第2話
任命式は簡単なものだった。
騎士団長から剣の授与と、司教からの祝福を与えられた。
たったそれだけで、僕は今日から騎士となり、初任務が与えられる。
この初任務が、今後の出世に大きく関わるもので、いくら3枚の花弁があろうとも、土台となる任務が底辺では、出世できないというのが騎士内で有名な話。
ヴォルガのように、初任務がサンド・ドラゴンの討伐、とまでは望まないが、せめて魔術戦闘が必要な任でなくては──
「アキム、辺境伯のベナン卿……、ほら、愛妻家で有名な、アイツ。その息子の挙式を担当しろ」
上官からの命に、僕は返事ができず、立ち尽くしていた。
となりにロドスがいたら、どれだけ心強かったか。
外で待たせてあるのが悔やまれる。この苛立ちと不安と絶望を共有できない。
老騎士を目指す自分にとって、このスタートは厳しすぎる。
任命式後に話した別の上官からは、首都に近いギギル樹林の守衛が妥当だという話を聞いていたのに。
「悪いな、アキム。若い騎士を希望でな。今年の騎士は、お前とライアンだからな」
「あの、ライアンは……」
「ライアンは、ギギル樹林にいってもらう。……まあ、そう睨むなよ」
親が資産家のライアンのことだ。上官の袖の下にいくら滑り込ませたのだろう。
実力があっても、資産もコネクションもない兄殺しの僕は、貧乏くじしか引けないのか……
「禊から挙式まで、魔力を使う儀式が無くなれば、騎士の出番もないんだが。国同士は和平を結ぶ意味もある、のは知ってるよな。まあ、若い頃はなんでも経験だ!」
笑う上官に、食いしばる歯が折れそうだ。
ふと、湯気の立つカップが差し出された。
8号と呼ばれている
「あ、ありがと」
受け取ると、130センチ程度の小柄な8号は、ただ丸い頭部を傾け、上官の机へと向かった。
今回は上官の部屋のお茶を運ぶ時刻に僕がいたことがあり、いっしょに運んできたのだろう。
そういったイレギュラーも、8号は問題なくこなしている。
ただ、彼女の後ろ姿はあまり優雅とはいえない。
色はくすみ、あったはずの頭髪も消え、ただ丸い灰色の頭部が晒されている。
まともな整備も受けていないためか、動きはぎこちない。
でも、少なからず彼女の動きには優しさがあると思う。
この上官よりも、ずっとだ。
8号は上官の机にカップを置いたが、球体関節の具合が悪いのかじゃぶりとお茶が揺れ、カップからこぼれたお茶に上官は舌打ちする。
「ったく。旧式はダメだな、アキム。……ああ、お前の人形も旧式か!」
くだらない。
8号はあくせくと茶を拭うが、上官は虫を手で払うようにお茶を下げさた。
横を過ぎていった8号を目で追いながら、僕はカップを胸元に抱え、いい茶葉の香りを大きく吸い込む。
「アキム、禊ぎの儀から挙式までわかるだろ?」
「……はい。一通り、儀式についても記憶しております……」
僕は答えながら、ため息を逃した。
戻された現実に、また絶望する。
鼻の奥でいい茶葉の香りがくすんでいく。
「4日後に婚儀を湖畔の別荘でするって話だ……ったんだが……」
積み上がった書類の束をめくっては閉じ、めくっては閉じ。
まるで時計の針のように、パタン、パタンとなる音が耳に刺さる。
早く任務を渡し、家に帰りたいのだ。
「あったあった。……えっと、婚儀は、シリヴレンじゃないか! お前知ってるか? 成金貴族の別荘地で、水の精霊が住むといわれるぐらい美しい場所らしいぞ? そこで禊、その後挙式、だな。嫁のリティンで披露宴となるが、お前は禊と挙式まで。夏のはじめの挙式はいいもんだ。景色が澄んでる。しかも、あのシリヴレンだしな! とっても優秀なお前の初仕事にしては簡単すぎて悪いがなぁ」
机の上に腹を垂らして渡された書類を僕は握った。
すぐに丸く禿げた後頭部が見える。
すぐに背を向けたのだ。
握る拳が熱い。
魔力を抑えようと深呼吸を繰り返す。
「出発は明朝8時。定期連絡は
見向きもせず、手で払われた。
受け取った場所が焦げているのに気づき、慌てて胸に抱え込み、会釈をしてから部屋を出ると、ドアごしに『あつっ! なんだ!?』騒ぐ上官の声が聞こえてくる。
火花の魔法が、彼のかろうじて残っていた頭頂部の頭髪をチリチリにしたはずだ。
無詠唱で魔石を使わずとも魔法が使える僕だからできるイタズラに、「ざまあみろ」と呟いた。
ロドスを見ると、ロドスは小さく首を傾げて見せる。
ほどほどにしろと言われたようで、僕は肩をすくめて答え返す。
……本当に、めんどくさいかも、これから。
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