Ⅰ. 冥府役人の登場~頼られるリーダー的存在の魔王さま降臨

第1話 着信

 いま思い返しても、あの時の悔しさが込み上げてくる。まりんちゃんを護るどころか、まんまと連れ去られてしまうとは……

 ほんの少しでもまりんちゃんから目を離してしまったことを後悔し、感情的になりそうなのをぐっと堪えて、平常心を保つとシロヤマは廃墟ビルの屋上に赴いた。

 その場所に待ち構えていた『もう一人の自分自身』と対面、対話したシロヤマは自ら課した使命と向き合う。

 そして、廃墟ビルの屋上に呼び出した細谷くんと対面したシロヤマは、上司のセバスチャンさんにより、誰にも言えない趣味をバラされ、細谷くんにおどされる羽目に。

 その後、細谷くんと話がついたシロヤマは、おもむろに背を向けると歩き出す。


「おまえ、今から何する気だ?」

 すたすたと歩き出したシロヤマを不審に思い、後を追いながら細谷くんは尋ねた。

「そんなの、決まってるだろう?」

 今まで自分達がいたところとは反対方向を歩きながらも、意味ありげに含み笑いを浮かべたシロヤマが返答。

「直接、問い質しに行くんだよ。あそこにいる……灰色のコートを着たあいつにな」

 まるで、犯人を追いつめる探偵の如く、自信と覚悟の入り混じる笑みを浮かべたシロヤマが睨みつける視線の先、見晴らしいの良い屋上の端に佇む人物の後ろ姿があった。風になびく灰色のロングコートのポケットに手をつっこんで佇むショートカットの、黒髪の男の姿だ。

「あいつは……」

「悪魔だよ。あいつが、まりんちゃんの通学鞄を持ち去るのを、この目で目撃した。俺の勘が正しければおそらく……誰かに連れ去られたまりんちゃんの行方を知っている人物だろうぜ」


「なにっ……?!」

 歩を止め、シロヤマとそろって屋上に佇んだ細谷くんはぎょっとした。

「赤園が……連れ去られただと?!」

「ああ……俺がほんのちょっと、目を離した隙にな」

 灰色のコートを着た悪魔の背中を、眼光鋭く見据えながら、シロヤマは細谷くんにそう返事をした。

 突然のことに驚き、シロヤマから簡潔に事情を聞いた細谷くんが歯噛みする。

廃墟ビルこの場所は、俺達死神しにがみ縄張なわばり……あいつには、手出しさせない」

 沈着冷静なシロヤマの言葉で、ふと我に返った細谷くんも冷静に応じる。

廃墟ビルこの場所は俺達、死狩人ハンターの縄張りでもある。いざと言う時は、俺に任せろ」

 張り詰めた緊張感を漂わせ、シロヤマと細谷くんの二人は、依然として背を向ける悪魔に向かって一歩踏み出した。と、その時。


 着信……?

 シロヤマと一緒に一歩を踏み出した、次の瞬間、穿いているジーンズのポケットにしまい込んでいるスマホに着信があり、バイブレーションが作動、立ち止まった細谷くんがスマホを取り出した。

「待て、シロヤマ」

 そう、静かに待ったをかける細谷くんの声に反応したシロヤマは、不意に立ち止まると振り向いた。

「赤園からの……着信だ」

 それを聞いたシロヤマと、顔を合わす細谷くんに緊張が走った。


 おもむろに歩み寄ったシロヤマは、緊張の面持ちで目を落とす細谷くんの手元を覗き込む。スマホの画面に赤園まりんちゃんの名前が表示されている。焦る気持ちを抑えて、細谷くんが電話に出た。

「赤園? いま……どこにいるんだ?」

 電話に出るなり、細谷くんがまりんちゃんの安否を確認する。シロヤマは、まりんちゃんと会話をする細谷くんのスマホに耳を近付けた。電話口に出るまりんちゃんが困ったように話し始める。

「それが……私にも、よく分からなくて。ただ、中世の英国のような、絢爛けんらんな館の中に閉じ込められているみたい」


 落ち着いた口調で返答するまりんちゃんの声から察するに、手足を縛られたり、相手から酷いことをされていないらしい。いささか安堵しながらも細谷くんは、あくまで冷静にまりんちゃんとの会話を続けた。

「そうか。赤園の他に誰か、傍にいるか?」

「うんん。今のところ、この部屋には私しかいないわ。目が覚めたら寝室のベッドに寝かされていて……スマホを取り上げられなかったのは、不幸中の幸いね」

「俺も今、赤園と同じことを思ったよ。とにかく無事で良かった」

「ねぇ、細谷くん。今、どこにいるの?」

「廃墟ビルの屋上だよ。美舘山町の外れにある……これからシロヤマと二人で、赤園を捜しに行こうと思って」

「それなら……私が、これから廃墟ビルに向かうわ。ここは、口じゃ説明できないくらいよく分からないところだし、私が細谷くんのところに向かった方が手っ取り早いし」

「それはダメだ。ここには、悪魔がいる。もしも予想を遙かに超える強者だった場合、俺とシロヤマだけじゃ、赤園をまもり切れない。それに赤園だって、そこから脱出ができるかどうか……」

 しばしまりんちゃんと通話をしていた細谷くんの言葉を、不意に二人の会話に割って入った何者かが遮った。

「脱出ならできる。なぜなら、今からこの私が、頑丈なおりと化すこの屋敷から彼女を逃がすからだ」


 低音ボイスなくせして偉そうな男の美声が、まりんちゃんのスマホを通して聞こえた。にわかに警戒心を抱いたシロヤマと細谷くんは耳を澄ます。

「ここは、限られた人間にしか見えぬよう、特別な結界に覆われている。ゆえに、素人がこの洋館を探し当てるのは不可能だ。ならば、彼女の言う通りにした方が賢明だと思うがね」

「……あなたは一体、何者です?」

 まりんちゃんのスマホで以て会話をする相手がただ者でないことを悟り、細谷くんは慎重に口を開くと尋ねた。細谷くんの問いに、フッと気取った笑みを浮かべた相手は、威厳たっぷりにこう告げた。

「私の名は、アダム。天界を統べる、天神てんじんだ」と。


 天神……だと……?!

 電話越しの相手の正体を知り、シロヤマと細谷くんは目を瞠った。

「いいか、よく聞け。君の大切な彼女は今、私と正反対の道を行く悪しき者の館に閉じ込められている。その力は強大ゆえ、同等の力を持つこの私が、その者の相手をせねばならない。聞くところによると君は、地球上最強の死狩り人デスハンターの異名を持つ、ニコラウスと師弟関係にあるそうだな。

 ならばその立場と腕を見込んで、ここにいる彼女を君に託す。君が今いる場所から南東の方角にある『グレーテル』と言う名の喫茶店を目指し、彼女と合流せよ。彼女にも、君に指定した場所へと向かわせる。私が足止めできる時間は限られていることを忘れるなよ。話は以上だ」

 天神アダムは最後にそう告げて通話を終了した。

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