黄金と魔の十秒


[Ⅱ]



〈視点/近代市街地:ビル街/アリーシャ・レネレーゼ〉



 転送後の初手。熟練のプレイヤーほど、最初の十秒が黄金であると知っている。

 アリーシャ・レネレーゼは、目の前に浮かぶそれを即座に掴み取った。

 パーティ戦に於ける付与アイテム、地図マップだ。ステージの二次元的な図が描かれ、その上に仲間の現在地が光点として表示される機能を持つ。

 そして、さらに重要なのは——


 〔こちらアリーシャ、現在地点はF3〕


 地図を開けば、他のメンバーとの念話が可能になる。

 この間、選択発動型アクティブスキルが発動できないという強烈な制限を受けるが、初手で地図の確認と交信を行わないパーティはまずない。孤立こそ、パーティ戦序盤で最も避けたい状況だからだ。


 〔繰り返すよ。こちらアリーシャ、現在地点はF3。応答おねがい〕

 〔も、もしもし! ミナです! 現在地点は、B9!〕

 〔平賀L2。随分離れましたな〕


 神器戦の場合、地図上では縦軸がアルファベット、横軸が数字で十五ずつにフィールドはブロック分けされる。


 左上隅がA1、右下隅がO15。一ブロックが一辺百メートルの正方形であり、フィールド自体はもっと外に続いているが、この範囲外に一定時間以上出てしまうと失格、その時点で分霊は控室に送還される。


 〔普通に歩くと大変だけど、今は分霊、一歩が十歩の感覚だね。じゃあ――〕


 その続き、一番の経験者として指示をするのに三秒もあれば足りたし、初心者の二人に対してそれを行う重要性もわかってもいた。


 だが、アリーシャは素早く地図を閉じ、腰のベルトマップホルダーへ叩き込んだ。

【黄金と魔の十秒】に、今までどれだけのプレイヤーが斬り捨てられてきたか。


 この、誰もが把握と対応に努める、努めねばならない時間こそ。

 における、最大のアドバンテージであると。


「……っ!」


 それに対処できたのは、運だった。

 フィールドの上空には風があり、空にかかっていた雲が流れ、日が差した。おかげで――頭上から奇襲を仕掛けてきた相手の影が、アスファルトに浮かんでくれた。


 脱兎。

 地面が罅割れる全力の踏み込みで回避する。

 判断は最速かつ最善だったが、利き足を持っていかれた。


 雲間から太陽が現れた瞬間、相手は奇襲が悟られると予測し、手を変えたためだ。

 初期のプランは脳天串刺し、そのモーションから変化して強引に投擲された剣が膝上から先を飛ばし、アリーシャの踏み込みとは比較にならぬ深さと広さで地面を砕く。


「こ、の、」


 足では逃げられぬと察したアリーシャ、天使でもある兎人がその背に魔力の翼を出す。

 相手はそこまで読んでいる。

 中空、襲撃者の手元にが出現した。


 もたらされたのは弓と矢筒、それらを即座に装備、射撃する。

 ぎりぎりで身を捩るも翼が貫かれ、吹っ飛ばされ、壁を砕いてコンビニの中に縫い留められたアリーシャは磔を脱そうとするも、矢が帯びる電撃に手が弾かれる。触れられない。


「あーもうっ!」


 即断即決。

 アリーシャは躊躇なく、四種のセットスキル……プレイヤーが対戦の際に使用できる四つの特殊能力のうち一つ、[魔力形成:爆発]を発動する。

 文字通り、魔力を消費して爆発を起こすシンプルなもの。普段は格闘戦の威力増幅に使っているスキルで、触れぬ矢を強引に除去したのだ。


 攻撃手段に使うものを近接補助に使えば、当然ダメージが及ぶ——それをカバーするのがセットの二つ目、[魔道士/天使]の固有ジョブスキル、[命に役目あり]。攻撃力・防御力・速度などのパラメータを自由な割合で強化できる自己バフを、最大限の守りに振ってやり過ごした。


 ここまでの判断に迷いはない。

 しかし、相手もまた止まっていない。

 砕けたコンビニの壁の向こう、二の矢を構える姿を見て、アリーシャは手をかざした。


「させないしっ!」


 発動させたスキルは第三、[天へのきざはし]。

 接触可能対象を選別できる足場生成の力。


 アリーシャはこれを空中での制動・蹴りつける際の魔力爆発と組み合わせて高速で駆け跳ぶ加速に用いるが、生成の位置と角度次第では違う役にも立つ。

 撃ち放たれた矢が受け止められる。兎人全力の踏み込みにも耐える強度に加え、天使属性の加護までも含まれる足場は障壁としても一級なのだ。


 しかし。

 安心など、それの前には存在しない。


「——あ」


 疾走してくる主を出迎えるように、次なるギフトが半透明の壁の向こうで出現した。

 形を成す、物々しき大金槌。出現完了と同時に襲撃者の五指が柄を握りしめ、旋回、大重量が天使の壁へ打ち込まれる。


 防壁は硝子と砕け散った。

 しかも、相手の攻撃は継続している。大金槌は振り抜いた勢いのまま手から離され、砲弾となった。


 先程、かすっただけでも必殺であろう質量を見たアリーシャは来たる一秒後を予測。大金槌が握り締められる瞬間にはもう倒れ込んでいたおかげで、圧潰の軌道から免れた。


 ただし、見えぬ拳に殴られている。

 風圧に頭を揺らされ、地形が砕ける音と衝撃が数ブロック先から伝わる。


 そんな最中でありながら動けたのは、兎という種の根底に刻まれた本能が故か。爆発を目くらましと推進力に、相手が今しがた開けてくれた脱出経路から避難を試み、


「きゃっ!?」


 見えない壁に、手が触れた。

 何かが——目に見えぬルールが、空間を覆っている。


「区域領土化、[堂々の決闘場]。この場所から、逃げることは能わず」


 檻の兎が振り向いた。

 麗しき者がいる。

 勇ましき姿がある。


 軽装甲の鎧に身を包み、マントを羽織り——観客からは、見目鮮やかに、頼もしげに。

 敵対者にとっては、悪魔より、魔王よりも恐ろしく。


「ふふ。さすが龍尾。欲しいところで、欲しい効果をくれますね。私の、頼れる王様」


 そいつは背中に弓を負い、回収してきた腰の剣を抜きながら。

 自分を睨みつける兎を、いっそ優しく遊びに誘う。


「戦いましょうよ、アリーシャさん。折角の、お祭りですもの」


 彼女こそ、高校生最強、一ノ瀬古都子。

 選択職業[戦士/勇者]。

【英雄】パーティ・壱個の構成——勇者一人に、王様三人。


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