第42話 やっと完治しました

「奥様、怪我の方もすっかり良くなりましたね。もう大丈夫ですよ。ただ、傷口が深かったせいか、痕が残ってしまっております。そちらのケアの方を、これからは行っていきましょう」


 怪我をしてから早3ヶ月。やっとお医者様から、完治したとのお墨付きを頂いた。


「傷痕の方のケアは、大丈夫ですわ。人様に見せる体でもありませんし」


 別に痕が残っていても、特に問題がない。そう思っていたのだが…


「何をいっているのだい?大丈夫な訳がないだろう。出来るだけ傷痕が目立たない様に、引き続き治療を行ってくれ」


「承知いたしました。それでは私はこれで」


 旦那様がすかさず話に入って来たのだ。どうやら私がキャサリン様に刺された事を、未だに気にしていらっしゃる様だ。そんなに気にしなくてもよいのだが…


「旦那様、奥様のお怪我も完治した事ですし、そろそろ本格的にダンスの練習をと考えております。よろしいですね」


 近くに控えていた私の教育係の先生でもある、カレッサム伯爵夫人がものすごい勢いで旦那様に迫っている。どうやら旦那様が、怪我が完治するまでダンスの練習は禁止していたらしい。


 とはいえ、旦那様がいないところで、ステップの練習は何度もしていたのは、もちろん内緒だ。カレッサム伯爵夫人のお陰で、私はそれなりの貴族になりつつある。


 夫人からも“もうどこに出ても恥ずかしくないくらいの、貴族夫人にはなっている”と、お墨付きを頂いている。ただ、ダンスはまだ本格的に踊っていないため、夜会などへの参加は不安が残るのだ。


 夫人と言えば、社交界への参加が最大の仕事と言っても過言ではない。でも私は、旦那様の元に嫁いで、もうすぐ半年になろうとしているが、まだ夫人の仕事でもある社交界に一度も顔を出していないのだ。


 どうやら旦那様お1人で、夜会などに参加していると、お母様から聞いた。旦那様からは、毎月沢山のお手当てを頂いているのに、妻の最大の仕事をこなせていないなんて、申し訳なさすぎる。


 一国も早くダンスを覚えて、旦那様のお役に立たないと。


「ダンスの練習か…怪我も完治したし、行っても構わないよ。ただし、パートナーは僕が相手になるよ。アンネリア嬢は、僕以外の人間とは踊らないし。僕以外と練習をしても意味がないだろう」


 どうやら旦那様がお相手になって下さるそうだ。その上、旦那様以外の方とは、踊る事はないらしい。それは初耳だわ。


「侯爵様、何を訳の分からない事をおっしゃっているのですか?社交界では、たとえ既婚者であっても、誘われれば他の殿方と踊る事もあるのです。アンネリア様は今まで、ダンスを踊られた事がないとの事。ただでさえ、ハンデがあるのです。色々な殿方と踊って、経験を積んだ方がよいのですよ」


「いいや、アンネリア嬢は僕以外とは、踊る必要はない。彼女は僕の妻だ。とにかく、僕以外の男と踊るのは禁止だ。いいね、アンネリア嬢。これは夫でもある僕との約束だ。分かったね」


 なぜか私に詰め寄って来る旦那様。よくわからないが、旦那様が駄目だという事はやってはダメなのだろう。そう夫人が言っていた。


「分かりましたわ」


 そう笑顔で答えておいた。


「それじゃあ、僕は王宮に向かわなくてはいけなくてね。出来るだけすぐに帰って来るから。いいかい?使用人だろうと、男と踊ってはいけないよ。夫人、くれぐれも無理をさせないで下さいね」


 足早に去っていく旦那様を、笑顔で見送った。


「侯爵様はアンネリア様の事になると、途端にどうしようもない人になりますね。アンネリア様、たとえ夫の言う事であっても、理不尽な要求に応じる必要はありません。私たち夫人は、夫の言いなりになるためにいる訳ではありませんから。これだけは譲れない事や、明らかに夫が世間一般から離れている事を言っている時は、しっかり反論してくださいね」


「分かりましたわ、夫人」


「それでは、早速ダンスのレッスンを始めましょう」


 何でもかんでも旦那様の言う事を聞かなくてもいいらしい。おかしい事を言っていたら、正してあげる事も、夫人の大切な仕事だと、カレッサム伯爵夫人がおっしゃっていた。


 間違った事を正してあげるか、夫人とはとても大切なお仕事なのね。そういえばお母様も、よくお父様に意見していたわ。家のお父様は、どちらかというとのんびりしていて、お人好しなのだ。


 しっかり者のお母様が、お父様を支えていると言った感じがした。とはいえ、旦那様は優秀だし、私が指摘する事はないかもしれないが…


 そんな事を考えながら、その日からダンスレッスンに励んだ。結局旦那様がいない間は、貴族出身の男性の使用人にダンスの相手をしてもらう事もある。


 夫人曰く、夜会では他の殿方とも踊るため、色々な殿方とダンスを踊っておいた方がよいらしい。旦那様との約束を無下にする様でなんだか申し訳ないが、カレッサム伯爵夫人がそう言っているのだから、間違いないのだろう。

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