第7話 魔王シェルア②

 驚きと異様さが入混じる、言葉では言い表せないほどの空気が辺りを満たす。堕天使、死神、冥府役人ときて、今度は魔王と遭遇。人間界となるこの世界に降臨した理由は今のところ不明だが、相手がただの人間でないことは明白だ。

 より一層、気を引き締めないとやられる。気取った笑みを浮かべる、油断ならない魔王に。

 気を引き締めたまりんちゃん、理人くん、勇斗くん、美里ちゃんの四人が意を決する。


 最大級の警戒心を抱いた四人に対し、冷静沈着な雰囲気を漂わすシェルアがおもむろに口を開く。

「たまたま、ここを通り掛かったらお前の姿が目に入ったんでな。目的を達成するために立ち寄ったんだ。大魔王の幹部二人と睨み合っているとは思わなかったが……」

「目的って……?」

「使い方によって変化する、万能の特殊能力を持った赤ずきんのを捜し出し、仲間にすること。それが、俺の目的だ。赤園まりん、俺と仲間になれ」


 使い方によって変化する、万能の特殊能力……それすなわち、堕天の力を意味する。

 シェルアは知っているに違いない。まりんちゃんこそが、堕天の力を持つ赤ずきんちゃんであることを。でなければ、まりんちゃんをスカウトしに来ないだろう。ならば、シェルアに対するまりんちゃんの答えはもう決まっている。

「ごめんなさい。私は、あなたと仲間になる気はないわ。今はゴーストだけど、未練を晴らしたら生身の人間に戻るつもりよ。そのために私は、今のままで、普段通りに生きることにしたの」


 ゴーストになってもなお、そんな風に答えられるのはきっと、生身の人間だった頃と相も変わらぬ生活を送れているからだろう。

 高校から大学へ進学して、勉学に励みながら学校近くの花屋でアルバイト。小さな頃から抱く夢に向かって一歩ずつ進んで、時には落ち込むこともあるけれど、苦難を乗り越えた先に見えてくる『答え』を理解して成長する。


 いいことも悪いことも全部ひっくるめて、人としての人生を、ゴーストの形で歩めているのだから、魔王からのスカウトがあったところでひるまない。

 それくらい、まりんちゃんには気持ちに余裕があるのだ。そんなまりんちゃんの気持ちを見透かしたのだろうか。シェルアが突然、大笑いした。

「気に入ったぜ! 赤園まりん、俺は諦めが悪いんでな……お前がYESイエスと言うまで、徹底的にマークするから覚悟しろよ」

 そう、あくどい笑みを浮かべて断言したシェルアに怯んだまりんちゃんが、どん引いた顔でうげぇ……と呻いたのは、言うまでもない。


***


 着信を伝えるスマホのバイブレーションが作動したのは、シェルアが赤園まりんを気に入り、あくどい笑みを浮かべて徹底的にマークすると発言した時だった。

 マナーモードにしているスマホを、着ているコートのポケットの中から取りだしたシェルアが電話に出る。

「今は取り込み中だ。また後でかけ直す」

 シェルアはそう、不機嫌そうに告げると通話を終了……とまでは行きそうになかった。スマホで以て、通話をするシェルアの話に聞く耳を持たない相手が何事もなかったように話を切り出したのだ。


「取り込み中なのは百も承知だ。なに、そんなに時間は取らせんよ。手短に要件を伝える。赤園まりんを仲間にするのはいいが、魔人にするのはやめておけ。今の彼女には、どんなに強い闇の魔力を以てしても敵わぬ無敵の力に護られているのでな。

 どんな因果いんががあるのかは、流石の私にも分からぬ。が……どうやら私にとっても、お前にとっても想定外な人物が彼女に加護を与えたらしい。よって、無敵の加護を与えた何者かが、赤園まりんの近くにいる筈だ。彼女を仲間にしたければ、まずは今も正体を隠している相手をあぶり出すことだな。話は以上だ」


 低音ボイスなくせして偉そうな男の美声。天神アダムは、地位など関係なく相手と会話をする時はいつもこんな感じだ。

「……電話を切る前にひとつ、訊いてもいいか?」

 仏頂面でアダムの話を聞いていたシェルアがそう、冷静沈着に尋ねる。

「私が答えられる範囲なら」

 気取った口調のアダムから返答を得たので、顔色ひとつ、口調も変えずにシェルアは疑問を口にした。

「あんたいま、どこでなにをしているんだ?」

「中世の英国貴族ならうらやむほど、豪華絢爛な屋敷にて、大魔王を赤園まりんから遠ざけるための足止めをしている。今まさに、大魔王本人と茶会を開いているところだ。お前と話をするため、一時的に席を離れ、廊下に出ているがね。他に、質問は?」

「いや、それだけ聞ければ充分だ」

 アダムから重要ヒントを得たシェルアは返事をすると、

「先にも言った通り、今は取り込み中につき、これで失礼する」

 アダムにそう告げて電話を切った。


 どんなに強い闇の魔力を以てしても敵わない、無敵の加護かごの力……か。どうりで効かないワケだぜ。

 アダムの話を聞いて妙に納得した。三人の子供達と一緒にいる赤園まりんの肩を抱いた時からシェルアはずっと、自身の強力な闇の魔力を当てていたのだ。

 赤園まりんがゴーストであることを利用して、闇の魔力で以てその清い魂をけがし、魔人に転生させる。それがシェルアの狙いだったが、何者かが赤園まりんに与えた無敵の加護により阻止された。

 その影響で、闇の魔力が無力化してしまうとは。こんなにバカバカしいと感じたことはない。

 シェルアはフッと、降参の笑みを浮かべたのだった。


***


「ねぇ、あなた……いつまで、私の肩を抱いているつもり?」

「そんなに嫌なら、離れてやるよ。お前が俺の誘いにOKオーケーしてくれたらな」

 横目で睨め付けつつも、不愉快ふゆかいそうに尋ねたまりんちゃんに顔を近付けて意地悪なことを言ったシェルアが、気取るように含み笑いを浮かべた。

 片手でさりげなく肩を抱くシェルアに意地悪され、はぁ……と溜め息を吐いたまりんちゃんはげんなりするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る