第2章 協力

第1話 防衛チーム

(はぁ、はぁ。なんで僕みたいな落ちこぼれが...)


 金髪のマッシュヘアーに眼鏡をかけた青年は息を切らしながらふとそんなことを考える。彼の名はガリア・ローン。彼は今、背中には重い石をつけられ、腕立て伏せをしている。

 目標は50回だが、決して自分が決めた回数ではない。このような地獄の日々はあの日、英雄と呼ばれるアレクに指名された日から始まった。


「しっかり1回1回意識しろ!体勢を崩すな!無駄になる!!」


 鬼のような叱責がアレクから放たれる。これは彼の指示で行っている事だった。



「お前たちには強くなってもらう。最低でも中級魔族程度は1人で勝ってもらうレベルにはな。」


 3日前、ガリア含め集められた5人は唐突にアレクにそう告げられた。周りには自分よりも明らかに強い4人がいる。


 同期のラッシュ・ウォンリー、鍛えられた肉体に自信のある表情、髪はかきあげられ野生のような瞳をしている。同期と言っても話したことは無い。


 もう1人の同期はラッシュとライバルのグレイ・ラーン。彼とは反対で整えられた七三分けの髪、腰にはレイピアを帯刀しており、知性に溢れた立ち振る舞いだ。

 今年入った同期であるのに2人は頭角を現していた。


 そして赤く長い髪が獅子のように広がり、顔つきが騎士ではなく悪党のそれに似た男、ガゼル・トリアトスも一緒だ。彼は騎士団内でも噂の問題児、上官を殴ったり、命令を無視したりと散々だ。今回集まったのは命令が英雄によるものだったからだろう。

 この国での英雄は王族にも匹敵するほどの権力を持つ。もちろん権力をかざすような英雄には会ったことがない。そんな事しなくても力で何とかなるからだ。


 そして最後に黒髪ストレートの彼女、彼女はレイア・フィースト。鉄仮面をつけてるかのようにいつも無表情の彼女は若くして兵士長を務める女性にとって希望の星でもある。

 ゆくゆくはさらに高みへ登りつめていくはずの彼女だが、何故か今、自分と一緒に腕立て伏せをしていた。


「クソがァァァァ!!なんでこんなことやらなきゃなんねぇ!」


 ガゼルが雄叫びをあげる。どうやら彼は50回もう終わったらしい。滝のように汗を流し、座っていた。


「そんなこと決まっているだろ?突貫でお前らの肉体を仕上げているからだ。」


 一方のアレクは重そうな石を足に乗せながら小指だけで腕立て伏せ、指立て伏せをしている。というのも今の状態で各指50回ずつはもう行っており、最後の小指を鍛えていた。


「これができるようになれとは言わない。だが俺が教えることの基盤には肉体が重要だ。鍛えておいて損は無い。」


 自分の回数は終わったのか、アレクは指立て伏せをやめ、立ち上がる。

 ラッシュや、グレイ、レイアも次々と回数を終えていく。こんなことを始めて5日が経つ。決まって最後に終わるのはガリアだった。


「次は外周だ!」


 そう言ってアレクはかけ出す。それに5人は続いていく。もちろん重しを持ったままだ。そして最後には対人戦、お互いに素手で戦い合う。腕立て伏せはいつも違うメニューだがだいたいはこの繰り返しだった。


「ま、待って......」


 ガリアは走り出そうとしたが、足が絡まって転んでしまう。重りのせいで肺から空気が抜ける。何とか力を入れて立ち上がろうとするができない。


「大丈夫ですか?」


 そんなガリアに手を差し伸べてくれるのはアレクと同じ英雄であるテレサだった。優しい笑みで語りかけてくれる。


「はぁ、はぁ。ありがとう...ございます.....。」


 何とか立ち上がりガリアは走り出すのだった。



 その後手合わせを永遠と続けて夜になる。はっきり言ってこのきつい訓練をやめないのはこの時のためでもあった。


「さあ、食べるぞ。食事は基本だ。」


 ガリアたちの目の前には豪華な食事が沢山ある。ここに来て5日間、大量の料理が振る舞われる。5人は何も考えず、かぶりつく。目の前にあった大量の料理も気づけば、全て空いていたのだった。


「今日で5日経ったからな。何も俺は鬼じゃない。明日、明後日と休息日にする。ただし、食事はしっかりとれ。取れないようならここに来い。」


「それより、気になることがあるのですが。


 どうして私たちなんですか?」


 この5日間、誰もが聞けなかったことをレイアは口にする。休息も大事だが、選ばれなければこんなに苦しい思いはしなかった。


「理由はあるが......まだ教えない。じゃあ、全員並んでくれ。」


 アレクは理由をはぐらかす。理由があれば耐えられそうなものだったが、さらに聞き返せる自信もない。

 5人は横一列に並ぶ。これも日課だった。アレクは1人ずつ後ろから何かをしていた。触られたような感覚があるが、これが何を意味するかはアレクしか知らなかった。

 これをされると30分後くらいに急に眠気が襲ってくる。だからいつも食事の前に眠る準備は済ませてしまう。


「じゃあおやすみ。ああ、もちろん鍛えたいってなったら来てくれればいい。俺はテレサと修行しているから。」


「え?」


 何も聞かされてなかったテレサは気の抜けた声を出す。アレクは自室に立ち去ろうとするが、テレサがアレクにずっと話しかけていた。

 その姿を見送ってから5人も用意された部屋に帰るのだった。





「今日で5日ですか。まだ連絡は来ません。便りが無いことは良いことと割り切るしかありませんね。」


 エミリーもまた日課のように英雄たちの墓の前で膝をつき、祈りを捧げている。ここでは毎回今日の出来事を話し、懺悔をしているらしい。


「ずっと気になっていたが、あなたはいつもここに?」


 今日は日課とは違い、アレクがいつの間にか後ろに立っていた。声でアレクとわかったが、口調がいつもより暖かい気がした。


「いつの間に......まあもうあなたには驚きません。


 ええ、それがこの世界に呼んだ私の、私たちのせめてもの償いですから。」


 悲しい声、目の前の墓にはエミリー以外の人間が呼んだ英雄もいるのだろう。それでも彼女はその全員に祈りを捧げているようだった。


「・・・だがそれは意味ないだろ?そもそも悪いのは呼んだあなたではなく、殺した魔族、あなたが懺悔することなんてどこにもないが?


 懺悔をしたら魔族は死ぬのか?人が強くなるのか?そんなことする暇があるならしっかり休息を取ればいいのでは?」


 冷たくアレクの言葉がエミリーに突き刺さる。彼の言うとおりこの行動に意味は無いのだろう。だがそれで割り切れるほどエミリーの心は大人じゃない。


「ええ、あなたの言う通りだと思います。ただ私はこの行動に意味を持たせていません。

 ただ......私がそうしたいだけなんです。」


 悲しそうにまたエミリーは手を合わせる。アレクは黙り込んでしばらく考えた。そして王城で用意してもらった上着を脱ぎ、エミリーの肩にかける。


「俺は......元の世界で1度死んでいる。他の英雄に聞いた訳では無いけど、呼ばれる英雄の条件は1度死んだことじゃないかな?

 与えられるはずのない2つ目の命をあなたは与えてくれたんだ、そんな気を負う必要はないと思うぞ。


 体調を崩されたら困る。元々あんたたちの服だ、上着はそのまま使ってくれ。」


 それだけ言うとアレクは立ち去る。エミリーは少し驚いた。まさかとは思うがアレクは自分に気を使ってくれたのではないだろうか。アレクの優しさに触れ、エミリーの心は少しだけ軽くなったのだった。





 地獄のような5日間、いや今後もこんな日々が続く。ガリアは束の間の休日を謳歌しようと城下町に出ていた。


「はぁ。僕なんかがこんなことしてていいんだろうか。」


 周りには地域の治安を守る騎士達が見回りをしている。騎士たちに基本的な休みはない。休みたい場合は休暇手当を貰わなければならないが、そんな暇はない。

 ガリアはあまり休日の過ごし方を知らない。とりあえずぶらぶらと街に来ただけだった。


「やめてください!!」


 大通りで女性の声が聞こえる。ガリアは声のする方を見ると、1人の女性が男性二人に絡まれていた。

 男性の方は騎士団の2人だった。彼らは素行が悪いことで有名な2人だった。どうやら女性に迫っているらしい。


「いいだろ。俺らも溜まってるんだ。」


「好きなんだろ?職にするくらいだ。1人や2人ただにしてもバチは当たらねぇよ。」


 どうやら女性は水商売をしているらしい。2人はその常連と言ったところだろうか。絵に書いたような悪漢と女性の対立だった。


(・・・いや!僕には関係ない!!)


 自分は弱い。あの男性2人には勝てない。周りもそう思い女性の声を無視している。それはガリアがやっても罪にはならない。


「あのー。女性が困ってますよ?騎士団の方ですよね?外聞も悪くなるからその辺にしておいてぇ......」


「あぁ?」


 気づいたら前に出ていた。自分が来ても何も変わらないのに。でもガリアには見て見ぬふりなんてできなかった。


「お前...あの英雄だとかに選ばれた落ちこぼれじゃねぇか!!


 へ!呑気に休んでるとはいい度胸だなぁ!」


「兄貴、こいつをやっちまいましょうよ?英雄に選ばれてるんでしょ?」


 標的が女性からガリアに変わった。そのすきに女性はどこかに逃げてしまった。なんとも割に合わない。これもまあ仕方の無いことではあると思うけど。


「いいやぁ、それは...」


「うるせぇ!!」


 有無を言わさずガリアは男に殴りつけられた。力もないのになんで守ろうとしたんだろう。結局何も出来ずに殴られて終わってしまう。


(あぁ、痛......くない!?)


 こういうことは1度や2度ではなかった。何回も殴られその度顔に痛みを覚えていたのだが、今回は痛みを感じない。


「いてぇ!お前皮膚の下に金属でも入れてるのか!?」


 殴ったはずの男が痛みを感じている。涙目になりながらもガリアを睨みつけていた。そんな相手の姿に驚いているのはガリア自身だった。


「気づいたか?」


 上の方から声がする。少し恐怖を覚えるこの声の主はわかっている。上を見上げると建物の上からアレクが覗いていた。

 アレクは建物から飛び降り、ガリアの前に立つ。


「お前は!英雄様!!聞いてください!何もしてないのにこいつが!!」


 男たちはガリアに罪を擦り付けようとしていた。ガリアはアレクに事の経緯を説明しようとしたが、アレクの言葉で止まる。


「全部見ていた。お前ら、俺が全部見ていた前提で話せよ?」


 男たちは尻もちをつく。彼らにはアレクが魔族よりも恐ろしいものだと感じている。息が詰まりそうだ。得体の知れない何かに心臓を掴まれているような...。


「す、すみませんでした。」


「去れ。」


「はい!!」


 男たちは見事な土下座を披露するとアレクに言われるがまま、その場を去っていった。

 ガリアはそれを見て思った。アレクには才能がある。自分には無い強さという才能が。正直羨ましかった。それがあれば自分だってもっと助けられるのに。


「お前は5人の中で一番弱い。」


 アレクはガリアに事実を伝えた。そんなことはわかっている。ガリアの顔は暗くなる。


「俺が選んだ5人は闘力、つまり俺と同じ力を使うことが出来そうな5人を選んだ。

 お前はその才能がいちばん高いと思うぞ。


 たとえ力がなくても自分の正義を貫ける。

 無意味かもしれないけど強くなるために剣を振るい続ける努力ができる。お前が4人に勝てるのはその才能だ。それはお前の体が証明している。」


 話しは一転、ガリアはアレクの顔を見つめる。才能なんて自分には無いも等しい。剣を振り続けていたのにまだまだ弱かった。

 でもアレクの言葉は今までの厳しい言葉とは違い、温かさを感じる。


「断言してやる。お前のその努力の才能があれば、お前は誰よりも強くなれる。」


 ガリアは泣いた。今まで無駄な努力をしてきたと思った。だけどその努力が認められたような気がした。

 だからガリアは覚悟を決める。どんなに辛くてもアレクについていく。自分にはその才能があると思ったから。

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