第12話 想像以上に酷い~アレグサンダー視点~

「あれ、キャサリンとアンネリア嬢じゃないか?アンネリア嬢、昨日も思ったのだが、どうして君がメイドの格好をしているのだい?それに、随分汚れている様だけれど」


 何くわぬ顔で、2人の前に現れた。


「どうしてアレグサンダーがここに?お仕事ではなかったの?」


「ああ、さっき帰ってきたのだよ。久しぶりに愛馬を見に来たのだが、まさか2人がここにいるだなんて驚きだな。それよりアンネリア嬢、随分と汚れているね。もしかして、小屋の掃除をしていたのかい?侯爵夫人の君が小屋の掃除を?」


 アンネリア嬢は確かにお飾りの妻だが、僕は使用人の様な仕事をしろとは命じてはいないのだ。


「あの…申し訳ございません。私は侯爵様から多大なる援助を受けている身です。ですので、何かお役に立ちたいと考え、自分の意思でお手伝いをしていただけですので。それでは、邪魔者は失礼いたします」


 ペコリと頭を下げると、急ぎ足で去っていくアンネリア嬢。待って!


 そう言って追いかけたい気持ちを必死に抑えた。今彼女を追うのは、得策ではないだろう。そう考えたのだ。


「アレグサンダー、あの人、少し変わっているのよ。ここ数日、急にメイドごっこを始めて。本当に変わっているわよね。とにかく、あの人は好き勝手やっているみたいだから、気にしなくていいわよ」


「そうなんだね、分かったよ」


 好き勝手やっているのは、君だろう?そう言いたいのを必死に抑え、笑顔を作った。


「それじゃあ僕は、まだやらなければいけない仕事が残っているから、部屋に行くよ。キャサリン、すまないがしばらくは忙しくなりそうでね。書斎にこもって作業をしないといけなくなりそうだから、しばらくは別々で寝よう」


「まあ、そうなのね。寂しいけれど、仕方がないわ。早く仕事を終わらせて、一緒に過ごしましょうね」


 にっこり微笑むキャサリンに、僕も笑顔で返した。もう二度と、君と一緒に寝る事はないがね。そう心の中で、呟きながら…


 キャサリンと別れた後、再びアンネリア嬢を観察する。どうやら一度着替えて来たのか、今度は屋敷に飾ってある装飾品を丁寧に磨きだしたのだ。根気よく丁寧に磨いていくアンネリア嬢。相当神経を使っているのだろう。


 汗がしたたり落ちている。夕食も食べずに、こんなにも働かされているだなんて…


 夜遅く、やっと仕事が終わった様で、部屋に向かう様だ。でも向かった先は、僕が準備した部屋ではなく、使用人たちが物置として使っていた部屋だ。まさかこんな狭くて汚い部屋で、生活をさせているのか?


 どこまで酷い扱いを受けているのだ!


 こんなにひどい仕打ちをされているのに、文句ひとつ言わずに、笑顔で作業をしているだなんて…その上、自分を犠牲にしてまで友人のメイドを助ける優しさと強さを持っている。


 アンネリア嬢…


 彼女の事を考えただけで、胸がぎゅっと締め付けられる。


 翌日も、そのまた翌日も、僕はキャサリンとアンネリア嬢を観察し続けた。1日見ただけで判断するのは良くないと思ったのだ。結局2週間観察した結果、やはりキャサリンは使用人たちに暴言を吐き、やりたい放題。


 そしてアンネリア嬢は、キャサリンに酷い仕打ちを受けながらも、笑顔で働いていた。時にメイドたちを庇いながら…その姿は本当に美しく、いつしかアンネリア嬢から目が離せなくなってしまうほどに…


 それと同時に、キャサリンへの怒りも増していく。これ以上あの女の好き勝手にはさせない!それになりよりも、アンネリア嬢に辛い思いをさせたくはない。


 これ以上、彼女に酷い仕打ちを受けさせるわけにはいかない。それにキャサリン、あの女、僕の屋敷で好き勝手して!


「ガウン、今すぐメイド長・料理長・執事長など主要な使用人たちを僕の部屋に集めてくれ!今すぐだ!」


「はい、かしこまりました」


 僕の指示で、主要な使用人たちが集まって来た。


「メイド長、一体どういうことだ。この2週間、アンネリア嬢を観察していたが、メイド以下の生活を強いられているではないか。僕はアンネリア嬢には、侯爵夫人として暮らすようにと、指示を出したはずだ。それなのに、どうなっているのだ!」


 やって来たメイド長に詰め寄った。すると


「確かに旦那様からはそう伺っておりました。ですが…キャサリン様が“アンネリア様にはメイド以下の生活をさせろ”との指示でしたので…」


「キャサリンの指示で動いたのか?この家の主は僕だぞ!どうしてキャサリンの言う事を聞くのだ!」


「それは…旦那様が“この家で一番偉いのはキャサリンだ。キャサリンが言う事が全て。僕はキャサリンに全権限を与えている”とおっしゃられたからで…」


 言いにくそうにそう言ったメイド長。確かに僕は、使用人たちにその様な事を言ったが…


「そうか…確かに僕がそう言ったな…それじゃあ、最近使用人たちが相次いで辞めて行ったのは、キャサリンの指示か?」


「はい、そうでございます。キャサリン様は、気に入らないメイドたちを、次々とクビになさるのです。そのせいで、メイドたちは常に怯えております。正直、キャサリン様がこのままこの家に君臨しているのでしたら、私はこの仕事を辞めさせていただこうと考えているくらいです!」


 僕の目を真っすぐ見つめ、メイド長がそう告げたのだ。その瞳からは、怒りすら感じられる。きっとキャサリンの傍若無人っぷりに、さすがのメイド長も、我慢の限界がきているのだろう。

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家族の為に嫁いだのですが…いつの間にか旦那様に溺愛されていました @karamimi

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