第4話小さな設計事務所と大きな会社
お台場近く真っ白なビルが立ち並ぶ。見渡す限り地元の駅前ビルみたいな建物で埋め尽くされた小綺麗でピカピカした綺麗な街並みが続く街道を通り抜ける潮風が妙にミスマッチだなと思う。
マップを頼りにたどり着いたビルのポーチには変な形のオブジェや高そうなベンチが設置されている。朝からキッチンカーで購入したコーヒーやベーグルをほおばる会社員がノートパソコンを広げ潮風を受けている。俺の知っている海辺の光景とはかけ離れていて眩暈がする。
「おおーい!サンスケ!!」
ちょっと浮かれているのか心なしか楽しそうにサングラスを掛けた 野杉さんが車から声を上げる。普段は事務所で資料に埋もれ万年疲れた様子のオッサンが妙に馴染んでいる。古巣って言ってたもんなぁ。
「すごいっすね。おれ場違いじゃ無いすか?」
「今日オシャレじゃん?いいよー!気合い入ってんねぇ。」
「吉川くんにコーディネートしてもらいました。へへっ。」
書類ケースは吉川くんの私物だ。普段は作業着とボロボロのリュックに100均のプラスチックケースを押し込んでいるオレを見かねた吉川くんが貸してくれたのだが、いつの間にかに駅ビルで全身コーディネートさせられていた。夏のボーナスが飛んだけど見立ててもらって助かった。今朝、値札を外したばかりのポロシャツとスラックスに成人式以来の革靴で精一杯ピシッとした格好でこそばゆい。
野杉さんは慣れた様子で受付のお姉さんに入館手続きをする 。まじで受付嬢のいる会社がこの世の中に存在するんだ。全員女子アナみたいなキラキラ綺麗で吹き抜けの開放的なビルの一部としてその場に完璧におさまっている。
IDパスを首から下げ、警備員のいる駅の改札のようなゲートに言われるがままにかざし、ウィーンと音を立てて映画の宇宙船のようなオフィスにお邪魔する。
幾何学的な飾りやモニターがあちらこちらで様々な建築を映し出している。CMで見たやつじゃん。
ゲーセンのような会議室に通されるが飄々とした 野杉さんは事務所と変わらない様子でゆったり腰をかけ遠目に窓の風景を楽しんでいるが、俺は場違いな気がして気が気じゃない。
「いやいや。今日はお忙しいところありがとうございます!」
「やっと、スケジュールが決まったので今日がキックオフミーティングの事前顔合わせですね。」
紺部さんと椋さんがノートPCや資料を抱えて登場した。椋さんは他のOLさんに混じってニコニコと資料を配布する横でおじさん達の名刺交換会が開催される。
[株式会社××都市開発 △駅前開発内装管理室 協力会社トライアル・アーキテクト野杉]新たに用意された名刺には古巣の名前がならんでいた。
野杉さんは見たこともない様な慇懃無礼なサラリーマン然とした様子で黙々と名刺を交換する姿を見ると長年染みついた企業戦士の姿を垣間見る。
駅の蕎麦屋に並び背中を丸めるように麺を啜るサラリーマンの塊の後ろ姿を思い返しながら、名刺交換も一巡し凡庸なワイシャツ姿の男性の前でピタリと止まる。
「やーお久しぶりです!時藤さん!!」
どっ!と笑い声や陽気な空気に旧友に会った再開を喜ぶ野杉さん。その弓形の目と天井まで届きそうな口角は、笑顔というより……獲物を見つけた肉食獣のようだ。
「野杉が意匠内監だって聞いてな。営業部長にお前のブレーキ役を命じられたよ。」
やや薄くなってはいるが朗らかな笑みの似合う日焼けした肌。真っ白なシャツが眩しく精悍がいたについている時藤と名乗る男の名刺には[施工監理室]と明記されていた。
「野杉さんと仲馬さんお知り合いでしたか!心強いメンバーで僕たちも安心です。」
「紺部くん〜いつまでもおじさん達に頼るなよぉ。」
闊達な笑いまじりにまんざらでもなさそうな様子に時藤さんは声を張り上げ会議室中に声が響く。
「こいつはデザインになると大変だからなぁ、俺に任せておきなさい。こいつのハード(施工)監理はハードなんだよねぇ。」
カラカラと大口を開けて賑やかな調子とは裏腹に額の皺が深まる。
「いやいや手厳しいなぁ時藤くんは。僕はあくまでソフト(内装)監理なんで大したことないですよ。ソフトソフト!」
明らかにソフトとは縁遠いおっさん達の朗らかなやり取りが妙に怖い。
モニターに次々と映されるスケジュール表とプランのイメージが映し出され概略をニュースキャスターのように滑らかな口調で進行するふたりに野杉さんと時藤さんの静かな質疑合戦に途中から紺部さんと椋さんのしどろもどろになり見ている方が胃がいたい。
「工期余裕もっと取れないの?どうせ進行遅れるからギリだと困るんだよね。」
カタカタカタ……
「予備は十分あるでしょ?まぁ設計終わってからまた組み直せばいいじゃん。」
カタカタカタ……
「いやー営業側もテナントとのオープンの算段がありまして。」
「人件費で予算オーバーフローしないようにミニマムで今回は……」
「予算は切り詰めりゃいいってもんじゃないでしょ……」
カタカタカタ……
各者アシスタントのノートパソコンの議事録のタイピングが響く。
とても俺の入れる空気じゃない。途中から何を言ってるかもよく分からない。
「こちらのイメージ・ウォークスルーは別案件のサンプルですが、プレスリリース時には同様のムービーを作成しSNS含めた各PR媒体にリリース予定です。今回Revitで3D作成に併せて積算も行うので各業者との入札時やミーティングの際も…」
ピシっとした大勢の人が綺麗な空間で呪文のような会話を繰り広げている。同じ日本語なのに外国にいるみたいで余所者になった気分だ。こんな時は、後藤監督直伝の「わかんねーことをメモっとけ」作戦。情けないけどあとで野杉さんに聞こう。現場時代に散々怒鳴られたけどこんな時に教わっておいて良かったとしみじみ思う。
「緑化エリアは既存の公園としての市民の憩いの場を残し、アクティビティやイベント・スペースとしてオープンなコンソーシアムを視野に入れたパブリック・エリアとしてます。」
急に自分の動画が写しだされる。
「こちらはトライアル・アーキテクトの三角さんに撮影協力を得てイメージとしています。」
椋さんが含み笑いでにこにこしながら話しているけど、隣で野杉のオッさんが見たことねーくらいの満面のニヤニヤ顔で口角が天井まで届きそうな顔でみてくる。恥ずかしさのあまり飛び上がりそうになる。顔を真っ赤にして口をアホみたいにパクパクしてる俺を見て紺部さんは穏やかに落ち着いた様子で咳払いをする。
「んん。まだ企画段階ですが、若者が気軽に立ち寄ってみたくなるようなリラックスできる場が目的ですね。」
ほーぅ。とおじさん達が興味津々で「すごいねぇ飛んだりできるの?」「部長!今の子みんなこーなんですよ!ウチの子も公園でダンス動画撮ってるらしくてアイドル目指してるらしいけど親としてはさぁ」「その話100回目ですよー。」「俺の若い頃はスケボーなんて不良の遊びが今やオリンピック競技なんて……」なんだかオッさん達が妙な食い付き方をしている。紺部さんと椋さんが目配せをするがドギマギして居心地が悪い。
なんだかよく分からない内に和気藹々としたまま会議が進み、次は入札後のキックオフまで準備待機らしい。
「入札額と社内外の予算取りがフィックスしましたら、改めてローンチまでのスケジュールに各所アサインした資料を配信します。」
「用地は大丈夫?」
「デザインとしては市と電鉄の事業なので…営業と不動産部門を信用してます。」
「ほう?」野杉さんが片眉をグイッと上げるが難しい話が続いてなんだかピリピリした空気に胃が痛くなる。
ほどなく会議が野杉さんにわらわらと偉い人達が挨拶をしながら旧交を温めている。
「今度、飲みに行きましょう!スケボーくん君も来なさいよ。」
「僕も久しぶりにスケボーやってみようかな。」
時藤さんが白い歯を覗かせながら闊達に茶々を入れる。
「やめときなさいって。ジジイが無理したら怪我して骨折るぞぉ。」
優しい口調でゲラゲラ茶化す所は、みんな野杉さんみたいで苦笑してしまう。締まりのない顔で口をモゴモゴさせ必死に出す言葉が「へへへ、あっはい」隠キャ丸出しで我ながらダサい。
「サンスケ!海でねーちゃん見ながら飯食うか!」
「サンスケ?へぇなるほど。サンスケかぁ。こりゃー分かりやすくてイイな!」
野杉さんと一際、仲の良い様子の眼鏡のおじさんが俺の名刺を覗き込みながら満面の笑みで「よろしくな。サンスケくん!」と背中をバンっと叩く。手のひらが思いのほか大きくて温かいのが妙に嬉しいな。
「おねぇさん!ランチにオススメの店教えて!」
椋さんはにっこり笑って「せっかくだからご一緒していいですか?わたしもお腹ぺこぺこなんです!」
⭐︎
「わたしも途中かチンプンカンでしたよ。」
ランチプレートの惣菜を頬張りながら、事前にプレゼンの練習したり、カンペを用意をしていたことを一生懸命説明するが、大企業独特の根回しやら偉い人の考えがよく分からなくて大変らしい。
「ときどきウンザリします。」
「まぁ、おっきい企業ほど"そーゆー"煩わしさは仕方ないな。人が多すぎる。」
なにがそーゆーもんなのか、ちっともピンとこない。カフェテラスから見上げるピカピカのビル群すべてに人が納まってるかと思うと気が遠くなる。
「まだ就職して2〜3年目?なら仕方ねー。よく頑張ってるよ。」
「いつまでも慣れるきがしないですぅ。」
「いつも色々考えて偉いっすね。おれだったら秒で考えんのやめて言われたことこなすのでせーいっぱい!」
オーガニックバーガーセットを口いっぱいに頬張り、我ながら情けない諦めを嘆いてしまう。
「サンスケの偉いとこはそこだな。無理してカッコつけて背伸びせず毎日ちゃんとやるべきことをやってる。今はそれでじゅーぶんよぉ。」
「そーゆーもんすかねぇ。」
「今は二級建築士のお勉強頑張りなさい。」
食後のアイスコーヒーをカラカラ鳴らしながら静かに見つめる野杉さんは上の空な様子で励ましてくれる。
「うわぁ、建築士受けるんですか!」
「二級ね。まだ学科だけで製図試験がまだこれからだから……。」
「でも学科受かったんでしょ?仕事しながら偉いですよ。」
微笑みながら応援してくれているのは、きっとデザートのせい。
ついつい勘違いしそうになってしまう。もごもごと「頑張る」とか「ハイ」と答えるがなんと答えたものかうまく喋れない。
会計を終えて職場に戻る椋さんを見送り、野杉さんの車に乗り込む。サングラスを掛けた黒ずくめのおっさんはまるで暗殺者みたいな出立ちだ。
「あれ?事務所と反対じゃないっすか?」
「だーかーらー!海見ようって言ったじゃん!」
おっさん好みの渋い洋楽が風の音と一緒に車道に鳴り響く。
「あーーー!!遊びてぇーーーーーー!!!」
海!白い砂!夏の日差し!!俺の求めてた海はこれ!蒸れる硬っ苦しい革靴を放り投げスラックスをたくし上げて波打ち際まで走る。試験なんて忘れて遊びてぇ。
「来年も試験で遊べない可哀想な夏と、試験に受かって女の子とイチャつく夏どっちがいーよ。」
ニヤニヤするおっさんの表情がクッソムカつく!けど、マジでそれ!!
「あーーー!!クッソ!ぜってー1発合格してやる!!」
海に向かって腹の底から叫ぶとかクソダセェ。
気合いを入れ直して身体中に日差しと潮風を浴びると皮膚にジワリと汗が滲み伝う。波打ち際に浸かる足元は海の一部になるような気がした。
ーーー
「紺部さーんのおせっかーい!」
ランチを終えてエアコンの効いたオフィスに戻ると、コンビニのおにぎり片手にノートPCのキーボードを忙しなくタイピングする紺部さんを発見します。
「はぁなんのこと?」
「会議でお地蔵さんになってる三角くんに花持たせたでしょ?」
スケボーくんこと、サンスケくんは“伝説の野杉さんのところのスケボー小僧"として、ちょっとだけ社内で評判になりました。とぼけた表情で、しらばっくれている紺部さんはこーゆー時にかぎって目をわせないの。
「うーん女性に問い詰められるの苦手なんだよなぁ。」
頭を掻き照れ臭そうに微笑み、そそくさと別の会議室に移動してしまいました。ぶっきらぼうだけど、なんやかんや下の子を見捨てないのが紺部さんらしいです。
おかげで「スケボーくんイケメンらしいから動画見せてよ。」と、ニヤニヤしたお姉様方の給湯室トークがちょっと鬱陶しいのは秘密です。
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