第5話 聞き取り調査


  ◇



「聞き取り調査を担当する、調査官の国岡です。今日はよろしくお願いしますね」

 翌週の月曜日。俺はあの女子生徒と共に、カップル聞き取り調査というものを受けていた。カップル申請をしたカップルは、定期的にこの調査を受けることになっている。これは偽装恋愛の防止の他、カップルがうまくいくためのサポートも兼ねているらしい。……ちなみに、今は3時限目の授業時間である。この聞き取り調査は通常、授業を抜け出して行われる。カップル数が多いせいで、授業時間を使わないと調査が終わらないのだとか。また、調査官は複数の学校を担当しているらしいので、スケジュールに余裕を持たせる意味もあるらしい。

「黒岩さんと城井さんは、カップル申請を出したのは先週です。つまり、付き合い始めてまだ1週間足らずですね。今日は、付き合い始めてからの経過についてお聞きします」

 俺と女子生徒は、専用の教室で、調査官の前に並んで座っていた。……カップル申請をしてから今日まで、こいつとの会話は一切なかった。つまり、口裏を合わせることも出来ていなかった。この状態でいきなり突っ込んだ話をされると、ボロが出る可能性が高い。今更ながら、少し不安になってきたな……。

「この調査は、お二人のプライベートな情報を尋ねるものです。どうしても話したくないという場合には答えなくて結構です。それで調査内容がお二人の不利になるということもありません」

 そんな懸念もあったが、どうやら「それはプライベートなことなのでノーコメント」という言い訳が成立するらしい。これなら最悪、ノーコメントで押し切るという手もあるな。

「それでは、調査を始めます。申請から今日までの、お二人の経過を教えてください。例えば、二人でいるときに何をしているとか、二人でどこに出掛けたとか、どの程度親密になれたかを教えてくだされば結構です」

 調査官にそう言われるも、そもそも偽装カップルなので、経過も何もないので、話せることがない。何をするも出掛けるもなく、それ以前に会話すらしていないのだ。当然、俺も女子生徒も、無言のままだった。

「えっと、放課後にどこかに出掛けたりしていませんか? 行き先を言いたくなければ、頻度だけでも構いませんので……」

「……出掛けたこと、ないです」

 回答がないことに困ったのか、調査官が助け舟を出した。それに、女子生徒がぼそりと答える。

「では、学校にいる間に何かお喋りをしたりとか、一緒に昼食を取ったりなどは……」

「……ないです」

「で、では、スマホで会話とか、メッセージアプリでチャットをしたりとかは……」

「……それも」

 調査官が次々質問するも、女子生徒は首を横に振るだけだった。まあ、事実何もしていないからな。

「で、では、カップルらしいことは何もしていないと……?」

「……」

 調査官は呻くように問い掛けるが、さすがにそれを認めては偽装恋愛だと自白するようなものなので、女子生徒も黙った。

「えっと、それではどうして付き合ったんですか……? 相手のどこに惹かれたのか、教えてください」

 質問の方向性を変えようと思ったのか、調査官はそう問うてきた。……確か、この女子生徒は、俺が他人の見た目を気にしていないから付き合うように言ってきたんだったか。それなら正直に話せるか。

「……黒岩君と、一緒にいると、安心する」

 辛うじて覚えていた理由を思い出して、当然そう答えるものとばかり思っていたが、女子生徒が口にしたのは違う内容だった。……俺と一緒だと安心する? というのは意味が分からないが、まあそのまま正直に言うよりは心証が良いと思って適当に言ったんだろう。

「な、なるほど、一緒にいると安心できるんですね。パートナーに安心感を覚えるのはいい傾向ですね」

 ようやくそれっぽい話が出たからなのか、調査官のテンションが上がった気がする。そして、今度は俺のほうを向いてこう言ってきた。

「黒岩さんのほうは何かないですか? 彼女のここが好きとか」

「別に……」

 女子生徒の好きなところを聞かれたが、俺はそもそもこいつのことが好きでもなんでもない。だが、馬鹿正直にそう答えたらまずいことくらいはさすがに分かるので、適当に誤魔化すしかない。

「ですが、付き合うことにしたのですから、何かしらの理由はあるんですよね……?」

「こいつから付き合おうって言われたから」

「そ、そうですか……城井さんのほうから告白したんですね」

 なおも食い下がってくる調査官だったが、俺の答えに満足したのか、ようやく引き下がった。

「とりあえず、現状は把握しました。お二人はまだ距離があるようなので、距離を縮められるように意識してみましょう。もっと二人でコミュニケーションを取るようにしてください。単純に会話を増やすだけでなく、下の名前や愛称で呼び合うというのも、定番ですが効果的ですね」

 どうやら質問は終わったらしく、今度は指導が始まった。まあ、この辺は適当に聞き流せばいいだろう。

「試しに、今から名前で呼び合ってみましょうか」

 と思っていたら、急に雲行きが怪しくなってきた。名前で呼び合うとか、なんて面倒な……。

「……高志、君?」

 調査官に言われて、女子生徒がこちらを見ながら名前を呼んでくる。……名前を呼ばれるなんて経験自体、あまりないから、ある意味新鮮かもしれない。呼んでくるとしたら親くらいだが、親との会話も必要最小限にしかしないので、必然的に呼ばれることは少なくなる。たまに自分の名前も忘れそうになるくらいだ。

「いいですね。それでは、黒岩さんも呼んでみましょう」

「……」

 調査官は俺にもそう促してくるが、ここで一つ問題が発生した。

「どうしました? あ、もしかして、人前だから恥ずかしいんですか? でも、彼女さんは呼んでくれたんですし、ここは練習だと思って―――」

「名前、なんだっけ……?」

「……はい?」

 そもそもの話、俺はこの女子生徒の名前を覚えていない。苗字のほうは確か……いや、それも覚えてないな。俺は今まで他人との関わりが極端に少なかったせいか、人の顔と名前を覚えるのが苦手らしい。この女子生徒に限っては特徴的な外見をしているから、顔を覚えていなくても困ることはないが、名前に関しては完全に忘却していた。

「……城井、花子、だよ。……前に、ちゃんと、名乗った、よね?」

「そうだったかもしれんが……一度で覚えられるわけないだろ」

 日本史で出てくる偉人の名前だって、一度で覚えられるものではない。少なくとも俺からすれば、他人の名前なんて偉人だろうと目の前にいる人間だろうとあんまり変わらない。いや、偉人と違ってテストに出ない分、覚えるモチベがないに等しいせいで余計に覚えにくいかもしれない。

「……二人とも、いい加減にしてくれませんか」

 すると、調査官が呟くようにそう漏らした。何か問題でもあったのだろうか?

「お二人が実は付き合っていないことはよく分かりました。ええ、分かりましたとも! で、す、が! さすがにもうちょっと取り繕ってください! ここまであからさまな態度を取られたら、こっちだって見て見ぬ振りも出来ないじゃないですか!」

 どうやら、俺と女子生徒が偽装恋愛だと見抜かれてしまったらしい。叫ぶようにそう言うと、脱力したように椅子にもたれかかった。

「はぁ……いや、分かりますよ? この恋愛学習って制度自体、確かに問題点が多いです。偽装恋愛を企む生徒も少なからずいます。そうせざるを得ない事情もあるでしょう。私個人としても、今の制度には疑問がありますから、そういう偽装恋愛も見て見ぬ振りをしてあげたいのは山々なんですよ。でも、そんな隠す気皆無な態度じゃあ、そういうわけにもいかないじゃないですか!」

 かと思えば、ぐちぐちと不満を口にしてくる。確かに、付き合っているのに名前も知らないというのはさすがにまずかったかもしれない。それくらいは覚えてくるべきだったか……。

「言っておきますけど、私は特別甘いだけで、他の調査官だったら即座に学校に報告するような事態ですからね、これ。何ならもっと早くに偽装恋愛を疑われてたんですから。今日はたまたま私の担当だっただけで、他の調査官が来る可能性だってあったんですから。猛省してください」

 そしてそのまま、説教が始まった。どうやら調査官によって、偽装恋愛に対するスタンスも違うらしい。今日はたまたま緩い調査官だったらしいが……にも関わらず露呈してしまったのだから、そもそも偽装恋愛なんてしようというのが無謀だったのかもしれない。いや、それは最初から分かっていたことか。

「全く……とにかく、今日はもうこれで終わりです。報告書は適当に書いて誤魔化しておくので、次回までにもう少しちゃんとカップルの振りが出来るようになってください。次回は私以外の調査官が来る可能性が高いんですからね」

 説教が終わると、俺と女子生徒は退出を促された。偽装恋愛については黙っていてくれるらしいし、調査も終わりならばこれ以上ここにいる意味もない。俺は女子生徒と共に、部屋から出た。

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