第3話 それでも、僕にできること
「お金がない」という母の声は、今日も家のどこかで響いている。でも今日は、少し違って聞こえた。これまでその言葉を聞くたび、僕は自分の無力さを思い知らされるばかりだった。でも最近、ある考えが浮かぶようになった。「僕が無力だと思うのは、何かをしていないからじゃないか?」
考えてみれば、僕は何もしていないわけではない。母が愚痴をこぼすとき、ただ黙って聞いている。父が透析から帰るとき、そっと水を差し出す。そして、自分自身の通院や治療を続けることで、家族に少しでも負担をかけないようにしている。それは小さなことかもしれない。でも、それもまた家族を支えるための「何か」なんじゃないだろうか。
そんなことを考え始めると、不思議と少しだけ気持ちが軽くなった。何もできないと思っていたけど、僕にだってできることはある。たとえば、母の話をもっと聞いてあげること。父に何か温かい飲み物を用意してみること。病気やお金の問題をすぐには解決できなくても、家族の中で自分なりに役割を果たすことなら、今の僕にもできる。
その日、母がいつものように「お金がない」と言いながら家計簿をつけている姿を見て、僕は声をかけてみた。
「何か手伝えることある?」
母は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに笑って「ありがとう。でも大丈夫よ」と言った。結局何も手伝えなかったけれど、その短いやり取りが僕には少しだけ嬉しかった。「家族のために何かをしたい」と思った気持ちを、初めて言葉にできたからだ。
夜、布団の中で考えた。
僕はまだお金を稼ぐこともできないし、大きなことを成し遂げる力もない。それでも、家族のそばにいることで、支えになることができるかもしれない。母が不安を口にするとき、その声を無視せずに受け止めるだけでも、意味があるのかもしれない。僕自身も日々の治療を続けながら、家族の負担を増やさないことが、今できる最善のことかもしれない。
僕が変わったところで、家族の病気やお金の悩みがすぐに解決するわけではない。けれど、何もしない自分を責め続ける日々からは少し抜け出せた気がする。今の僕にできるのは、ほんの小さな一歩を踏み出すこと。家族のために、自分のために。
窓の外を見上げると、曇り空の隙間から星が一つだけ見えた。それは遠くて小さいけれど、確かに光っていた。その星を見ながら、僕は思った。
「僕も、家族の小さな光になれたらいい。」
家族とお金、そして僕の居場所 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます