第10話
納屋に運び終えて、シーツの上に寝かされた2人に、僕は改めて祈りを捧げた。
しかし、これほどの腐敗を短時間で行える魔術を僕は知らない。
魔術を扱えるのは、碧薔薇騎士団のみだが、魔導人形を造る造形魔導師も魔力の扱いはある。
少なからず魔術の扱いがある以上、どちらか、またはどちらともに関わりがある人物が、犯人の可能性がありそうだ。
しかし──
「時間がまるで足りない。こんな高度な魔術、どうやって調べたら……」
「それなら、トロワに魔術解析をしてもらいましょう」
『トロワちゃんは几帳面で、めっちゃ仕事ができるいい子だぜ』
ロドスの肩にのったエンバーが、前足でミアの手元の棺型の鞄を指差した。
興奮しているのか、ふわふわのしっぽがぶんぶん振られるが、ロドスはその背をそっと撫でている。
あまりの仲の良さに違和感があるが、それよりも、ミアの鞄だ。
ミアは、勿体ぶるように、ゆっくりと
真っ黒な鞄の中は、真紅の布張りがされており、その中にはレースがたんまりとあしらわれた新緑のドレスを着た金髪のビスクドールが収まっている。
それは女の子が幼児の頃にままごと遊びで活躍するビスクドールそのものだ。
ミアの私物だからか、とても高級な服に、愛らしい化粧も施され、唇は薄桃色に染められている。ぷっくりと膨れた唇は今にも動きそうなほど、艶やかで美しい人形だ。
「さあ、起きてちょうだい、トロワ」
ミアが手をかざした瞬間、瞼がぱちりと開いた。
薄暗い納屋のなかでも、月の光のように長いカールした金髪が、ちらちらと輝いている。
トロワと呼ばれたその人形は、艶のある金髪を小さな手ではらってから、若葉のような淡いグリーンの瞳をこちらに向けた。
「……え?」
動いた人形に驚くが、トロワは音もなく浮かび上がると、僕のまわりを一周したのち、小さな指でドレスをつまんで、深々とお辞儀をしてくる。
「え、あ、どど、どうも、よろしく」
ぎこちなく頭を下げると、僕の後ろに移動していたロドスにも、お辞儀をする。
ロドスは恭しく胸元に手を当て、トロワに会釈を返した。
僕よりもスムーズな挨拶に小さな嫉妬を覚えつつ、僕は弧を描いてミアの肩上に戻っていくトロワを目で追いながら確認した。
「ミア、それは、その、浮遊魔術、ですよね」
「ええ。わたくしの妹たちは、みな歩くことは致しませんわ。ドレスが汚れますもの」
「……はぁ」
『リアクション薄いな、アキム。もっと驚けよ』
浮遊魔術はある。
靴や板に魔術を施し、浮かぶというものだ。
だが常に魔力を供給しなければならないため、術者本人でしか、かけられないのが基本だ。
仮にそれを魔導人形に付与している、ということは、魔導人形自体に魔石が大量に組み込まれている可能性がある。
通常の石よりも質量が高く重いため、人形はかなりの重量になる。
だからこそ、人形が飛べるのは不可能なのだ。
魔力を出力させようとすればするほど、人形は重くなり、浮かべないという状況になる。
どれだけ質の良い魔石でも、重さがある以上、浮かべない。
だから魔力を発し続ける人間しか、浮かぶことができない。
これは、魔術界の常識だ。
「なんで、浮けるんだ……?」
頭の中で術式を組んでみるが、自分自身が浮かぶことは簡単でも、浮かばせることが自分が組む術式では不可能だ。
『アキム、そりゃあ、術式展開し……って、あー! 重くて浮かべねぇだろってか?』
「レディに体重をきくなんて、失礼ですわよ、アキム様」
トロワにぷいっとそっぽを向かれてしまう。
意外と感情的な動作をするんだと感心してしまうが、機嫌を損ねたままで作業をされても困ると思い、
「申し訳ない、トロワ」
素直に謝ると、僕の周りを2回ぐるぐると回って、おでこをつつかれた。
『他の子にはそんなこと言うなよ、だってさ。トロワちゃんは優しいなぁ』
エンバーの通訳は果たして合っているのか。
ミアはくすくすと口元を手で隠しながら笑っている。
「さ、トロワ、解析、してくれませんこと?」
トロワは遺体のそばを慎重に見つめている。
2つの遺体の側で浮かびながら、左右にゆらゆらと揺れてながら、先に小さな手で撫で始めたのは、最初の遺体だ。
トロワが体の上を通る度に、まるで精密な織物ができるかのように、魔術式が紡がれていく。
体の切り口に沿って浮かびあがる魔術式に見覚えがある。
くるりと宙返りをし、トロワはミアの元へと戻ってきた。
トロワから、いかがかしらと手で指されるが、僕はその魔術式を見て、言葉がでない。
「古代魔術ですわね」
代わりに言ったミアに、僕は戸惑った。
「古代魔術を知って、いるのですか……?」
『代々、魔導造形師には引き継がれる魔術書があるからな』
エンバーの声に、僕は小さく頷いた。
代々受け継がれているのなら、古代魔術を知っていてもおかしくない。
古代魔術は、シンプルながら強力な魔術だ。
今は魔術も進歩し、もっと簡易で魔力の消費が少ない魔術式が使われている。
だが古代魔術はシンプルだけに、組み合わせは多彩。さまざまな効果を付与することができるのが、最大の利点だ。
そのため、現在、神官が古代魔術の魔導書を管理しており、イジェスの騎士団員でもその魔導書を見ることは禁止されている。
「犯人は、魔導造形師に近い人物……部外者の可能性が高い……」
魔術の紋様を書き写しながらつぶやくと、ミアがそっと僕を覗きあげる。
「あら、わたくしも容疑者になりまして?」
『そうなるよな』
いつの間にかロドスから降りたエンバーは、ミアの足元でふふんと笑う。
「……たしかに」
答えた僕の後ろには、ロドスがいる。
まるで対立したような立ち位置のまま、ミアの顔がぐっと僕に寄せられた。
真っ赤な虹彩が瞳孔に押しやられ、大きく開いた黒い穴が僕を映す。
「でも、わたくしには、アリバイがありましてよ」
それは、ちがう。
「お互いに部屋にいた時間は、エンバーも僕も、ロドスすら、ミアを見ていないのです。そして、魔術の心得があるのなら、短時間で腐敗が始まる魔術をかけることも、魔術での素早い移動も可能です。あなたは、犯人に近い」
納屋から出た彼女に、白い日差しが降り注ぐ。
日光が似合わない美少女は目を細めて、僕に問いた。
「……それなら動機はなにかしら?」
僕もつられて外へ出た。
じわりと汗がにじむ肌が熱を帯びて、僕の頬が赤くなるのを手伝ってしまう。
「……わ、わかりません」
ミアはコロコロと笑い、口元を手で覆う。
「でも、一歩前に進みましたわね。一応の、犯人候補も見つかりましたし」
『ミア、とうとう人間にも手を出したかぁ?』
「ふふ。どうでしょうねぇ」
安直な考えで話してしまった自分に恥ずかしくなりながらも、少なからず、彼女も犯人の可能性があることを念頭に置いておこうと思う。
しかし、関係者でないとすれば、部外者になる。
部外者といっても、食材の配達やクリーニングの業者になるが、出入りは朝と夕方くらいのはずだ。
いや、空中浮遊でやってきて……
いや、それよりも、一体、誰が、どのように、彼女たちの遺体から体の一部を取り、運んだのか──?
「……ぜんぜんわかんない……」
僕は一旦犯人像をイメージすることを諦め、わかることを調べることにした。
それは古代魔術の術式の解析だ。
いや、解析できるかわからない。
だが、トロワが拾ってくれた術式から、犯行の理由が読み取れる可能性がある──!
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