第6話 お友達が出来ました

「アンネリア、こっちもお願い」


「は~い」


 侯爵家にやって来て、早2ヶ月。すっかりこっちでの生活も慣れた。最初はなぜかあまり私に気を使って話しかけてこなかったメイドたちも、今ではすっかり仲良しだ。


 特に同じ歳のリアナとマーサとは、大の仲良し。彼女たちは平民で、幼い弟妹の為に、必死に働いているとの事。


 “貴族のお屋敷で働けるという事は、平民にとってとても名誉な事なのよ。厳しい面接や試験を突破して、やっと就職できるの。お給料もいいし、多少嫌な事があっても、皆必死に働いているのよ”


 そう教えてくれた。特にビュッファン侯爵家は名門貴族という事もあって、就職しようと思ってもなかなか出来ないらしい。だからこそ、彼女たちは毎日必死に働いているそうだ。


 彼女たちも家族の為に、必死に働いている。なんだか彼女たちに、親近感が湧いてくるのだ。


 他にも、幼い子供と奥さんを残して、出稼ぎでここで働いている人や、男爵令嬢だけれど、私と同じようにお金がなく、メイドとして働いている子もいるのだ。


 我が家は没落寸前で、非常に厳しい状況だと思っていたが、厳しいのは我が家だけではない事が、ここにきて分かった。私と同じような境遇の女の子たちが沢山いるこの場所で、仕事が出来る事は本当に幸せな事だ。


 伯爵家にいたら、絶対に知る事がなかった事実。正直奥様が懐妊したら、すぐにでも実家に帰りたい、そう思っていたが、侯爵様に頼んでこのままずっとこのお屋敷で働かせてもらえたら、なんて図々しい事を考えているくらいだ。


 とはいえ、私がこの屋敷にやって来てから、1度も侯爵様をお見掛けしていない。もちろん、侯爵様はこの家の主。毎日屋敷に帰って来ているのだろうが、生憎お顔を合わせる機会がないのだ。


「アンネリア、午前中の仕事も終わったし、一緒に休憩をしましょう」


 私に声をかけてきてくれたのは、リアナとマーサだ。中庭の木の下で、3人並んで座り、休憩をする。


「ねえ、知っている?また奥様を怒らせて、2人メイドがクビになった様よ。可哀そうにね。皆必死で勉強をして、試験を受けて、やっと侯爵家のメイドになれたというのに。あんなにも簡単にクビを切られたら、たまったもんじゃないわ」


「本当よね。1人のメイドなんて、泣いて訴えたそうよ。そりゃそうよね、皆後ろには、家族がいるのですもの。私達は家族の為に、必死に働いているのに」


「あの人も平民ならわからないのかしら?人をクビにするという事は、その人だけでなく、その後ろにいる家族をも、犠牲になるという事が」


 その人だけでなく、その後ろにいる家族をも、犠牲になる…


 その言葉が、胸に突き刺さる。そうよね、この子たちもここで働くメイドたちも、後ろに大切な人たちを抱えて、必死に働いているのよね。それなのに…


「ごめんなさい、私にもっと力があったら、奥様に意見できるのに…私はただのお飾りの妻だから、何もできなくて…」


 書類上は確かに私は、侯爵様の妻だ。でも、それは書類上だけの話。実際は私は何も意見する事も出来ない、それどころか、侯爵様と会う事すら出来ない女なのだ。


 もし私にもっと力があれば…彼女たちを守ってあげられるのに。


「アンネリア、そんな顔をしないで。伯爵令嬢という身分にも関わらず、私たちと同じようにこき使われているあなたの事も、皆不憫に思っているのよ。それにしても、侯爵様も罪よね。いくらアンネリアの家が貧しいからって、お金で買ってきたうえ、こんな酷い扱いをするだなんて」


「本当よね。あなた、少し優しすぎるのよ。はっきり侯爵様に文句を言っても、罰は当たらないわよ」


「2人ともありがとう。でも私は、こうやって2人とお友達になれただけでも、十分幸せよ。だってもしここに嫁いで来なかったら、あなた達とお友達になる事なんて、絶対できなかったのですもの。それに私、ここで働けてとても嬉しいのよ」


「もう、アンネリアったら」


「私ね、侯爵様との契約では、奥様が懐妊したら離縁して屋敷に戻される事になっているの。でも私、この仕事が好きだし、皆とも離れたくないし。もし奥様が懐妊しても、使用人として置いてもらえないか、旦那様に頼んでみようと思っているくらいよ」


「アンネリア、あなたって子は…私は、お金が貯まったらこんなお屋敷、出ていくつもりよ。だって、あんな高飛車で我が儘な女、ごめんよ。ねえ、アンネリア、もしあの女が懐妊したら、アンネリアは屋敷に戻るのでしょう?それなら、私を雇ってくれないかしら?」


「私もお願い。あんな女の下でこれ以上働くなんて、ごめんだわ。それにあなたは、伯爵令嬢なのでしょう?こんな扱いを受けているのに黙っている旦那様に、恩を感じる事はないわ。大きな顔をして、お金を受け取って実家に戻ったらいいのよ。ここにいても、いい事はないわよ」


「そうよ、そして私たちを雇って頂戴」


「もう、2人とも…うち、本当に貧乏なのよ。あなた達が思っている様な貴族じゃないのだから。でも…もし我が家が立て直しに成功したら、その時は、あなた達が家で働いてくれると嬉しいわ。あなた達が来てくれるのなら、私も実家に帰りたいし」


 さっきまでは、ここでずっと働きたい、そう思っていたけれど、彼女たちが我が家に来てくれるのなら、実家に帰りたいな…て、私ったら、どれだけ図々しい事を考えているのかしら?そもそも、我が家に使用人を雇えるだけのお金がある訳ないのに…


 それでも、つい夢見てしまうのだ。両親の傍にいて、大切なお友達に見守られながら過ごす日々を…

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