第3話 意外にしつこい彼女
◇
「……好きです。……付き合ってください」
「……頭大丈夫か?」
翌日。今日の恋愛学習が終わり(高校の恋愛学習は毎日最後のコマで行われる)、生徒たちが教室を出ていく頃。俺もさっさと帰ろうと立ち上がったところで、昨日の女子がそんなことを言い出した。……昨日の女子だよな? 昨日の話がああいう終わり方をしたのに告白してくるだなんて、正気を疑ってしまう。それとも、俺が常識知らずなだけで、これが一般的な高校生の言動なのだろうか?
「……頭は、正常だと、思う。……多分」
「だったら他を当たれ……」
さすがに付き合ってられないので、今回も早々に話を切り上げて立ち去ろうとする。
「……無理、だよ」
だが、それを咎めるように、女子はそう漏らした。正直気に留める必要もなかったのだが、つい足を止めてしまった。
「……私が、付き合えるとしたら、黒岩君、くらい」
「……俺?」
だが、何故かそこで出てきたのは俺の名前。……昨日の口振りから、俺が別に恋愛したいと思っていないことはこいつも理解しているはずだ。だからこそ、昨日は告白せずに恋人の振りをしようと提案してきたのだろう。そんな俺としか付き合えないというのは、さすがに意味不明すぎる。
「いや、女子なら彼氏くらい簡単に作れるだろ?」
思わず零してしまったのは、恋愛学習のせいで否応なく頭に残ってしまった知識。一般的に、男子は(主に性欲の観点から)女子よりも恋人を欲している場合が多く、故に女子は(相手を選ばなければ)彼氏を作ることは難しくないと言われている。勿論、俺みたいに告白されても断ってくる場合もあるが、フリーの奴に片っ端から声を掛ければ誰かしらとは付き合えるはずだ。ほぼ初対面の俺と付き合おうとするくらいだし、相手も選ぶつもりはないはずだと思ったんだが……。
「……私、こんな見た目、だから」
「見た目って……」
そう言われて、俺は女子生徒の顔を見た。異性には興味がないが、そんな俺でも分かる程度には顔立ちが整っているように思えた。強いて言うなら、瞳は真っ赤だし、髪は真っ白という点では日本人離れしているかもしれないが、アニメとか漫画だったら珍しくもないだろう。何年か前に、こんな感じのヒロインが出てくるアニメが流行っていた気がするし。
「なんか問題あるのか?」
「……普通の、人だと、気味悪がる、から」
「気味悪いのか……? アニメとかだと普通だろ?」
「……アニメみたいな、派手な髪や、目の色、現実には、いないから」
女子生徒に言われて、確かにアニメと現実を混同しすぎかと思い直す。だが、そう言われたところで、彼女が気味が悪いというのはいまいち共感できなかった。そんなことを言い出したら、俺にとっては他人という存在そのものが気持ち悪いからな。
「……でも、黒岩君は、そうじゃないから」
確かに、俺は髪や目の色程度のことは気にしないだろう。そういう意味では、俺が適任というのも理解できなくはない。でも、それは結局彼女の事情でしかない。それに俺が付き合う義理はないだろう。
「だとしても、俺の答えは変わらないな」
「……じゃあ、受けてくれるまで、毎日、頼む、ね?」
俺の意志が変わらないと知るや、女子生徒はまるで脅すようにそう言った。
「脅迫してるのか……?」
「……別に。……でも、話しかけられるの、嫌、でしょ?」
「脅迫じゃないなら何なんだよ……」
「……どうせ、手間が変わらないなら、付き合ったほうが、楽、だよ?」
無表情のまま、こてんと首を傾けながら、女子生徒はそう言う。どうしても俺じゃないと駄目な理由は分かったが、なんでこいつは恋人を作ることに拘るのか。恋愛学習が面倒臭いのは言うまでもないが、それにしたって別に適当にやり過ごせばいい。渋る俺を無理矢理頷かせてまで、恋愛学習をサボりたいのだろうか。
「……分かった。付き合えばいいんだろ付き合えば」
理由は分からないが、こいつは諦めるつもりがないらしい。これ以上押し問答をするくらいなら、さっさと頷いたほうが早いだろう。正直、これ以上他人と会話するのに頭と口を使いたくない。
「……ん。……これから、よろしく」
折れた俺に対して、女子生徒は微かに笑ったような気がした。表情の変化が少なすぎて、本当に気がしただけかもしれないが。
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