第7話 大切な人を傷つけないで下さい
ふと空を見上げた。雲一つない真っ青な空が、広がっている。お父様やお母様、元気にしているかしら?アランは無理をしていないかしら?つい家族の事を考えてしまう。
「アンネリア、あなた今、家族の事を考えていたでしょう?」
「どうしてわかったの?」
「私もね、辛いときや悲しいとき、家族の事を思いだした時は、空を見上げるから」
「あら、私もそうよ。私は14歳でこのお屋敷に来てから、一度も実家には帰ってなくて。目標金額を貯めるまでは、絶対に実家には帰らないと決めているの」
「あら、奇遇ね。私もよ。どんなに辛くても、目標金額を貯めるまでは、石にしがみついてでもここで頑張るつもり。そう決意して、ここに来たから。だから、何が何でもクビになる訳にはいかないよね」
そう言って笑った2人。私と同じ歳の16歳の少女たちが、必死に働いているのだ。少しでも、彼女たちの力になれたらな…ついそんな事を考えてしまう。
「さあ、仕事に戻りましょう。あまり長く休憩をしていると、あの女に何を言われるか分からないわ。あの女は、人のあらさがしをするのが大好きな女だから」
「そうね、特にアンネリアは目を付けられている様だから、気を付けてね。あなた、ここに来てからずっと嫌がらせをされているでしょう?本当に酷い女だわ」
嫌がらせ?一体何の事だろう?
コテンと首をかしげる。
「もう、どこまで鈍いのよ。あなた、夕方1人で飼育小屋の掃除をさせられているじゃない。あんな仕事を、女性でもあるあなたにさせるだなんて」
「それに、あなただけ質素な食事だしね。あんな固いパンにスープだけでは、力が出ないでしょう?夜遅くまで働かされているし…あなた、いつか倒れてしまうのではなくって?」
確かに私は、奥様に命じられ、飼育小屋の掃除をしている。ただ、私は動物が好きだし、そこまで嫌ではない。それに食事だって、我が家にいた頃と大して変わらないし、何より食べさせてもらえるだけで有難いと思っていた。確かに仕事内容としてはハードだが、援助してもらっているのだ。
しっかり働かないといけないと思っている。
「とにかく、あなたは十分気を付けるのよ。それじゃあ、仕事に戻りましょう」
急いで仕事に戻り、午後の仕事もこなした。
そして、いつもの様に飼育小屋の掃除を終わらせる。
「あなた達は本当にいい子たちばかりね。それじゃあ、また明日も来るからね」
動物たちに声をかけ、小屋を出るとすっかり日が沈み、真っ暗だ。いけない、随分と時間がかかってしまったわね。晩御飯の時間には、間に合わなかったわ。まあ、一食くらい抜いても死にはしないし、何とかなるだろう。
急いで屋敷に戻ろうとした時だった。
「お許しください、奥様。どうかクビだけは…」
ん?この声は…
声の方に向かうと、そこには涙を流しながら許しを乞うリアナの姿と、そんなリアナを怖い顔で睨みつけている奥様の姿が。
「ふざけないで頂戴!私の大切なドレスを汚したくせに、タダで済むと思っているの?あなたにはこのドレス代はもちろん、私に嫌な思いをさせたことによる慰謝料を請求させてもらうわ。もちろん、クビよ。このドレス、高いのよ」
ニヤリと笑った奥様。
「そんな…」
なんて酷い事を…
いてもたってもいられず、すぐにリアナの元に駆けつけた。
「奥様、どうかお許しください。お願いです、リアナをクビにしないで下さい。お願いします」
リアナの傍に行き、必死に謝罪した。彼女の後ろには、幼い弟や妹がいるのだ。彼女がクビになったら、リアナの家族は一体どうなるの?
「それじゃあ、あなたが彼女の代わりに、この家を出ていく?それならそれでいいわよ。ドレス代も慰謝料も、あなたに請求してもいいわよ」
ニヤリと笑った奥様。私がこの家を出ていく?私の後ろにも、大切な家族がいる。もし私が家を追い出されたら。
でも…
リアナの顔を見たら、心が揺れる。
我が家は元々、没落寸前だったのだ。既に平民になる覚悟を決めていた。私が家に戻っても、何とか生きていける。でもリアナは?リアナの家族は…
お父様、お母様、アラン、ごめんなさい。
「分かりました、私がこの家を出ていきますわ」
真っすぐ奥様を見上げ、そう伝えた。
「アンネリア!」
「いいのよ、リアナ。あなたの後ろには、大切な家族がいるのでしょう?私は何とかなるから」
「でも、あなたにだって家族が…」
「メイドの分際で、ごちゃごちゃ言っているのではないわよ。あなたはもういいわ、さっさと消えなさい」
「…はい、失礼いたします」
まだ何か言いたげだったリアナが、足早に去って行った。よかった、これでリアナはクビにならずに済んだのね。
「あなたもそんなところに座っていないで、さっさと荷物をまとめて出て行きなさい。これでやっと目障りな女がいなくなるのね。せいせいするわ」
嬉しそうに奥様が笑っている。たった2ヶ月で追い出されるだなんて、情けない。
でも…
悔いも後悔もない。これでよかったのよ。
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