第3話

「花澄、お前に縁談がきている」


お父様の言葉に、私は心が凍りついた。


まさかこんな形で運命が決まるとは思っていなかった。


いや、いつかはこんな日が来ることを分かっていたのかもしれない。


私はお姉様とは違うんだもの。


「あら、良かったじゃない」


お姉様の冷たい笑みが、私の心にさらに重くのしかかる。


「そうですか」


私は感情を押し殺して答えた。


嫌だと言ったところで、どうにもならないことは分かっている。


「嫁ぎ先は東条家の所だ」

お父様の言葉に、私は驚きを隠せなかった。


「東条家ってあの謎が多くて有名な?」

お姉様が興味深そうに尋ねる。


「ああ」

お父様は短く答えた。


「可哀想に…ふふっ…気持ち悪いおじさんじゃなかったらいいわね」


お姉様の言葉に、私は心の中でため息をついた。


それに、樹様と結婚できないんだから、もうどうでもいい。


「相手がどんな人かも分からないのに、花澄を譲るのですか」


樹様の声が響いた。


「お前は黙っていろ」

「ですが、」


もういいのに。

この人に何を言っても変わらないのに。


「もう決まったことだ。それに、相手が誰か分からないとしても花澄を貰ってくれるなら有難く譲るべきだろう」


お父様の言葉に、私は心が沈んだ。


「樹様、私は大丈夫ですから」

私は樹様を安心させるために微笑んだ。


だけど、心の中では涙がこぼれそうだった。


「話は以上だ」

お父様は冷たく言い放った。


「はい。失礼します」


私はただのあやつり人形にすぎないのだから。

むしろ、この家から出られるだけ幸せだと思った方がいいのかもしれない。


「花澄!」


廊下を歩いていると、後ろから樹様の声が聞こえ

た。


「樹様…」

私は振り返り、彼の真剣な表情に心が揺れた。


「花澄の力になれなくてごめん」

樹様の言葉に、私は胸が痛んだ。


「そんな事ありません」

私は彼を安心させるために微笑んだ。


「俺からもう一度頼んで」


この人だけは、最後の最後まで私の味方でいてくれた。


できることならどんな形でさえ、ずっとあなたと一緒にいたかった。


だけど、それももうおしまいみたい。


「それはいけません」

私は彼の言葉を遮った。


「どうして…」

彼の声が悲しげに響いた。


「頼んでみたところで何も変わりません。それどころかこれ以上父を刺激すると、樹様がここにはいられなくなってしまいます」


これ以上迷惑をかけたくない。


「俺はそんなのどうでもいい」


あなたなら、きっとそう言うと思ってた。


「私が嫌なんです。私のせいで樹様にまで迷惑をかけたくありませんから」


私は樹様の目を見つめ、心からの思いを伝えた。


「今までありがとうございました。樹様がいてくれたおかげで、私は私のままでいられました。これからもずっと、…幸せでいてください」


きっと樹様と話せるのも、これで最後になるはず。最後に自分の気持ちを伝えたかった。


これからもずっと


"愛しています"


最後の最後まで伝えられなかった。


「…花澄」

彼の声が震えているのを感じた。


「さようなら」

私は微笑みながら言った。


貴方が幸せでいてくれることが、私の幸せです。


未練も何もない訳では無い。


だけど、こうなった以上仕方ない。


私は私だけど、お父様にとって私はただの駒にしか過ぎないのだから。

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その魔法が解ける前に @hayama_25

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