第5話 仕事は楽しいです

「遅いじゃない、着替えごときに、いつまでかかっているの?本当に、とろい女ね。それから、1つ言っておくわ。伯爵令嬢か何だか知らないけれど、あなたは私より下なの。どんな事があっても、私の言う事に逆らう事は許さないわ。それが嫌なら、今すぐ荷物をまとめて、出て行って頂戴」


 ギロリと睨み、そう吐き捨てる女性。


「承知いたしました。そもそも私は、侯爵様に我が家の借金を肩代わりして頂いた身。恩をお返しするため、目いっぱい働かせていただきますわ」


 侯爵様のお陰で、我が家の借金はなくなったのだ。その恩は、体でしっかり返さないと。


「そう…分かっているのならいいわ。それじゃあ、私の事は奥様と呼びなさい。分かったわね」


「はい、奥様」


 よくわからないが、どうやら気に入ってもらえたようだ。これからは、侯爵様や奥様に喜んでもらえる様に、一生懸命働こう。そう決意した。


「それじゃあ、さっさとこの部屋を掃除しなさい。それが終わったら、全ての部屋の窓ふきもするのよ。いい、あなた達使用人には、やる事が沢山あるの。しっかり働きなさいよ」


「はい、かしこまりました、奥様」


 早速掃除を開始する。実家でも、無駄に広い部屋を掃除していたのだ。この程度の掃除は、朝飯前。それに、体を動かすと、とても気持ちがいい。そんな思いで、一生懸命掃除をする。


 掃除が終わると、次は窓ふきだ。一つ一つ、丁寧に拭いていく。それにしても、広いお屋敷だ。拭いても拭いても終わらない。それでもなんとか掃除が終わった。


 掃除が終わると、今度は洗濯ものを取り込む手伝いを行う。他の使用人たちは本当に手際がいいわね。私も負けていられないわ。


 そんな思いで、必死に体を動かした。そうこうしているうちに、夜になり、晩御飯の時間だ。さすがに体を動かしたため、お腹がペコペコだ。


「あの、私の食事は…」


 食堂に行き、料理人に声をかける。すると


「あんたの食事はこれだよ」


 ポンと投げられたのは、パンとスープだ。


「まあ、美味しそうなスープとパンだこと。ありがとうございます、早速頂きますわ」


 伯爵家にいた時も、毎日パンとスープを食べていた。我が家のスープは具がほとんど入っていなかったけれど、ここのスープは野菜がたっぷり入っていて、とても美味しい。それにこの硬いパン、実家と同じ味だわ。この噛みごたえがあるのがよいのよね。


 なんて美味しいのかしら?やっぱり料理人が作ると、スープも美味しいのね。でも、家のお母様の作るスープも、美味しいけれどね。


「ごちそうさまでした、美味しいご夕食を、ありがとうございました」


「あ…ああ…」


 笑顔で挨拶をすると、なぜか戸惑った顔の料理人たち。一体どうしたのかしら?よくわからないが、まあいいか。


 夕食を頂いた後は、自室に戻り、眠る準備をする。今日はさすがに疲れたわ。でも、実家にいた頃の様に、体を動かせたから、なんだか体調も悪くないし。


 正直、何もすることがなくて退屈な日々を過ごすことになったらどうしようと思っていたけれど、そんな感じではなさそうでよかったわ。


 明日からも一生懸命働いて、侯爵様や奥様に恩返しをしよう。そんな事を考えながら、眠りについたのだった。



 そして翌日。

 この日も朝早くから起き、朝食を頂くと早速仕事を始めた。今日は洗濯からスタートだ。洗濯板を使って、ゴシゴシこすっていく。さすが侯爵家の洗濯板だ。少しこすっただけで、すぐに汚れが取れる。


 実家にあった洗濯板は、年季が入っていたせいか、しっかりこすってもなかなか汚れが落ちなかったのだ。


 ただ、量が多いため、洗濯も一苦労。それでもこうやって、朝から汗を流せるのは嬉しい。


「ねえ、あなた、伯爵令嬢なのでしょう?その…こんなメイドの様な仕事をさせられて、嫌じゃないの?」


「旦那様の妻として迎えられたのに、この様な仕打ちを受けて。可哀そうに…」


 近くにいたメイドたちが、心配そうな顔で話しかけてきたのだ。私と同い年くらいのメイドたち。


「私の事を心配して下さり、ありがとうございます。ですが私は、伯爵令嬢とは名ばかりの、没落寸前の貧乏令嬢だったのです。そんな我が家に援助をして下さったのが、侯爵様なのです。ですから私は、侯爵様の役に立てるなら、何でもいたしますわ。それに、掃除や洗濯は、実家でもしておりましたので。私、体を動かすのが好きなのです」


 そう伝えた。すると、メイドたちはお互いの顔を見合わせて


「あなた、随分と変わっているのね。貴族令嬢なんて、皆高飛車で嫌な人たちばかりと思っていたのに」


 そう言って笑い出したのだ。


「まあ、平民でもあの人の様に、高飛車で我が儘な女もいるけれどね」


「しっ!もしあの人に聞かれたら、大変な事になるわよ」


「そうね、あなたも、あの女には気を付けた方がいいわよ。我が儘で傲慢で、本当に嫌な女なの。とにかく、気に入らないとすぐにメイドたちをクビにするの。あの女が来てから、何人の使用人たちが辞めさせられたか」


「あの女とは、奥様の事ですか?」


「何が奥様よ。本当に旦那様は、見る目がなさすぎるわ。あんな女に惚れるのですから…て、ごめんなさい。今の話は内緒にしておいて。それじゃあ」


 なぜか急ぎ足で去っていくメイドたち。確かに少し横柄な態度だった気がするが、そこまで悪い人ではない気がする。その証拠に、こんなに立派なメイド服も準備してくださったし、食事も与えて下さっているし。


 私は正直、貴族令嬢と関わった事がないからわからないが、どうやら皆あんな感じらしい。そう考えると、私はきっと貴族として生きるよりも、使用人として生きる方があっているのかもしれない。


 とにかく今の私に出来る事をやろう。そんな思いで、仕事を再開させたのだった。

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