第11話

 トロワが解析してくれた古代魔術は、古代文字で錬成されている。

 かなり細かい魔術式だが、大まかに分類できそうだ。


「ロドス、2人の切り口、記録できてる?」


 頷いたのを見て、僕は立ち上がった。

 僕の背と入れ替わるように、納屋のなかに日差しがかかった。

 ずいぶんと陽が落ち、赤い日差しが流れ込む。

 2人の体には時間魔術をかけているため、魔術結晶が全身を覆い、チラチラと小さな白い光が反射している。

 氷漬けにされたようにも見える遺体だが、この効果も明日の午前中で切れるだろう。

 魔術は時間経過で解けていくからだ。


「え、てことは、体は明日の午前中までしか持たないし、三日後には挙式だ……から、明日には新婦がきて、禊の準備もしなきゃならないのかぁー……」


 僕は頭をやみくもにかきまわす。


「全然時間がない!」


 騒ぐ僕の肩をロドスがさすってくれる。焦るなと言われているようで、僕はその場で深呼吸をした。


「……よし、次は、シンボルの分類……めんどくさ……」


 知恵の輪のように絡み合った古代文字を読み解き、ときに自身で魔術を発動させ、そのシンボルが何の元素を用いているのか確認をして、……と続けていくと、元素として用いていたのは、『火』『風』『土』『水』。

 それらが組み合わさったものであることがわかった。

 比率は土が5割を占め、あとの元素は多い順で、水、火、風となる。


 ふと気づけば手元が暗い。

 懐中時計を見れば、すでに19時を回っている。


「けっこう時間かかったな……」


 集中しすぎたためか時間の感覚がなかったが、懐中時計の時刻を見た途端、一気に疲れが襲ってきた。

 夕食は当たるのだろうかと、ヘロヘロの体で玄関に入ると、すぐに走ってきたのは、執事のヘルマンだ。


「お疲れ様でございます。我々素人は手を出さない方がいいかと、控えさせていただいてたのですが……」


 お茶ぐらい持ってきてもいいんだよ?

 言いたくなるのをグッとこらえ、僕は無理やり笑顔を作る。


「おかげで集中して検死が進みました。あの、それで、軽食で構わないので、食事をいただけたら……」

「それはもちろんです。あ、お部屋にお持ちしましょうか? それとも食堂で召し上がりますか?」


 ヘルマンの気遣いに感謝しつつ、僕は部屋に持ってきてもらうように頼んだ。

 先にシャワーを浴びたい旨を伝え、30分後に食事を持ってきてくれることになった。


 ロドスが扉を開けてくれる。

 僕は部屋の明かりよりも先にジャケットを脱ぎ、ロドスから部屋用の手袋を渡されたので、ついいつもの癖で、手袋をはめながらつぶやいた。


「……はぁ……ただいまぁ」

『おかえり。遅かったな』

「えっ!?」


 ひっくり返るほど驚くなか、ロドスがつまみを上げた。

 魔石を動力にし、細工が美しいシャンデリアに明かりが灯る。

 模造キャンドルの先にクリスタルがあり、魔力に反応し光る仕組みとなっており、ゆらゆらと明かりが揺れる。

 その下のソファで背伸びをしたのは、エンバーだ。


「なんだ、エンバーかぁ……。ミアの部屋じゃないの?」

『俺っち、これでもオスだぜ? レディといっしょの部屋じゃ、毛繕いもできねぇよ』

「……へぇ」


 僕が下着姿になったのを見て、エンバーはふんと息をついた。


『人間はよくシャワーなんか入れるよなぁ。毛がべちゃべちゃになるのに』


 くっちゃくっちゃと毛繕いをするエンバーに僕は笑う。


「僕だって面倒だよ。でもね、シャワーに入らないとさ、匂いも汚れも取れないんだよ」


 手袋をはめたまま替える下着を片手にもって、肌着姿でシャワー室に向かう。

 すでにバスローブとタオルがセットされ、浴室には高級な香りがする石鹸もある。

 これはとてもありがたい。

 ありがとうございます。心の中で感謝を伝え、使わせていただくことにした。


 下着を脱ぎ、カゴに入れると最後に手袋を脱ぐ。

 自分でも無駄な手袋だと思うが、気分が休まらないのだから仕方がない。


 バスタブに湯は張らずに、シャワーだけ浴びることにし、蛇口をひねった。

 ちょうどいい熱めのお湯が肩に落ちてくる。


「はぁ〜……気持ちいぃ〜……」


 たっぷりのお湯を浴びてから、真新しい石鹸を手に取って、一心不乱に泡を作っていく。

 頭の先から文字通りつま先まで泡をなでつけると、柑橘系のいい香りが浴室に充満する。

 僕の鼻の穴もフレッシュな香りで洗われるようだ。


 再び熱いお湯で泡をながしながら、改めて、今日の結果をふまえ、上官に応援を呼ぶべきか相談しなければと考えていた。

 確かに自分1人で解決できれば問題ないが、期限は明日から3日しかない。

 自身の出世よりも、問題解決の時短を考えた方が得策だろう。


 すっかり目に焼きついてしまった今日の遺体を振り返る。

 ようやく物体として認識できるように脳みそが落ち着いてきた。

 気を緩めると、フラッシュバックするため、慎重に思い出していると、


「……あ!」


 一番重要なことを忘れていた。

 そもそも、欠損部位が見つかっていないんだった!

 明日は部位の捜索もしなければ……

 つい、魔術が得意なだけに、魔術式が目についてしまうのが、今後の課題となりそうだ。


「なんで切った部位を持ち去ってるんだろ」


 声に出して言うと、スッと質問の答えが脳裏に浮き出してくる。


 部位収集癖?

 食料?

 キメラ作成のための原料?


 それなら、魔術で部位を切り取る理由にはならない。

 ただ、切り取る魔術はある。

 それは、不必要となった体の部位を取り除く魔術だ。

 例えば凍傷などで指を切り落とさなければならない場合や、怪我による部位の壊死などで切り落とす際に使用される。

 切り落とす際、その生命力を本体へと移動させるため、切り落とした方は一気に腐り落ちる。

 だがそのおかげで傷の治りが早くなり、より回復期間を早めることができるのだ。


「……って、あれ……?」


「アキム様、お背中流しますわっ」


 ミアの唐突な声に驚きと一緒に、思いついたこともすっ飛んでいく。

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