第10話 あれが僕が愛したキャサリンだと?~アレグサンダー視点~

 彼女が嫁いできた日、僕は仕事が忙しく、キャサリンに出迎えを依頼した。正直平民のキャサリンが、貴族のアンネリア嬢に酷い事をされないか心配だったが、本人が自分に任せて欲しいというので、任せる事にしたのだが…


「アレグサンダー、ごめんなさい。やはり平民の私では、アンネリア様を満足できなかったみたいで。“平民の女に出迎えられるだなんて、不愉快だわ”そう怒鳴られて…それで、お部屋から出てこなくなられて…」


 僕が帰ってくるなり、涙ながらに訴えるキャサリン。僕の可愛いキャサリンに、暴言を吐くだなんて…やっぱりあの女も、貴族令嬢だったのだな。


「キャサリン、嫌な思いをさせてごめんね。今すぐアンネリア嬢に抗議をしてくるから」


 僕は早速アンネリア嬢の部屋を訪ねて、文句を言おうとしたのだが…


「待って、アレグサンダー。私は大丈夫だから。きっと平民でもある私があなたに愛されていることが、気に入らないだけなのよ。とにかく今は、1人にさせてあげて。あなたも彼女には会わない方がいいわ」


 優しいキャサリン、あろう事かあんな女を庇うだなんて…


「わかったよ、もし万が一何かされたら、すぐに僕に報告して欲しい。僕が彼女に強く抗議をしに行くから」


「ええ、分かったわ。ありがとう、アレグサンダー」


 嬉しそうに僕に寄り添うキャサリン。彼女の為にも、早くキャサリンとの子供をつくらないと。そしてさっさとあの女を追い出そう。


 ただアンネリア嬢は、ほとんど部屋から出てこない様で、特にキャサリンに何かをする事はなかった。僕もアンネリア嬢に会う事もなく、2ヶ月が過ぎようとした時だった。


 この日は急遽早く仕事が終わったため、急いで家に帰ってきた。キャサリン、僕が早く帰ってきたら、どんなに喜ぶか。


 キャサリンの喜ぶ顔を想像しただけで、笑みがこぼれる。


 足取り軽やかに屋敷に入った時だった。


「ふざけないで頂戴!私の大切なドレスを汚したくせに、タダで済むと思っているの?あなたにはこのドレス代はもちろん、私に嫌な思いをさせたことによる慰謝料を請求させてもらうわ。もちろん、クビよ。このドレス、高いのよ」


 ん?この声は、キャサリン?


 声の方に向かうと、顔を真っ赤にしてメイドに怒鳴りつけているキャサリンの姿が。彼女の前には、頭を床にこすりつけ、謝るメイドの姿。


 必死に許しを乞うメイドに、酷い暴言を吐くキャサリン。


 これは夢か?あの優しくて穏やかなキャサリンが、メイドにあんな酷い暴言を吐くだなんて…


 今のキャサリンの姿は、僕が大嫌いな貴族令嬢の姿そのものだ…どうしてキャサリンが…


 あまりのショックに、その場を後づさってしまった時だった。1人のメイドが、2人の元に駆け寄って来たのだ。


 そして


「奥様、どうかお許しください。お願いです、リアナをクビにしないで下さい。お願いします」


 頭を必死に床にこすりつけ、謝罪するメイド。きっと仲間のメイドを助けようと、駆け寄ってきたのだろう。なんて優しいメイドなのだろう。そんなメイドに向かってあろう事かキャサリンは、優しいメイドに肩代わりしろと言い出したのだ。


 醜い笑みを浮かべたキャサリンを見た瞬間、一気に血の気が引いた。あの女は、一体誰なのだ?僕はあんな恐ろしい女を愛していたのか?僕が一番嫌いな、貴族令嬢と…いいや、それ以上に酷い女じゃないか…


 そもそも、どうしてキャサリンはそんなに怒っているのだ。ドレスが汚れたと言っていたが、裾が少し汚れているだけじゃないか。それにあのドレスは、僕が買ってあげたものだ。それなのに、慰謝料とドレス代を請求するだなんて…


 その上、あんなに簡単にメイドをクビにするだなんて…最近立て続けにメイドが辞めて行ったが、もしかしてキャサリンがクビにしていたのか?


 僕が混乱しているうちに、後からやって来たメイドが、自分が辞めると言い出したのだ。


 その時だった。


 最初に酷い暴言を吐かれていたメイドが、あり得ない名前を口にしたのだ。


 そう、彼女は“アンネリア”と口にしたのだ。


 アンネリアだって?どうしてメイドが、アンネリア嬢の名前を?それも呼び捨てで?


 恐る恐る近づくと、後からやって来たメイドはなんと、アンネリア嬢だったのだ。どうしてアンネリア嬢が、メイドの衣装を着て、キャサリンに頭を下げているのだ?一体何が起こっているのだ?


 何が何だかわからない僕を他所に、キャサリンはアンネリア嬢に家を出ていくように命じている。なんて事だ、とにかく止めないと!


 そう思い、急いで2人の前に姿を現した。


 すると、今まで鬼のような顔で暴言を吐いていたキャサリンが、一気に笑顔を作りすり寄って来たのだ。その瞬間、背筋が凍り付くのを感じた。この感覚、間違いない。貴族令嬢が僕に近づいた時に感じる悪寒と同じだ。


 無意識にキャサリンから遠ざかろうとする自分の体を、必死に堪えた。とにかく、この場をおさめにと。そんな思いで、アンネリア嬢に出ていく必要はないと告げた。


 すると、嬉しそうにお礼を言い去っていくアンネリア嬢。どうしてあんなに嬉しそうな顔をするのだろう。彼女はキャサリンから、酷い目に遭わされていたはずなのに…

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