第1話

「こんな不味いご飯は食べられないわ!」


お姉様は怒りに満ちた声で叫び、配膳をひっくり返した。


皿や食べ物が床に散らばり、私はすぐに膝をついてそれを集め始めた。


心の中では涙がこぼれそうだったが、顔には出さないように必死だった。


手が震え、心臓が早鐘のように打ち始める。


そして、いつも通りの反応をした。


「申し訳ございません…」


小さな声で謝りながら、床に散らばったご飯を一粒一粒集めた。


「味が濃いと前にも言ったでしょ!?この約立たず!」


前は味が薄いと言って配膳をひっくり返した。

だからこの前よりも濃く味付けしただけなのに。


「はい。すみません」


何も言い返せない。

そんな自分が情けなくて、やるせない。


「分かったならさっさと作り直してきなさい」

お姉様は私の顔を見ることなく、冷たく言い放った。


「はい」


この家には、私に人権なんてものはない。

この家はお姉様が全て。


父も母もお姉様を可愛がって、私はただの邪魔者扱い。


なんでも出来るお姉様と料理すらまともに作れない私。


どれだけ虐められようが、両親は見て見ぬふりをするだけなのだ。


廊下に出ると、後ろから声をかけられた。


「花澄」


その声に振り返ると、そこには樹様が立っていた。


「樹様…」


樹様はゆっくりと近づいてきて、私が手にしている配膳に目をやった。


「また美咲に嫌がらせを?」

呆れたように私に問いかける。


「私の出来が悪くて…」

私は苦笑いした。


樹様は眉をひそめ、


「ちょっと待ってて、俺が一言言ってくるから」

そう言った。


「私なら大丈夫です」

私は急いで引き止めた。


すると樹様は、ぐちゃぐちゃになった料理を手でつまんで食べた。


「俺は美味しいと思うけど…」


その行動に、私は驚きと感謝の気持ちでいっぱいになった。


「汚いですから、食べないでください。」


この家で唯一私に優しくしてくださる方。


私の幼なじみ、そして私の好きな人でもあり…



お姉様の婚約者でもある。


「汚くなんてないよ。それ貸して」


そう言うと、樹様は私が持っていた配膳に手を伸ばし、そっと受け取った。


彼の手が私の手に触れると、温かさが伝わってきた。


「樹様、私が…」

私は慌てて言った。


樹様は優しく微笑んで首を振った。


「いいから」

樹様は静かに言いながら、配膳をしっかりと持ち直した。


「いえ、私が怒られてしまいますので」


私は彼を見上げたが、彼の表情は変わらなかった。


「いいよ。俺が持ちたくて持ってるだけだから、誰も怒らないよ」


持ちたくて持ってくださってるからこそ、お姉様に見つかってしまったら、、


「樹様…そんなに優しくしないでください、」


優しくされる度に、胸が締め付けられるような気持ちになる。


「そうやって呼ばないでよ。距離を置かれてるみたいで嫌なんだ」


真剣な眼差しに、目を逸らすことができない。


「距離を置くもなにも…そもそも私たちは離れすぎています。樹様は、もう手に届く距離にいらっしゃいませんから」


「昔は手の届く距離にいたのに。」

過去の幸せな日々を思い出す。


「今は違います」


忘れないといけないのに。

忘れようとしたけど、忘れられなかった。


樹様といる時だけはお姉様のことなんて忘れられた。


あの時は、ほんとに幸せだった。

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