翠玉の事件簿〜欠けた遺体の真実〜

第４話

　──翌日。

「じゃあな、アキム、ロドス。挙式当日、３日後だったな。そんとき、司祭を連れてくるから。こんな仕事、休暇だと思えばいい」

　７つ年上の騎士で、背に３枚の花弁を背負っているカインは、地面に這いつくばる僕の肩を力強く叩いた。

　カインは、僕とヴォルガの最後を少なからず知っている数少ない兄だ。そして、ロドスの同行を勝手に許してくれたのもカインになる。

「はぁ？　ロドスを置いてく気か？　連れてっていいって！　祝い事には、人数が多い方がいいっ！　ロドスなら、邪魔にもならんだろ？」

　お祭りじゃないんだから。

　心の中でカインに軽口を叩いたのがいけなかったのだろうか。

　慣れないペガサスの馬車に、僕の三半規管はボロボロだ。

　たまたま雷の雲があるポイントを通過しなければならず、登って落ちてを繰り返したのが一番効いた。

　カインは慣れているのか「意外とキツイな」とぼやいた程度で、顔色ひとつ変えていなかったが。

　僕はカインへの挨拶に手を持ちあげるので精一杯だが、その手に水筒が手渡される。

「８号のお茶だ。すっきりするぞ。またな」

　そう言って程なくしてペガサスの馬車は舞い上がった。

　それを見て、僕は再び吐き気をこらえる。

　揺れる座席が想像できてしまう。

　今ですら、地面が揺れている気がするほどだ。

「……しぬ」

　弱々しい雑な言葉しかでてこない。

「……早く慣れないと……」

　騎士団の基本の移動は、おおかたペガサスの馬車になる。

　騎士団員は遠方への派遣が大半のため、陸移動は少ないのだ。

　騎士見習いのときは、宿舎から遠くない場所での遠征参加だったため、ペガサスの馬車に乗る機会がなかったが、これからはずっとずっと回数が増えてくる。

　僕は深呼吸を繰り返していると、ロドスが肩を抱えて、木陰へと運んでくれる。

「ロドスがいっしょでよかったよぉ……」

　風が気持ちいい。夏らしい青臭い風が気分を落ち着けてくれる。

　しかしながら周りが騒がしい。

　村の外れに降ろしてもらったにも関わらず、わらわらと人が集まってきたようだ。

「若いバラ騎士だなぁ」

「ベナン様の倅の結婚式だろ？　まさか人形連れとは……」

「お前、背中みたか？」

「みたみた。３枚！」

「３枚！？　ウソだろ」

「ベナン様なんだから、３枚でも貫禄のある騎士がよかったなぁ」

　散々な言われようだが、ここまで言われれば逆に開き直れるというもの。

　僕は８号が淹れてくれた紅茶の水筒を飲み干し、ロドスの支えのなか、僕は立ち上がった。

　──ここは、シリトヴ村だ。

　この村から数キロ先の湖畔は貴族たちの避暑地になっており、豪華な別荘地はシリヴレンと呼ばれている。

　領主であるベナン辺境伯の屋敷は村の北側に位置しており、広い牧草地を隔ててあると記載されていた。

　ただ、村自体、他の都市部とそう違いがないほど賑やかなことに、僕は驚いていた。

　村の中心に向かって１５分も歩けば大通りがあり、広く整備された道沿いに、さまざまな商店が建ち並んでいる。

　村人以上に人の往路が絶えないのも珍しい。

　それこそ、貴族の馬車をはじめ、商人の馬車、運搬用のゴーレムも多く見かける。

「お、バラ騎士さん、お宿はあるかい？」

　大通りは商魂逞しい村人が多いのか、一歩、足を出すたびに声がかかる。

　僕はにへらと笑って、首を横に振りながら歩いていくが、煉瓦造りの建物同様に、道路も煉瓦で整備されて、とても歩きやすい。

　数々の露店も並び、食べ物はもちろん、飲み物、衣類、防具屋まである。

　だが、特に多いのが魔石商の露店だ。

　魔石は魔導人形を動かすのにも必要だし、ランプや料理など、火の替わりに使えるものでもある。

　また、貴族はもちろん、小金持ちの平民の間でも、魔導人形を携えているのがステータスになる。一人一体の魔導人形を保有している貴族もいるため、この魔石商の数も納得できる。

　露店を横目で流して歩いていると、花輪が目に入った。

　ベナン卿の銅像だ。

　今は亡き妻の肩を抱いた銅像で、丁寧に磨かれ、彼の首に花輪がかけられている。

　上官が“愛妻家”といっていたのも頷ける。

　だが、かれこれ５０年も前の話だ。

　現在、ベナン卿は７０代も後半。息子への代替わりを進めるため、今回の婚儀が行われることになったと見ていい。

　そんなベナン卿の逸話は絶えないが、息子のディルクに関しては、噂一つも書類に記載はなかった。

　露店を流し見ていると、妙な動きの男がいる。

　男の視線の先には、露店で石鹸を買う少女が。

　少女は後ろ姿しか見えないが、黒薔薇とレースがあしらわれたボンネットを被り、質の良いレースとフリルがふんだんにあしらわれた黒いワンピースドレスを着ており、少女の従者は女性一人、いや、メイド型の魔導人形がついている。

　侍女は少女の身長ほどの細長く重量感のある真っ赤な革鞄を抱え、少女のとなりにぴったりとついてはいるが、明らかに『狙ってくれ』と言わんばかりのコンビだ。

　二人の装いから見て、どこかの貴族の娘、あるいは金持ちの商人の娘か、なんにせよ、平民ではないのは間違いないからだ。

　僕はつい、舌打ちする。

　こういうとき連れて歩くのは執事型がいい。

　少なからず牽制になるし、男性相手でも人形の破損は免れないが、少なからず対応ができる。

　メイド型は執事型より安価な面、極端に強度がないのだ。

　少女に向かって男が走り出した。

　後ろを抜ける瞬間、侍女が持っていた真っ赤な革鞄をむしり取る。

　まるで蛇のように人の波をかわし、進んでいく男の姿を視線で追うが、彼の足取りに迷いはない。この辺りを生業にしているスリのようだ。

　すぐに人混みのない、暗く細い裏路地に入って行く。

「ロドス、彼女たちのエスコートを」

　僕がいうと、ロドスは二人のそばへ軽やかに駆けていく。

　ロドスを見送って、僕もつま先をトントンと地面に叩いた。

　ほぼ見失った男の姿だが、路地の中ならすぐに見つかるだろう。

　案の定、男は路地の片隅で、きらした息を整えようと立ち止まっている。

「急いでどこいくんですか？」

「ぎゃあぁっ！」

　彼の後ろに現れた僕に驚いたようだ。

　それもそうだ。

　魔力で反動をつけ、ここまで瞬時に移動してきたのだから。

　動体視力がいい人間でも、僕の動きを目で追うのはかなり難しい。

「化け物みたいに驚かなくても……」

　鞄を抱え直し、がむしゃらに走りだした男の前へ回り込むと、

「ひぇやっ」

　変な鳴き声をあげて、尻餅をつく。

　腰が抜けたのを見下ろし、一歩踏み出すと、

「どうきゃ、おたすけ！」

　口すら回らないのか。情けない。

　放り出した鞄を取り上げ、僕は男の肩を正面から握った。

　瞬間、男は細かい痙攣をし、白目をむいて気絶する。

「……え、うそ！？」

　電撃魔法が効きやすい体質だったようだ。

　首筋に指をあて、脈を見る。……生きてはいる。

「よかったぁ……」

　いきなり初仕事が殺人にならずに済んだとホッとしてると、「まあ！」可愛らしい声が。

「あなたのご主人は、聖騎士様だったのですね」

　こくりと頷いたロドスに、少女が軽やかな笑みを浮かべた。

　ロドスは僕から真っ赤な鞄を受け取り、メイド型の魔導人形へ手渡すと、僕の後ろについてくれる。

「感謝いたしますわ、騎士様」

　少女は優雅に黒いレースの手袋をはめた手で、漆黒のドレスをつまみ、お辞儀をした。

　ボンネットからさらりと銀髪が流れ、前を向き直した彼女は、まさしく、美少女だ。

　僕よりも少し年下のように思う。

　あどけない雰囲気とは真逆な妖艶な少女の唇に、僕の視線が固まる。

　彼女は夕日のような朱い瞳を僕に向けて、優しく微笑んだ。

「わたくし、騎士様にお会いできて光栄ですわ」

　少女の声に目が醒める。

　見惚れていたことに顔が赤くなる。いや、耳も熱い。

　僕も慌てて騎士らしく胸に手を当て、膝を軽く折り、頭を下げた。

「いえ、とんでもございません。お役に立てて光栄です、レディ」

「まあ、レディだなんて。大切な大切な妹たちを取り戻してくださり、なんとお礼を申したら……」

　少女が答えてすぐ、侍女の鞄の中から雨垂れのような、何かが鞄を叩く音がした。

　凝視する僕を無視し、少女は優しく鞄を撫でた。

「あらあら、騎士様が格好よかったのね。そうよね。無詠唱で魔力を発動されてたものね……」

　再び膝を軽くおり、僕へお礼のお辞儀をした彼女は、すっと音もなく僕の胸元に。

「わたくし、ミアと申します。覚えてくださいまし。次にお会いしたときに、お名前を伺いますわ、翠玉の騎士様（・・・・・）」

　少女は可憐な笑顔を振りまいて、魔導人形と共に足早に去って行った。

　しかし、翠玉、とは、一体──？

「碧薔薇の騎士殿、だいじょうぶですかっ！」

　村の警備兵が３名、駆け寄ってきた。

　誰かが呼んでくれたようだ。

　気絶した男を後ろ手にして待っていると、男の手首に束縛用のベルトが手早く巻かれる。

「ありがとうございます、碧薔薇の騎士殿」

「騎士殿、こいつ、スリと強盗で手配書中の男です。さすがですね！」

　次々にかけられる賞賛とお礼の言葉に、僕の心が躍ってしまう。

　人の役に立てたことが嬉しくなる自分の安さに、少し情けなく、少し安心もする。

　きっと、この男を捕まえるために僕は結婚式を任されたのだ。

　そう思える何かがあっただけ、この任務に意味が持てる。

　それぐらいの勝手な理由づけをしたっていいじゃないか。

「……はは」

　馬鹿らしい自分の想像に、情けない笑いがもれた。