第5話 VILLAIN BUSTERS―ヴィランバスターズ―

 三人の、子供達の力を借りて、なんとか結界を破ることに成功したようね。

 エディさんと交戦をしていた綾さんは、内心そう呟き、少年達と一緒に走り去って行くまりんちゃんに微笑みかけるとそのままアスファルトの路上に倒れ込む。

 半円形状に広がる銀色の結界が音もなく消え去った。辛うじて、変身が保てるほどの余力よりょくを残せたが、自力で張った結界が維持いじできないほど、何もかもが限界だった。

「ジャスト三十分……ほんの少しでも、僕を本気にさせた君には、とても素晴らしい素質がある。死神にさせておくには、惜しいくらいにな」

 上から下へ、銀色の結界が滑るように消えて行く最中、真顔でそう呟いたエディさんは、気を失った綾さんを抱きかかえて近くの電柱に寄り掛からせると、身体からだの向きを変えて駆け出した。三人の少年達とともに逃げ去った、赤ずきんちゃんの彼女を追って。


「ねぇ、あなた達……一体、どこに向かって走っているの?」

 先を行く少年達を追いかける形で住宅地の中を走りながら、そのことを疑問に思い、まりんちゃんは尋ねた。

「『グレーテル』って言う名の、喫茶店さ。そこは、私達にとっては強力な味方、精霊王の加護がプラスされた強力な“魔法の結界”に覆われている。私としては、このまま何事もなく、安全が保たれる喫茶店へ向かいたいところだが……そう簡単に、思い通りには行かないらしい」

 真剣な面持ちで先を走りながら、まりんちゃんの問いに答えた黄土色の髪の美少年が不意に立ち止まった。


 三人そろって立ち止まる少年達が睨め付ける視線の先に、全身黒ずくめの男が二人、眼光鋭くこちらを睨め付けながら仁王立ちしている。

 一人は、黒い帽子を被り、帽子と同じ色のトレンチコートを着た男で、真一文字に口を結び、笑みなど一切浮かんでいない。その右手には武器となる槍が握られていた。

 最後の一人は、黒のライダースジャケットとパンツスタイルのがっちりした体格の男で、口元に薄ら笑いを浮かべてこちら側を睨め付けている。結構な距離があるにも関わらず、彼らが放つ、まるで獲物を射竦いすくめるような、殺伐さつばつとした雰囲気がこちらにまで漂っていた。


「な、なにあの人達……?」

魔人まじんだよ。槍を持っている方が東雲しののめ、その隣にいるのが本藤ほんどうって名前の……二人とも、大魔王が最も信頼を寄せる幹部だ」

 彼らが放つ、独特の雰囲気に圧倒するまりんちゃんに、前方を睨め付けたまま、黄土色の髪の美少年が返答する。

「やつらの目的は、堕天の力の使い手を捜し出し、現世に隠れ住む大魔王のもとへ連れて行くこと。そして私達は、大魔王に連れ去られた君を捜し出して、安全な場所となる喫茶店へ避難させるためにやって来たんだ」



 やはり、まりんちゃんは現世に隠れ住む大魔王によって拉致されて、絢爛なあの館に閉じ込められていた。

 的確な美少年の返事に、それを再確認したまりんちゃんは、にわかに生じたある疑問をぶつける。

「さっきも、各々の特殊能力を使って、私を結界の中から救い出してくれたあなた達は一体……何者なの?」

 不可解な表情をするまりんちゃんの方に顔を向けて、凜々しい笑みを浮かべた美少年は応じる。

「これは失礼。自己紹介が、まだだったね。私は久世理人くぜりひと、ここにいる綾瀬悠斗あやせゆうとと、VILLAIN BUSTERSヴィランバスターズと言う名の、退治屋をしている」

「退治屋……それじゃ、あなたは……?」


 今度は、セーラー服の少女の方に顔を向けながら、まりんちゃんは尋ねた。気さくに笑いながらも少女は応じる。

「私は長浜美里ながはまみさと、ワケあって大魔王に狙われていて……だから、退治屋の理人さんや綾瀬くんに依頼して、ボディガードをしてもらっているの」

 美里ちゃん本人から聞いたその新事実にはびっくりしたが、自身も大魔王に狙われる身でありながら、こうして体を張ってまりんちゃんを助けてくれる。そんな美里ちゃんの行動力には頭が下がる一方だ。

 とにもかくにも、二人の男の子と協力して結界を破り、エディさんから助け出してくれた美里ちゃんに恩を抱きながらも、まりんちゃんは感心したのだった。


「私の名前は赤園まりん。理人くん、悠斗くん、美里ちゃん、これからもよろしくね! そして……ありがとう。体を張ってまで、私を助けてくれて」

 穏やかに微笑んだまりんちゃんは理人くん、勇斗くん、美里ちゃんの三人に感謝をすると、一歩前に進み出た。

 綾さんや、いま背にしている三人の子供達に助けてもらっておいて、自分自身は逃げてばかりで何もしていない。私は、彼らよりも年上のお姉さんなんだから、頑張らないわけにはいかないわね。

 まりんちゃんはそう、心の中で呟くと決心する。

「私にはね、霊力の他にもうひとつ、特殊能力があるの。使い方によって変化する、万能の特殊能力をね。私からあなたたちへ、助けてもらった恩返し。ここからは、私も加勢するわ」

 凜々しい笑みを浮かべてまりんちゃんはそう言った。


 凜然と前方を睨め付け、俄然、まりんちゃんは闘志の炎を燃やす。強力な死神のカシン様、セバスチャンさん、そしてシロヤマの三人と戦った経験があるからか、はたまた謎の使命感に燃えているせいか、悪魔との初陣なのに自信に漲っていた。

「……まりんさん、ありがとう。けれど、その気持ちだけで充分じゅうぶんだ」

 悪魔との初陣に張り切るまりんちゃんの姿に、水をさすようで申し訳ない、と言いたげに微笑みながら口を開いた理人くん、

「ここで悪魔と交戦になれば、大勢の一般人の目に触れる。そればかりか、多くの住宅が倒壊とうかい、犠牲者が出て、この町が壊滅かいめつ状態になりかねない。できれば、無関係の一般人を巻き込まず、内密ないみつに事を運びたいんだ。それに……私達にも、まりんさんに恩があるしね」

 そう、当たりさわりのない言葉で以て、しごくまっとうな意見を述べた。

「それも……そうね」

 まるで、物静かな大人のような振る舞いをする理人くんを不思議に思いながらも賛同したまりんちゃんは、悪魔との戦いを諦めたのだった。

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