第3話 侯爵様の元に嫁ぎます

「ビュッファン侯爵様、両親もこう申しております。僕も姉を売ってまで、次期伯爵になんてなりたくはありません。どうかお引き取り下さい」


 さあ、出口はこちらです。そう言わんばかりに、アランが扉を開けたのだ。


 両親やアランの気持ちが、嬉しくてたまらない。私の為に、こんな風に侯爵様に反論してくれるのだから。


 私にとって、家族は宝物以外何物でもない。私も皆と同じように、大切な人を守りたい。だから私は…


 深呼吸をすると、真っすぐビュッファン侯爵様の方を見つめた。


「ビュッファン侯爵様、父と母、弟が無礼を働き、申し訳ございませんでした。あなた様のお話、私は引き受けたいと考えております。どうぞよろしくお願いします」


 すっと立ち上がり、ビュッファン侯爵様に深々と頭を下げた。


「それは本当かい?ありがとう」


 嬉しそうなビュッファン侯爵とは対照的に


「アンネリア、何を言っているのだい?私たちは君を売ってまで、伯爵家にしがみつくつもりはない」


「そうよ、アンネリア。いくらなんでも、こんな縁談を受け入れる必要はないのよ」


「姉上、考え直してください」


 家族は必死に止めに入って来たのだ。


 でも私の気持ちは、既に固まっている。


「お父様、お母様、アラン、私はもう覚悟はできております。確かに傍から見たら、酷い話かもしれません。ですが私は、元々殿方にも興味がありませんでしたし、特に私に何かを求める事はないと、侯爵様もおっしゃってくれております。それに、侯爵様の愛する方がご懐妊なされば、私はまた、家に帰ってくることが出来るのです。どうか、あまり深刻に考えないで下さい」


 そう、私は侯爵様の愛する方が妊娠するまでの間だけの、飾りの妻だ。


「だがアンネリア、この国では一度離縁した女性が、他の貴族に嫁ぐことは、ほぼ不可能な事だぞ。それがどういう意味か、分かっているのか?」


「ですからお父様、私は元々殿方に興味がないと、申し上げたでしょう?正直、一生独身でもよいと考えていたのです。それに考え方によっては、侯爵様と離縁した後は、ずっとお父様やお母様のお傍にいられるのです。そんな嬉しい事はありませんわ」


 我が国では一度結婚した場合、その後離縁をするとよほどのことがない限り、再婚は難しいと言われているのだ。その為、結婚相手には人一倍慎重になる。


 いくらビュッファン侯爵様が非常に優秀で、権力のある貴族だからと言っても、他に女性がおり、その女性が産んだ子供を次の跡取りにする事が決まっている縁談など、誰も引き受けないだろう。


 どの令嬢も、夫からは愛されたいし、自分が産んだ子供が次の当主になる事を望んでいるからだ。でも私は、何よりも今の家族を守りたい。それに何よりも、私は令息にも結婚にも興味がない。


 お手伝いの一環として、侯爵家に奉仕に行くと考えれば、何ら苦痛ではないのだ。その上借金も無くなり、侯爵様の愛する人が懐妊すれば、私はお役目御免。その後はずっと、大好きな両親の傍で、2人を支えられる。


 私にとっては、有難い話以外何物でもない。


「ファレソン伯爵、アンネリア嬢もそうおっしゃってくれておりますし、ぜひ彼女を僕の妻にして頂けないでしょうか」


「しかし…」


 まだ渋い顔のお父様。


「お父様、私の決意は変わりませんわ。たとえお父様が駄目だとおっしゃられても、私はビュッファン侯爵様の元にお嫁に行きます。お父様、よく考えてみてください。たとえ私たちが平民に落ちたとしても、あのアッグレム伯爵がそのまま私たちを見逃すとは思えませんわ。平民になっても、きっと嫌がらせをして来ると思います。平民になった私たちが、伯爵に歯向かえる訳がありません。最悪の場合…」


「アンネリア、恐ろしい事を言わないでくれ。でも…確かにアンネリアの言う通りだ。たとえ私たちが平民になっても、あいつは最後まで嫌がらせをして来るだろう…アンネリア、本当によいのかい?」


「ええ、覚悟は出来ておりますわ。ビュッファン侯爵様、不束者ではありますが、どうかよろしくお願いします」


「ありがとう、アンネリア嬢。それじゃあ、早速手配を進めていこう」


 嬉しそうに笑う侯爵様に対し、不安そうな顔の両親とアラン。その後とんとん拍子に話が進み、正式に私がビュッファン侯爵様の元に嫁ぐことが決まったのだった。

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