第9話 なぜこんな事になっているのだ?~アレグサンダー視点~

「一体どういうことだ?どうしてアンネリア嬢が、メイドの衣装を着てキャサリンに跪いていたのだ?彼女は侯爵夫人として、悠々自適な暮らしを送っていたのではないのか?」


「私も何が何だかさっぱり…」


 僕の専属執事、ガウンに問いかけるが、首をかしげるばかり。


 アンネリア嬢と正式に結婚したのは、2ヶ月前。この2ヶ月、一度もアンネリア嬢の姿を見かけなかった。キャサリン曰く、アンネリア嬢は、人とのかかわりを拒み、部屋に閉じこもっているとの事。


 キャサリンが何度も気を使って話しかけても


 “平民になんて関わりたくもないわ”


 と言って、全く取り合ってくれなかったと話していた。キャサリンは誰にでも優しく、綺麗で本当に魅力的な女性だ。彼女がそう言うのならそうなのだろう、そう思い、あえて僕は、アンネリア嬢に会いに行く事をしなかった。


 でも…


 たまたま早く帰ってきた僕は、見てしまったのだ。アンネリア嬢に酷い暴言を吐き、屋敷から追い出そうとしているところを。その時のキャサリンの顔は、僕の大嫌いな貴族令嬢たちの顔にそっくりだった。


 そう、僕は貴族令嬢が大嫌いだ。


 ふと昔の事を思い出す。


 子供の頃からなぜか僕は、令嬢たちにモテた。自分で言うのも何だが、無駄に整った顔立ち、勉学や武術に優れ、その上侯爵家の嫡男とあって、ありとあらゆる令嬢たちが僕の気を引くため、ねこなで声ですり寄って来るのだ。


 でも彼女たちは、僕の見ていないところで、激しい罵り合いを繰り広げていたのだ。顔をゆがめ、相手の悪口を言っている姿は、本当に醜かった。ある時は、使用人に暴言を吐いている姿を目撃した時は、虫唾が走ったものだ。


 そんなあいつらは、宝石とドレス、人の悪口にしか興味がないのだ。僕は子供の頃から、令嬢たちの醜い姿を見せられたせいで、すっかり令嬢嫌いになってしまった。


 正直僕は、令嬢なんかと結婚したくはない。いっその事、幼馴染で王太子のルークの為に人生を捧げるというていで、一生独身を貫くのもいいだろう。なんて事も考えていた。


 でも…僕が18歳の時、父上が事故で命を落としたのだ。母上は父上を亡くしたショックから、領地で生活する様になった。独りぼっちになった僕だったが、寂しいなんて言っていられない。急遽継いだ侯爵家を守って行かないといけないのだから。


 僕は立派な侯爵になるため、血のにじむ様な努力を重ねた。さらに侯爵の仕事をこなす傍ら、王太子でもあるルークの右腕としても働いた。


 そのお陰で僕は、誰もが認める立派な侯爵になったのだ。


 そんな僕に、母上はもちろん、周りも縁談を進めてきた。とてもではないが、貴族令嬢なんかとは結婚できない。でも、僕は侯爵だ、いずれ誰かと結婚して、跡継ぎを作らないといけない。


 そんな葛藤に苦しんでいた時に出会ったのが、キャサリンだった。たまたま平民の暮らしを知るために立ち寄った食堂で働いていたのが、キャサリンだ。誰にでも優しく明るい彼女に、僕はすぐに惹かれた。


 キャサリンも僕の事を好いてくれたこともあり、彼女を侯爵家に招き入れたのだ。彼女となら幸せな家庭を作れる、彼女と結婚したい、そう思っていたのだが…


 “平民と貴族が結婚する事は出来ない!”


 と、周囲の人間から猛烈な反対にあったのだ。いつも僕の気持ちを尊重してくれる、ルークですら難色を示す始末。


 でも僕は、キャサリンしかいないんだ。何とかキャサリンと結婚したい!


 考えて考えて考え抜いた結果が、どこか適当な貴族をお飾りの妻として娶り、キャサリンが産んだ子供を僕とその女の子供にすればいい。そして女には、子供が出来た後に離縁し、キャサリンと2人で育てればいい。


 自分でもびっくりする程、身勝手な提案を思いついたのだ。


 早速お飾りの妻を探したが、そんな都合の良い話に乗っかってくれる貴族などいる訳がない。自分が愛される事もなく、さらに愛人に子供が出来たら、お役目御免で捨てられるのだから…


 そんな中、僕はある家に目を付けた。そう、ファレソン伯爵家だ。あの家は貴族世界での評判も悪く、没落寸前の貴族。


 ここの家の娘なら、この条件を飲んでくれるかもしれない。そもそも、貴族世界でも評判が悪い家の貴族だ。多少酷い事をしても、大丈夫だろう。そんな気持ちでファレソン伯爵家に足を運んだのだが…


 予想外に抵抗された。


 どうやらファレソン伯爵は、巷で噂されている様な酷い男ではない様だ。それどころか、“娘を売るくらいなら平民になった方がマシだ“そう言い切ったのだ。


 ただ、当のアンネリア嬢は、家族の為に僕の元に嫁ぐことを了承してくれたのだ。“自分は元々結婚に興味がなかったら、気にしないで欲しい”


 そう気丈に振舞うアンネリア嬢。彼女の姿は、今まで見た貴族令嬢とは全く異なるものだった。本当に僕は、この子を利用してもよいのだろうか…


 僕の心に動揺が広がる。その時だった。キャサリンの嬉しそうな顔が、脳裏によぎったのだ。


 そうだ、僕は愛するキャサリンの為に、彼女を利用すると決めたのだ。彼女だって、こんな貧乏な生活をするよりも、侯爵家で悠々自適な暮らしをした方が幸せだろう。


 早速僕とアンネリア嬢は、正式に結婚する事になった。こちらの我が儘で結婚してもらうのだから、ファレソン伯爵家には、借金返済分のお金とは別に、かなりの額を渡すことにした。


 そしてアンネリア嬢には、我が家で不自由なく暮らせるように、立派な部屋とメイドを5人付ける事にしたのだ。部屋にはドレスや宝石を、これでもかと言わんばかりに準備させた。


 ここまでしたのだ。きっとアンネリア嬢も、快適に暮らしてくれるはず…そう思っていたのに…

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