第11話 僕の目は節穴だ~アレグサンダー視点~
「アレグサンダー、早く帰って来るなら、そう言ってくれたらよかったのに。お腹が空いているでしょう?一緒に夕食を食べましょう」
「すまない…実はちょっと荷物を取りに来ただけなんだ。すぐにまた、仕事に戻らないといけない」
「まあ、そうなのね。それは仕方ないわね。それじゃあ、お仕事し頑張ってね」
以前の僕なら、大好きだった彼女の笑顔。でも…今の僕には、作り笑いを浮かべた嫌悪感しかわかない顔にしか見えない。
とにかく今は、キャサリンから距離を置きたい。そんな思いで、急いで屋敷を出たのだ。
「旦那様、大丈夫ですか?馬車の中にいても仕方がありません。一度屋敷に戻りましょう」
「いいや…屋敷にはキャサリンがいる…正直今、キャサリンには会いたくはない。それよりも…」
真っすぐガウンを見つめた。そして…
「一体どういうことだ?どうしてアンネリア嬢が、メイドの衣装を着てキャサリンに跪いていたのだ?彼女は侯爵夫人として、悠々自適な暮らしを送っていたのではないのか?」
「私も何が何だかさっぱり…」
僕の専属執事、ガウンに問いかけるが、首をかしげるばかり。
「でも実際そうだろう?そうで無かったら、どうしてアンネリア嬢がメイドの服を着て、キャサリンの事を“奥様”と呼んでいたのだ?おかしいだろう?それにしても、あの優しくて穏やかなキャサリンが、あんな風になるだなんて…これは夢なのか?」
「落ち着いて下さい。旦那様は今、頭が混乱していらっしゃるのでしょう。それでしたら、旦那様の目で、真実を見てみてはいかがですか?」
「僕の目で、真実をかい?そうだな…分かったよ。とにかく一度僕の目で、真実を見てみる事にするよ」
翌日、僕はこっそりと屋敷の様子を見る事にした。すると、朝早くから仕事に励むアンネリア嬢の姿が。やはりアンネリア嬢は、メイドとして働かされていたのか…
そして昨日助けたメイドは、彼女の友人の様だ。お礼を言う彼女に、笑顔で気にする事はないと伝えるアンネリア嬢。なんて優しい女性なんだ…
朝早くから動き回るアンネリア嬢。せめて美味しいものを食べているのだろう、そう思っていたが…
「どうしてアンネリア嬢の食事が、あんな固そうなパンとスープだけなんだ!あんなんじゃあ、力が出ないだろう!」
何と、アンネリア嬢の食事は、見た事のないほど固そうなパンとスープのみ。囚人でももっといいものを食べているだろうに。
怒りから近くにいた料理人を問い詰めると
「申し訳ございません。奥様の指示で…」
「奥様だと?奥様はアンネリア嬢の事だろう?」
「いえ、キャサリン様でございます」
なんと、アンネリア嬢にあんな酷い食事を与えるよう指示していたのは、キャサリンだったのだ。
そんなキャサリンはというと…
昼間っから宝石商とデザイナーを呼びつけ、贅沢三昧。さらに気に入らないことがあると、使用人たちを怒鳴りつけ、すぐにクビにすると叫んでいた。時には物を投げつけ、怪我をする使用人までいる始末。
「何てことだ…あんな恐ろしい女だっただなんて…」
どんどんキャサリンに対する嫌悪感が増していく。
そんな中、アンネリア嬢はというと、モクモクと働いていた。可哀そうに、あんなにこき使われて…でも、なぜかとても嬉しそうに仕事をこなしているのだ。アンネリア嬢がいるだけで、周りも自然と明るくなる。
アンネリア嬢が笑うと、皆も笑う。まるで太陽の様な女性なのだ。そんなアンネリア嬢は、他の皆が夕食を食べている間も、1人もくもくと飼育小屋の掃除をしていた。飼育小屋なんて、臭いもきついし体力はいるし、とても女性にさせる仕事ではない。
きっとこの仕事も、キャサリンにさせられているのだろう。貴族令嬢でもある彼女が、こんな仕事をさせられているだなんて…
ただ、当のアンネリア嬢はというと
「皆、今日も綺麗になったわよ。沢山食べてね」
動物たちに声をかけながら、嬉しそうにお世話をしていた。アンネリア嬢の優しさが分かるのか、動物たちも随分とアンネリア嬢に懐いている様だ。
泥だらけになりながら、一通り仕事が終わったアンネリア嬢。この後夕食を食べるのか?そう思っていたのだが…
「今日もすっかり暗くなってしまったわ。また夕食はお預けね。でも、一食くらい食べなくても、死にはしないわね」
そう言って笑っていたのだ。
何だって?あんな重労働をして、夕食は抜きだって。朝や昼だって、ろくに食べていないのに…よく見たら2ヶ月前に見た時よりも、やつれている様な気がする。
まさかこんな酷い生活をさせられていただなんて…それなのに、僕に文句ひとつ言わずに、ずっと働いていただなんて…
その時だった。
「やっと飼育小屋の掃除が終わったのね。それにしてもあなた、汚らわしいわね。よくそれで、お飾りとはいえアレグサンダーの妻をやっていられるわね。本当に汚らわしいわ」
アンネリア嬢の前に現れたのは、キャサリンだ。鼻を抑えながら、アンネリア嬢を睨みつけている。なんて女だ!汚らわしいのはお前の方だ。
でも…
こんな女に惚れた僕は、もっと汚らわしい…
僕の目は節穴だ…
こんな女にうつつを抜かしていただなんて…
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