第6話 魔王シェルア①

 事を大きくしないため、いかに一般人の目につかずに交戦を避けて悪魔から逃げるか。それが今のまりんちゃん、理人くん、悠斗くん、美里ちゃんにとって課題となった。

 なにかいい方法はないか。まるでたてのように佇む理人くんを背に、悠斗くん、美里ちゃんのまんなかで佇み、まりんちゃんは頭をフル回転させる。

「交戦を避けて、悪魔から逃げる策を考えるのもいいが……お前ら大事なことを忘れていないか?」


 さりげなく、後ろからまりんちゃんの肩を抱きながらも、気取った笑みを浮かべて問いかけた青年を、不審に感じながらもまりんちゃんは返答する。

「大事なこと……?」

「お前らが今、対峙している魔人……なんであいつらは、お前達の居場所を特定できたんだと思う?」

「それは……」

 おもむろに問いかけられ、まりんちゃんは言葉に詰まった。青年の問いの答えを、持ち合わせていなかったからだ。何も答えられないでいるまりんちゃんに代り、問いかけた青年本人が返答する。

「それは……お前ら四人の中の誰かが持っている、あるものが関係しているからだ。

 俺の予想が当たっていれば、そいつに掛けられている筈ぜ? 現世の人間達も利用する、GPSジーピーエスに匹敵する呪いがな」

「じ、GPSに匹敵する呪い……?」

 正体不明の相手からの、ありえない返事を受けて、ぎょっとしたまりんちゃんと美里ちゃんがどん引いた。


「一体、誰がそんなことを……」

 そこまで言いかけて、はっとしたまりんちゃん、着ている真っ赤なコートのポケットからその内側に着ている私服まで、足の爪先から頭のてっぺんまでくまなく探してみたが、青年の言う呪いに掛かったものはみあたらなかった。

 身体からは何も見つからなかったってことは……まさか、体内に?!

 我ながらにとんでもない発想を思いつくものだが、これが本当だったらどうしようと、不安に駆られ、まりんちゃんの顔が青ざめる。

 いや待てよ……確かあの時、エディさんが張った結界に投げつけた物があった筈だけど。

 ふと、そのことを思い出したまりんちゃん、冷静に記憶を辿ってみる。コートのポケットの中に入っていた狼のチャーム付の、赤ずきんちゃんのアクリルキーホルダー……


 まりんちゃんにとってそれは、まったく身に覚えがないものだった。それがいつの間にかコートのポケットの中に入っていた。おそらく、まりんちゃんを拉致した大魔王が万が一に備え、まりんちゃんが気を失っている間に、居場所を特定できるように呪いを掛けたアクリルキーホルダーを、コートのポケットの中に忍ばせたのだろう。

「GPSとは……本来なら、目的地を調べたい時など必要に応じて適切な使い方をするんだけども、中にはこうやって間違った使い方をする魔人ひともいるのね。めちゃくちゃ怖いことするじゃないのさ、大魔王……」

 気付けば、嫌悪感丸出しの表情に薄ら笑いを浮かべて、冷ややかな口調で以て、まりんちゃんの心の声がれていた。


「あのアクリルキーホルダーに呪いを掛けるなんて……どさくさに紛れて、投げ捨てて来て正解だったわね」

「あのさ……そのことなんだけど」

 心底、大魔王を軽蔑するまりんちゃんに怯んだ悠斗くんが、勇気を振り絞り、恐るおそる白状する。

「まりんさんが言っている『アクリルキーホルダー』って、もしかして……これのこと?」

 おもむろに、制服のパンツのポケットから取り出したアクリルキーホルダーが、バツの悪い表情をする悠斗くんの右手で以てつまみ上げられていた。


「そうそう、かわいい狼のチャームなんかも付いて、ふわっふわのぬいぐるみのような、童話の赤ずきんちゃんの絵柄がまたかわいいよね~……って、なんで悠斗くんがそれを持ってるの?!」

 見たくもないアクリルキーホルダーの再登場で、思わず乗りつっこみをしてしまったまりんちゃんに、悠斗くんが正直に白状する。

「いや……道に落ちていたから、あとで交番に届けようと思って拾ったんだけど……ごめん、俺が拾ったばかりに、二人も魔人を呼び寄せちゃって」


 ほんとだよ! あんたがそれを拾いさえしなければ……なんて、感情的に怒れない。 

 悠斗くん、君はなんて良い子なの……? 私だったら呪われていようがいまいが、余程よほどのことがない限り、道に落ちているものは拾わずにそのままスルーするのに。悠斗くん、君は本当になんて良い子なの?

 まりんちゃんは怒るどころか、涙ぐんで感動。本当は怒るべきなのだろうが、アクリルキーホルダーを拾った理由がなんかかわいくて、悠斗くんの心からの謝罪に、まりんちゃんは怒る気が失せてしまったのである。


「拾っちゃったものはしょうがないわ。まぁどのみち、そんなものがなくても彼らは私達の行く手を遮っていたでしょうしね」

 すっかり怒りが鎮まり、穏やかな表情で以て、悠斗くんの方に顔を向けて微笑んだまりんちゃんはすぐさま、

「それはそうといい加減、離れてもらいたいんだけど。お兄さん何者? ナンパなら、他でやってよね」

 そう、警戒心を抱きながらも、眉をひそめて冷静に対応した。灰色のコートを着て、まりんちゃんの肩を抱いたまま視線を向けた青年が、気取った笑みを浮かべて静かに告げる。

「俺は、シェルア。魔王と言う名の魔人だよ」

「な、なんですって……?!」

 予想外の返事を耳にし、目を丸くしたまりんちゃんが思わず、驚きの声を上げた。

 シェルアと名乗った青年に驚いたのはまりんちゃんだけではない。

 魔王だと……?!

 大魔王さまではなく、まさかの魔王さま降臨。想定外の事態に、目を丸くした理人くん、悠斗くん、美里ちゃんの三人も驚愕したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る