第2話 冥府役人

「シロヤマ。今の話、聞いてたな」

「ああ……どうやら、強大な力を持つ悪魔に、まりんちゃんが拉致らちられたようだね」

 険しい表情をしてシロヤマは返事をすると細谷くんを促す。

「二手に分かれよう。俺はこのまま屋上に残り、あいつの相手をする。細谷くんはこのまま屋上から離れて、指定された喫茶店へと向かってくれ。用事が済んたら、すぐに追いかけるよ」

「……分った。ここは、お前に任す」

 自信と覚悟が入混じる含み笑いを浮かべたシロヤマに、細谷くんはそう返事をすると屋上から去った。


 そうして再び、廃墟ビルの屋上に一人、居残ったシロヤマは、屋上を去る細谷くんを背にすたすたと歩を進めると、灰色のロングコートを着た黒髪の青年の背後に忍び寄る。

 俺の予想通りなら、彼もまた、堕天の力の使い手である、赤ずきんちゃんに興味がある筈だ。だからこそ、自身の仲間にしようと、彼女との接触を試みるだろう……そんなこと、絶対にさせない。阻止して見せる。死神結社の中でも強者に入る、この俺の手で。


***


 気付くと、アスファルトの路上に佇んでいた。ここが、どこなのかも分からない。

 絢爛なあの洋館の姿形はなく、現世の家々が建ち並ぶごく普通の街並みの中に、赤園まりんちゃんは佇んでいた。

 こうしてまりんちゃんが、現世のこの場所に茫然と佇んでいるには、ワケがある。

 それは、まりんちゃんがここに来る前の、悪魔と思しき何かに拉致され、中世の英国を彷彿させる絢爛な館の寝室で目を覚ました時のことだ。自身のスマホで以て、細谷くんと会話をするまりんちゃんの面前に、天神アダムが降臨。まりんちゃんからスマホを取り上げ、細谷くんと会話をしたアダムは通話を終えると、神々しい天神の姿を目の当たりにして息を呑むまりんちゃんと会話をしたのである。


『話は、聞いていたな』

 不意にアダムに問いかけられ、びくっとしたまりんちゃんはぎこちなく返答。

『は、はい……』

『今から神通力じんつうりきで以て、君を館の外に出す。後は自力で喫茶グレーテルへと向かえ』

『分かりました』

『良い返事だ』

 真剣な表情でしっかりと返事をしたまりんちゃんに、笑みの浮かぶ凜然たる表情でアダムはそう、満足げに言った。


『あの……ひとつ、お尋ねしてもいいですか?』

『答えられる範囲内なら……』

『私を誘拐した人ってもしかして……魔王と言う名の、魔界を統べる人の仕業ですか?』

『魔界を統べる者であることに変わりはないが……君をここまで連れ去ったのは魔王よりも、さらに上位の魔人悪魔だ。察しのいい君ならもう、分かるだろう? これは君に返しておこう。今後も、連絡するのに必要だからな。健闘を祈る」

 気取った笑みを浮かべて、まりんちゃんからの質問に返答したアダムがスマホを返却。次の瞬間、見えない力で後方へ引っ張られるように、スマホを受け取ったまりんちゃんの視界が逆流した。


 凜然たる雰囲気を漂わせながらも、気取ったように含み笑いを浮かべる天神アダムの姿がみるみる遠ざかって行く。

 気付くと、アスファルトの路上に佇んでいた。ここが、どこなのかも分からない。絢爛なあの洋館の姿形がなく、現世の家々が建ち並ぶごく普通の街並みが、茫然と佇むまりんちゃんの視界いっぱいに広がっていたのだった。

 とにかく、天神アダムの指示に従い、南東にある喫茶店へと向かおう。動けばなんとかなる。

 そう、安易な考えでまりんちゃんは一路、喫茶グレーテルへと向けて駆け出した。むろん、フードを被り、真っ赤なコートを着た姿で。



 南東へ、まりんちゃんが塗装されたアスファルトの道を直走ひたはしっていた時だった。

「ねぇ、君。ちょっといいかい?」

 まりんちゃんと併走へいそうする何者かが平然と呼び止める。

「どうしても外せない用事があるから、止まってくれないかな」

「ごめんなさい。そうしたいのは山々なんですけど私、急いでいるので!」

 そう、真剣な表情で走りながら、まりんちゃんは適当に謝ると対応した。

「急ぐ気持ちは分かるけれど……止まらないと、この先の結界に衝突しちゃうよ?」

「け、結界っ……?」

 併走する何者かが発した『結界』の言葉に、まりんちゃんは動揺。

 この先に、結界が張られているってこと……?

 走りながら頭を回転させて推測したまりんちゃんは、おもむろに着ているコートのポケットから取り出したあるものを前方に投げつけた。すると……まりんちゃんが投げつけたものが、目に見えない透明な壁に当たって路上に落下したではないか。


「もしかして、あれが……結界?」

「そうだよ。君がここを通るのを見越して、僕が張ったんだ」

「僕が張ったって……」

 ふと気付く頃には、唖然とする表情でまりんちゃんは立ち止まっていた。なんだかちょっと分からなくなってきたこの状況下だが、荒くなった息を整えるとまりんちゃんは尋ねる。

「あなたは一体……」

「僕はエディ。冥界めいかいは、冥府めいふの施設内に構える役所の人間……冥府役人めいふやくにんだよ。死神に鎌を振られることもなく、深い怨念おんねんにより成仏できずに現世を彷徨さまようエターナルゴーストを保護するのが、僕の仕事なんだ」

 そう、まりんちゃんと同じく立ち止まったエディさんは気さくに自己紹介をしてウインクした。

 シャギーカットが施された黄土色のショートヘアに、エメラルドグリーンの目をした青年エディさん。赤色のネクタイを結わいたチョコレート色のシャツと靴、白色のベストとパンツとロングコート、その左腕には『冥府』と太文字で黒く書かれた赤い腕章が付いていた。


 現状として、まりんちゃんはゴーストであることに変わりはない。だが、ゴーストの前に『エターナル』の言葉が付いてしまっている。これはもう、かずにはいられないだろう。

「ゴーストなら分かりますが、エターナルゴーストって、どんな意味で……?」

 まりんちゃんの脳裏に急浮上した疑問をぶつけてみると、面前で佇むエディさんが気さくに返答。

「その言葉通りの意味だよ。エターナルゴーストは日本語に訳すと『永遠の幽霊』になる。人間が死してゴーストになった時、四十九日を過ぎてもなお、現世を彷徨い続けるゴーストのことを、僕ら冥府の人間はエターナルゴーストと呼んでいるんだ」


「その……冥府と言うのは?」

「冥府とは、冥界における政府の総称。その中でも冥府役所めいふやくしょは、エターナルゴースト化した、全人類を含む生きとし生けるものをしかるべき場所へ導くための玄関口にもなっているんだ。

 さっき部署に確認したら、君が死して、半年以上が経過していることが判明したよ。どんな経緯でそうなったのかは分からないけれど……君自身が、エターナルゴースト化してから半年以上は経過していることになる。役所としてもこれ以上、容認はできない。霊界と言う名の、しかるべき場所へ送り届けるため、君を保護させていただく」

 気さくな口調で返答していたエディさんだが、最後は真顔を浮かべてまりんちゃんにそう告げると言葉を締め括ったのだった。

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