第6話 一緒に勉強会

「……駄目、だった、ね」

 退室して、女子生徒がぽつりと漏らした。確かに、今回は調査官の温情で見逃されただけで、全然誤魔化せていなかった。下手をすれば処分されていただろう。

「まあ、分かってはいたことだろう」

 とはいえ、それ自体は最初から分かっていたことだ。だからこそ、俺はこいつとの偽装恋愛に消極的だったんだ。今からでも、カップルを解消したほうがいいかもしれない。

「……もう少し、恋人の振り。……ちゃんと、したほうが、いいのかも」

 だが、この女子生徒は諦めるつもりがないらしい。何がこいつをそこまで駆り立てるのか……。

「……まず、連絡先、交換、しよ?」

 女子生徒はスマホを取り出して、そう言ってきた。画面に映っているのは、メッセージアプリのロード画面だった。このアプリで連絡先を登録しようということだろう。

「そこまでするか……?」

「……でも、連絡、取ってないの。……不審に、思われた、し?」

 ロードが終わり、アプリの連絡先登録画面を開く女子生徒。……こいつ、妙なところで押しが強いな。付き合おうと言ってきたときもそうだった。

「……ほら、早く」

 登録用のQRコードを表示しながら、女子生徒が促してくる。この調子だと、登録するまで折れないんだろうな……。

「分かったよ……」

 仕方なく、俺もスマホを取り出してアプリを立ち上げる。幸い、親との連絡用に同じアプリが入っていたので、そのまま登録画面を開いた。まともに使ったことがないので多少手間取ったものの、無事に登録が完了した。

「……じゃあ。……これからも、よろしく、ね?」

 親以外連絡先がなかったメッセージアプリに、「城井花子」の文字が追加された。これからも、こうやって面倒ごとが増えていくのだろうか……? 未来のことを思うと、あまりにも憂鬱だった。



  ◇



「……じゃあ、始めよっか」

 翌日の放課後。俺は女子生徒と一緒に、学校の図書室にいた。昨日の夜、連絡先を交換したメッセージアプリで、放課後にテスト勉強をしようと誘われたのだ。勿論断ったが、カップルの振りをするためだと言って食い下がってきたので、やむなく折れた。このままでは、このパターンが常態化してしまいそうで怖いな……。

「テスト勉強なんて……」

 正直、テスト勉強には乗り気じゃない。別に留年の危機になるほど成績が悪いわけでもない。進学するつもりもないし、就職するにしたって別に成績優秀でなくてもいいだろう。親は多少うるさいが、聞き流せばいいだけの話だ。そもそも、中間試験まではまだ日にちがあるし、今から必死こいて勉強する必要もない。

「……でも、成績が良いに、越したこと、ないよ?」

「それはそうだが……別に進学するわけじゃないからな」

「……でも、就職するのも。……成績、良いほうが、有利」

「就職先なんてどこでもいいからな……」

 対面に座った女子生徒は、勉強道具を取り出しながら窘めてくる。だが、俺は別に就職出来ればどこでもいい。最低限卒業できるだけの成績があれば、どこかしらには就職できるだろう。

「……でも、簡単に就職、出来たほうが、良くない?」

「それはそうだが……」

「……成績、良いと、楽な仕事に、就きやすい、よ?」

 女子生徒はやたらと俺に勉強させようとしてくる。俺の就職先なんてどうでもいいだろうに……カップルの振りのためとはいえ、どうしてここまで干渉しようとしてくるのか。

「……高志君、勉強、苦手、なの?」

「苦手ではないが……まあ、得意でもないな」

 入学直後の実力テストは、平均点より少し下くらいだった。入試のときはさすがに真面目に勉強したが、それでも余裕があったとは言い難い。

「……だったら、私、教える、よ?」

「お前が?」

「……私、一応、特待生、だし」

 女子生徒は、自分が特待生だと言い出した。……高校の授業料は無償化されたが、教材などの費用は自己負担だ。そのため、成績優秀者の教材費を補助する制度がある。それがいわゆる特待生だ。ただし、成績が学年で上位一割以内で、それを維持するというかなり厳しい条件があったはずだ。今はまだ入学直後だが、少なくとも入試では条件を満たしているのだろう。

「お前、そんなに成績いいのか……」

「……勉強、得意、だから」

「そうか……」

 確かに、成績上位者の教えを受けられるのは、メリットが大きいだろう。だが結局のところ、俺は成績に興味がないという点は変わらない。正直他人と会話するのもいい加減苦痛になって来たし、話を打ち切って自分の勉強に取り掛かることにした。



「……」

「……」

 図書室に、ペンを走らせる音だけが響く。俺は数学の問題集を解いていた。幸い、まだ進学直後なだけあって、テスト範囲は中学の延長程度の内容だった。俺でも問題なく解ける。

「……高志君、そこ、間違えてる」

 と思っていたら、女子生徒がこちらの問題集を見てそう指摘してくる。言われた問題を検算し直してみたら、確かに答えが間違っていた。

「……ケアレスミス、だと、思う、けど。……でも、指数法則、足し算と掛け算で、間違えやすい、から。……気を付けて、ね?」

 確かに、間違えた問題は指数法則を使って解くものだった。aのm乗とaのn乗をかけるとaの(m+n)乗となるところを、間違えてaのmn乗にしてしまっていた。掛け算なのに指数を足し算するせいなのか、この手のミスはよくやっていた。

「特待生というだけはあるな……」

 単純にミスを指摘するだけでなく、ミスをした理由まで即座に見抜いている。それも、チラッと見ただけで、だ。

「……勉強、好きだから」

 女子生徒はそう言うと、自分の勉強に戻った。勉強が好き、か……そんな人間がこの世にいるんだな。勉強なんて、必要だから仕方なくやるものだろうに。

「……」

 まあ、他人の事なんてどうでもいいか。そう思い直して、俺は自分の勉強に戻った。

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