響いた。

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