第43話 好きな事をしてもよいそうです

「アンネリア様、ダンスもマナーもほぼ完ぺきですし、お勉強の方も順調です。明日からは、午前中のみのレッスンにいたしましょう。今までよく頑張られましたね。午後はあなた様のお好きな事をなさったらよろしいですわ」


 私の怪我が完治してから早1ヶ月。ある程度侯爵夫人としての形になったとの事で、午前中のみのレッスンでよいとの事。


 私の場合、ベッドの上にいる時からお勉強を開始したため、元気になった今、好きな事をしていいと言われても、何をしていいか分からない。


 子供の頃からずっと貧しくて、家の為に家事をしていた私は、自由な時間にどうしていいのか分からないのだ。さて、明日からどうしようかしら?


 う~ん…


「アンネリア嬢、難しい顔をしてどうしたのだい?」


 いつの間にか帰って来ていた旦那様に声をかけられたのだ。


「お出迎えが出来なくて、申し訳ございません。何でもありませんわ」


「出迎えの事は気にしなくてもいいよ。それよりも、いつも笑顔の君が、珍しく考え込んできたから気になって。一体何を悩んでいたのだい?」


 どうやら旦那様には、私はいつも能天気に生きている様に見えるみたいだ。確かにあまり考えずに生きて来たけれど…


 て、今はそんな事はどうでもいいわ。


「実は明日から、カレッサム伯爵夫人のお勉強が、午前中だけになったのです。それで、午後から何をしようかと思いまして…」


「アンネリア嬢は非常に優秀で、あっと言う間に覚えてしまったようだね。それなら、君のやりたい事をやればいいのだよ。お金が必要なら、執事に伝えてくれたらいつでも手配するから。君は僕の妻なのだから、もっと好きに生きてくれたらいいのだよ。僕にもっと甘えてくれると、嬉しいな」


 手当てをもらっているうえ、ドレスやアクセサリーなどの装飾品も旦那様に出してもらっているのだ。本当は自分の手当てから出したのだが“夫人として生きるために必要な経費は、僕に出させてほしい”と言われて、出させてもらえないのだ。


 ただでさえ旦那様には金銭的な面で甘えているのだから、これ以上負担をかける訳にはいかない。


 とはいえ、旦那様が好きな事をしてもいいとおっしゃっているのだから、私の好きな事をしたらいいのよね。


 よし!


「それでしたら、好きな事をさせていただく事にしますわ。旦那様、ありがとうございます」


「よかった、やっと笑顔に戻ったね。アンネリア嬢は、ただでさえ欲がないのだから、もっと欲を出してもらってよいのだよ。もっともっと、僕に甘えてくれたら嬉しいな」


「ええ、それではお言葉に甘えて、やりたい事を目いっぱいやらせていただきますね」


 旦那様からの許可も下りたのだ。私のやりたい事をやろう。



 翌日

「奥様、何をなさっているのですか?その様な事は、私共がやりますから。それにその格好は!」


「あら、旦那様が私の好きな事をしてもよいと、おっしゃられたのよ。私がやりたい事は、掃除なの。だから今から、目いっぱい掃除をするつもりよ。やっぱりこうやって体を動かしているのが、一番落ち着くわ」


 昨日の旦那様の言葉を胸に、メイド服に着替えた私は、せっせと窓ふきをする。最初は戸惑っていた使用人たちだが、あまりにも嬉しそうに掃除をする私に諦めたのか、何も言わなくなった。


 ただ、心配そうにこちらを見ている。


 さて、窓ふきの次はあそこの掃除をしよう。


 向かった先は、飼育小屋だ。


「奥様、まさかここの掃除を…」


「ええ、もちろんよ。あなた達、しばらく来られなくてごめんなさい。これからは来られるときは来るから、また仲良くしてね」


 久しぶりに会う動物たち。皆元気そうでよかったわ。


 いつも通り、モクモクと掃除をするが、なぜか使用人たちがアタフタしている。一体どうしたのかしら?まだキャサリン様がいらっしゃるときは、私が掃除をしても、何にも言わなかったのに…


 不思議に思いながら掃除をしていると


「アンネリア嬢、こんなところで何をしているのだい?それもその格好は…」


 凄い勢いで叫びながら走って来たのは、旦那様だ。一体どうされたのかしら?


「旦那様、おかえりなさいませ。申し訳ございません、今日もお迎えが出来ませんでした」


 それにしても、今日は随分と帰りが早いわね。いつもより2時間も帰ってくるのが早いじゃない。


「そんな事はどうでもいい。それよりも、どうして君がこんな場所でそんな恰好をして掃除をしているのだい?」


「どうしてって、旦那様が好きな事をしてもよいとおっしゃったので。私はこうやって、使用人に混ざって掃除をするのが好きだったのです。特にここにいる動物たちとは仲良しだったので」


 旦那様が好きな事をしてもよいと言ったから、言葉通り好きな事をしただけなのだが、何かいけなかったかしら?よくわからないが、旦那様が頭を抱えている。


「アンネリア嬢、君の気持ちは分かったよ。でも、ここには君よりもずっと大きな動物も多い。万が一蹴られて怪我でもしたら大変だ。ここの掃除は、使用人に任せて欲しい。それから、君は動物が好きなのだね。それなら、お世話ではなく触れ合ったらいいよ。そうだ、乗馬を習うなんてどうだい?僕がしっかり教えてあげるから」


 乗馬か。夫人の中には、乗馬を楽しまれる方もいると、カレッサム伯爵夫人がおっしゃっていたわ。それに何より、楽しそうね。


「ぜひ乗馬を私にさせて下さい」

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