復讐の旅
三鹿ショート
復讐の旅
虐げられたことが原因で引きこもるようになってしまったという私の事情は、世間からすればありふれたものだろう。
それよりも憂慮すべき問題が、この世界にはごまんとある。
だが、本人にとっては、重大な問題なのだ。
しかし、現在は、その問題から別の問題へと目を向けなければならない事態と化していた。
数時間ほど前、何者かに噛みつかれたと顔を顰めながら帰宅した我が母親は、今では訳の分からぬ言葉を発しながら、私の部屋の扉を叩いている。
まさかと、私は思った。
だが、そのような問題が発生するわけがないと考えながら、恐る恐る窓から外の様子を窺ってみると、泣き叫ぶ人間の脚に噛みついて放さない存在や、既に動いていない人間の腹部に顔を埋めている存在などを目にしたことから、どうやら現実を受け入れなければならなくなったらしい。
部屋の内側に防壁を築くことで、扉の外からの侵入を防ぐことは可能だろうが、食料などを考えると、何時までもこの場所に留まっているわけにはいかないだろう。
いずれ、外に出る必要が生ずるに違いない。
近くにどのような店が存在していたかを思い出そうとしたところで、私はあることに気が付いた。
今では、誰がどのような行為に及ぼうとも責められることはない、無法地帯である。
それならば、私を虐げた人間に対してこの手で報復したとしても、問題は無いのではないだろうか。
私のような貧弱な人間は、遅かれ早かれ、外の連中と同類と化すのだ。
それならば、その前に、己の復讐に及んだ方が、後悔が生ずることは無いに違いない。
私は背負袋に必要なものを詰め込むと、窓を開け、周囲を窺いながら、自宅を飛び出した。
驚くほどに、他者の視線が気になることはなかった。
***
私を虐げていた人間の住所は、知っている。
徒歩のために時間はかかるが、確実にその場所へと向かっていた。
やがて、最も近い場所に住んでいる人間の家へと到着した。
開いていた窓から中に入ると、私は親切な人間を装い、立てこもっている人間のために食料を届けに来たと告げる。
数分後、恐る恐るといった様子で、一人の人間が顔を出した。
その顔を見た瞬間、私は汗が止まらなくなってしまった。
呼吸も激しくなり、手足は震え続けている。
そのような私の様子に気付いていないのか、相手は安堵したような様子を見せると、感謝の言葉を吐きながら近付いてきた。
私はなんとか身体を動かし、背負袋を床に置いた。
相手が中身を確認し始めたとき、私は手にしていた刃物で、その無防備な背中を刺した。
一度行動したことで緊張が解けたのか、痛みに叫ぶ相手に構わず、私は刃物を刺し続ける。
抵抗する力が無くなった相手は倒れたが、私が追撃の手を緩めることはない。
傷口に手を突っ込み、体内から取り出した臓物を壁に投げつけ、くり抜いた目玉を口内に押し込んでいく。
気が付いたときには、相手の肉体は複数と化していた。
荒い呼吸を繰り返しながら見下ろしていると、猛烈な吐き気に襲われたために、相手の身体めがけて嘔吐した。
壁に背中を預け、しばらく放心状態と化していたが、やがて私は、その場から立ち上がった。
一度、壁を越えたのならば、躊躇も無くなるだろう。
袖で口元を拭きながら、私はその家を後にした。
***
私を虐げていた人間を順調に屠っていき、残りはあと一人と化した。
家の中の扉を全て開けていき、やがて鍵がかかった部屋へと辿り着いた。
私は相手を気遣うような声色を作り、食料を届けに来たと告げる。
数分ほどが経過した頃、扉が開かれた。
それと同時に、私は扉を思い切り蹴飛ばした。
相手が尻餅をついている隙に距離を縮めると、逃亡することが困難と化すように、足を潰した。
悲鳴があがるが、それに構うことなく、私は相手の肉体に次々と傷を作っていく。
床が赤く染まった頃、襲ってきた人間が私だということに気が付くと、相手は涙を流しながら謝罪の言葉を吐いた。
日頃から他者を見下すような言動に及んでいた彼女らしからぬその様子に、私の口元は緩んでいた。
生命を奪わないのならばどのような行為にも及ぶと告げてきたために、私は彼女に向かって口を開いた。
「私が同じように助けを求めたとき、きみたちはどのような行為に及んだのか、忘れたのか」
そのことを思い出したのか、彼女は口を噤んだ。
私はわざとらしく笑みを浮かべると、彼女の腹部に金槌を振り下ろした。
***
背の高い建物の屋上から景色を眺めながら、私は酒を飲んでいた。
復讐の旅は終焉を迎えたが、清々しさなどといったものは、存在していなかった。
彼女たちを殺めることで、気が晴れるかと考えていたが、どうやら間違っていたらしい。
想像していたものとは異なる感情に、私は戸惑っていた。
では、他にはどのような解決策が存在していたのだろうか。
考えようとしたが、酒を飲んだ影響か、何も思いつかなかった。
そのとき、背後が騒々しくなったことに気付く。
建物の内部をうろついていた存在が、私に気が付いたのだろう。
迫り来る存在に手を振ると、私は屋上から飛び降りた。
次の世界では、この騒動は終焉を迎えているのだろうか。
もしも世界が元に戻っていたのならば、次なる私の人生が平平凡凡であることを祈るばかりである。
復讐の旅 三鹿ショート @mijikashort
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