第4話 カップル申請
「それで、この申請書を書いて出せばいいのか?」
「……うん」
話が纏まったので、俺たちは早速必要な書類を書いていた。提出するのは、カップル申請書。カップルが成立した場合、この書類を学校に提出することが義務付けられており、これによって恋愛学習が免除される。相手が学内の生徒か否かで書類が変わるが、俺たちは同じ学校の生徒なので学内用の書類を書く。内容は単純、お互いに相手の名前やクラスなどを書くだけ。だが、ここで内容に不備があったり、お互いの書類内容が食い違っていたりすると、不正を疑われかねない。
「というか今更なんだが、お前の名前は?」
そこで、俺はこの女子生徒の名前を知らないことに気づいた。同じクラスで隣の席だから知る機会はいくらでもあったのだろうが、1ミリも興味がなかったので覚えていなかった。
「……城井、花子」
俺の問いに、女子生徒―――城井は、自分の書類に書いた名前を見せながらそう名乗った。
「出席番号は?」
「……12番」
必要事項で分からなかったのはその二つだけだった。クラスは同じだし、お互いの情報以外は提出日くらいしか書くことがないので、書類はすぐに書き終わった。
「じゃあ出しに行くぞ」
「……待って。……食い違いが、ないか、確認、しないと」
提出のために職員室に向かおうとする俺に、女子生徒はそう言った。随分と念入りだな。ここまで簡単な内容だと、食い違うほうが難しそうだが。
「……うん、大丈夫」
俺が見せた書類を自分のものと見比べて満足したらしく、女子生徒はそう頷いて、立ち上がる。
「……面倒臭えな」
そんな彼女には聞こえない程度の声で、俺は思わず呟いていた。……他人とまともに喋ったのはいつ振りか。久々に感じた他人と話すことの煩わしさに、これ以上ないくらい辟易としていた。これが嫌だからこそ、俺は他者との関わりを限界まで減らしていた。だというのに、偽物とはいえ、クラスの女子と恋愛関係を結ぶことになるとは。人生はこうもままならないのかと、嘆かざるを得なかった。
「……失礼、します」
教室を出た俺と女子生徒は、書類を提出するため生徒指導室に来ていた。恋愛学習の担当教師はここに常駐しているのだ。
「ん? なんだお前ら、ここは職員室じゃないぞ」
中にいたのは、若い女教師だった。他人の気持ちなど一切汲み取ろうとしない俺でも分かる程度には不機嫌そうに、そんな台詞を吐いてきた。
「……えっと。……カップル申請、お願い、します」
「カップル申請だぁ~?」
女子生徒が差し出した書類を見やり、女教師は明らかに怪訝そうな声を上げた。書類を受け取り一瞥すると、無造作に机の上に放った。
「ったく、最近の学生はどいつもこいつも盛りやがって……学生の本分は勉強だろうが。勉強しろ、勉強を」
「あんたがそれを言うのか……」
恋愛学習担当という立場にも関わらず、明らかに学生が恋愛するのを良く思っていない言動に、思わず突っ込んでしまった。……普段、教師から小言を垂れ流されてもガン無視している俺が、つい口を挟んでしまった。それだけ、この女教師は癖が強すぎるのだ。
「私だって、別にやりたくてこんな仕事をやってるわけじゃないさ。単純に、若造だからって理由で無理矢理押し付けられて、渋々やってるに過ぎない。こんな馬鹿げた施策を通した政府は脳に蛆虫でも巣食ってるんじゃないか?」
俺の突っ込みに、女教師は吐き捨てるようにそう答えた。最後のほうは俺も完全に同意だが、こうも悪し様に言ってのけるのはある意味凄い。こんなことを言えば顰蹙を買うということくらい、俺でも分かるのに。
「ともかく、書類はちゃんと処理しておいてやる。役所にも話を通す必要があるから、正式に受理されるのは今週末だ。とりあえず今週分の授業はちゃんと出ておけ」
それから、女教師は必要事項を述べた後、追い払うような仕草を俺たちに向けてしてくる。今まで見た中でもダントツの不良教師だな……他の教師のことなんて全く覚えてないけども。
「……失礼、しました」
用事も済んだし、これ以上この場に留まる理由もない。俺たちは早々に生徒指導室を後にした。
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