テーマ: 心と心
ゲホゲホゲホ
咳が止まらない。
ヒュウヒュウと息をするたびに喉が鳴る。
困ったな。
古いアパートで天井を眺めながら
途方に暮れる。
はとこは昨日来たばかりだから、
あと2、3日は来ないだろう。
自分がこんな状態になってからどれくらい経つだろうか。
それって熱のこと?別のこと?
重い頭では浮かんだ疑問に答えることもできない。
代わりに昔の辛い記憶が蘇る。
この程度できる奴はどこにでもいる。
お前なんてここを辞めたらどこも雇わない。
お前、飯食う権利があると思ってんのか。
体調不良?その程度で休む気か!
お前が仕事しない損失を補填しろ。
あー、使えねえ。
給料泥棒。
どんどんどんどん蘇る。
咳き込むと頭に響く。
違う声が痛みに響くように湧いてくる。
あなたが生きてて喜ぶ人はいない。
みんなあなたを疎ましく思ってる。
周りから何言われてるのか知ってる?
ご両親も恥ずかしい思いしてるよ?
女が勉強なんてするからこうなるのよ。
いい気味、スカッとする〜。
これはどこまで実際に言われたことで、
どこまでがSNSでランダムに流れてきた言葉だろうか。
わからない、わからないまま時間が過ぎる。
ただの偶然だとわかっていても、ネットの罵倒が
自分に向けられた言葉のように感じてしまい、
でも目を離せなくてどんどん消耗してしまう。
体が動かない、頭も動かない、ただ寝てるだけの生活が
どのくらい過ぎたろう。
わからないしみっともない。
動けないのならそのまま何も口にしなければ
死んでいけるのに、水を飲んでる。
すぐに食べられる栄養補助食品を通販で頼んでいる。
生きる価値がないのに生きようとするなんて
浅ましいという自己嫌悪が後から後から湧いてくる。
涙を拭おうとして爪の先がピンク色になっている事に
気がついた。
天井ばっか見てるとしんどいよー。
少しでもかわいいもの見てよ。
はとこが昨日塗ってくれた。
塗った上にキラキラするラメやパールを付けてくれた。
ああ、そうだ。
親ですらここに置き去りにしたのに、
あの子は来てくれた。今も来てくれる。
まだ高校生なのに。
遊びも勉強もやりたい事沢山あって、
自分のことだけ考えていれば良い年頃なのに。
あの子が来るのは現実。自分で塗ったわけじゃない。
だって自分は不器用だ。
こんなに綺麗に爪を塗る事は出来ない。
塗った後にさらにラメやパールつけるなんて思いつかない。
私を思ってくれる人がいる。
心と心を通わそうとする人がいる。
忘れちゃ駄目だ。
布団の中で四つん這いになる。
周りを見る。
昨日はとこがゴミを捨ててくれたから
部屋の中は綺麗なものだ。
ガンガンする頭のまま部屋を這いずり
台所まで行き水を飲む。
風邪薬はない。
お腹に優しい食料もない。
まず、できることをしよう。
回らない頭で考える。
冷蔵庫には野菜ジュースが、入ってる。
それを持っていき布団に戻ろう。
冷蔵庫に目を向けた時、コンコン、とドアをノックする音がした。
続いてガサガサと何かをドアノブに引っ掛ける音と、
遠ざかり階段を降りる音。
なんだろう、とドアを開く。
掛けてあったビニル袋の中には
風邪薬とのど飴、それに数個のゼリー飲料とポカリ、
数個のみかん。そしてメモ帳の切れ端が入っていた。
隣の部屋の人間です。
仕事に行かなきゃ行けないので、
走り書きですみません、お大事に。
隣?隣って誰が住んでいたかしら?
全く知らない。
時計を見ると夕方だ。
この時間から仕事で出かけるということは
夜勤なのだろうか。
何かを考えると頭が痛い。
小さくビニール袋に頭を下げ、布団に戻る。
なんとなく、みかんを手に取った。
みかん。ずいぶん久しぶりに見た。
表面はひんやりしていて、少しざらざらしている。
お前に贅沢品を食べる資格なんてないよなあ?
誰かが頭の奥で怒鳴る。怖い。
みかんを畳の上に置き、風邪薬をポカリで流し込む。
本当は水の方が良いと思うが、
もう一度台所に行く気力がない。
飲んだところで気力が尽きた。
仰向けに布団に転がる。
チラリと爪が目に入る。
はとこの顔とメモ帳の切れ端が頭に浮かぶ。
ありがとう。
小さく呟き目を閉じた。
罵倒の声もない、何かから逃げることもない
深い眠りについたのは久しぶりのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます